水路が好きである。それも昔ながらの、セメントの分厚い板で蓋をしたりしなかったりするような、農業用の用水路。子供のころ、家から学校までの四キロの道のりを、用水路のせせらぐ音を耳にしながら毎日登下校した。その頃の記憶が擦り込みのような効果を及ぼして、今でも、ちょろちょろ、さらさらという音を聞くだけで、胸の芯が温まるような心地よい気分になる。
一か月前に引越しを済ませ、仕事場と自宅との距離が近くなった。車で通勤することもあるが、急がないときは極力自転車に乗るようにしている。さらに余裕のあるときは歩くことにしている。している、と偉そうに言いながら、歩くのは寒さを言い訳にまだ二回ばかりしか実行していない。今朝は雨上がりの気持ち良い空気だったので、鞄と弁当を手に歩いて通勤した。
都会から少し外れた田舎である。どちらかと言えば確実に田舎である。道を一本外れると、小さな畑を周るようにしてあぜ道を歩くことになる。あぜ道には用水路がある。昨晩の雨を乗せてか、比較的元気な音を立てて澄んだ水が流れていく。散った桜の花びらを載せてくることもある。あぜにはキンランソウが咲いている。あれはキンランソウに違いない。せせらぎに先を越され、せせらぎに背中を押されるようにしながら、土と草の匂いのする道を踏みしめていく。
私は水路が好きである。