子どもに贈る昔ばなし18/小澤俊夫・監修/小澤昔ばなし研究所/2022年
ソバがたくさんつくられるようになった話。
軒下で血でそまったさるの親子を助けた矢次郎夫婦。看病の甲斐なく母ざるがなくなり、のこされた子ざるを大切に育てました。子ざるは、山仕事にでかけると、いつもついてきて、ほかの仕事もよく手伝っていました。
10年もたったある月夜のばん、子ざるがすがたを消してしまいました。その年は、冬の寒さと夏の長雨で、作物がほとんどとれなくなって、ふたりがやっとの思いで暮らしていたのでした。
それから三年たって、ふたりがいつものように仕事を終えて家に帰ると、土間にいっぴきのさるがすわっていました。よく見ると、たしかにあの子ざるでした。さるは、頭をぺこぺこさげ、ぐれえっ葉につつんだものを、ふたりにさしだしました。ぐれえっ葉には、こげ茶色の三角の実がたくさんはいっていました。ふたりがよろこんでいると、さるはまた頭をぺこんぺこんと下げて、山へ帰っていきました。
つぎの日、ふたりはその実を畑にまきました。三月三日たったころ、畑いちめんに真っ白い花が咲き、こげ茶色のみがたくさん実りました。ふたりはこれを粉にして、だんごにしたり、おやきを作ったりしました。とてもおいしいので、ふたりはあのさるがそばにいたら、一口食べさせたかったと思い、この実を「そば」と名づけました。それからはこの地域で、そばがたくさんつくられるようになりました。
「そば」の名前の起源が 「さる」にむすびついていたとは!。ぐれえっ葉というのはギボウシの葉というのですが、どちらにしてもよくわかりません。