た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

魅惑の青

2019年02月25日 | essay

 その青は、一瞬で私を虜にした。

  まるでどこかの宣伝文句みたいだが、その通りなのだから仕方ない。

  パソコンの画面に映るトルコブルーに、私の目は吸い寄せられた。水面の揺らぎのような、異世界への導きのような、マーブル状の模様────今度の休日にどこか立ち寄れる窯元はないかと探していた矢先であり、そんなことを休日ごとに繰り返している私は相当変わり者だと我ながら思うものの、近年私の心をたぎらせる陶器熱は一向に冷め難く、今回も気付けば、地図と窯元の電話番号を手に車に乗りこんでいた。

  それだけ興味があるのなら勉強して知識を増やせば立派なのだが、そこがずぼらなところで、いまだ陶器とは土を固めて焼いた物、という程度の知識しかない。骨董品を買い占める財政的余裕もない。だからちょうどいいのである。たまに車を走らせて作品を見に行くくらいで。

  唐木田窯。私の地図に赤のマーカーで記入した文字を何度も確認しながら、私はハンドルを操った。

 

 2月の上旬のことである。暖冬とは言え、山間は雪のある恐れがあった。念のためタイヤチェーンまで購入した。今まで一度も嵌めたことのない代物である。陶器を見に行くためにわざわざタイヤチェーンを買うのだから、高熱もここまでくれば重症である。

  しかし今回は私の用心深さが吉と出た。目指す窯元は、篠ノ井山布施の雪深い山中にあった。ことに最後の狭い上り坂は、車のCMのように雪を掻き分け、荒々しく進まなければならなかった。チェーンがなかったら、確実に立ち往生していたろう。

  ようやく辿り着いた家には、実に多種多様な作品が陳列されていた。私は息を呑んでそれらに見入った。聞けば先代は、一度廃れた松代焼を現代に復活させた人だと言う。先代の遺品も見ごたえがあった。懐具合と相談しながらも、せっかくチェーンをつけてまで来たのだからと、数点買い求めた。

 

 

  購入した品を包んでもらう間、熱いコーヒーをいただきながら、窓の外を眺めると、人跡を阻む雪山が幾つも重なって見えた。陶器づくりとは沈黙との語らいであろう。それは孤独で、ときに凄まじいものであるのに違いない。

 

 暖かくなってからの再訪を確約して、その家を後にした。

 

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断片2019 (3)

2019年02月13日 | 断片

 「ここ、ここ! ほらこっちに座れ、馬鹿、向かい合わせじゃなきゃ話が出来ないじゃないか。ヒデジ、お前相変わらず馬鹿だな。 でもほんと久しぶりだなあ! 二十年ぶりか。え? そんなに経ってないか」

  威勢よく次々と繰り出す言葉とは裏腹に、彼の細面はまるで何かを恐れるかのように強張り、紅潮していた。

 一方でヒデジと呼ばれた眼鏡男も、どう対応していいかわからない様子である。仕切り板やテーブルなどあちこちにぶつかりながら席に着いた。

 ぶかぶかのセーターと傷んだ皮ジャンがテーブルを挟んで向き合う。

 カウンターに立つ蝶ネクタイの老人は、仏頂面に目を細めて二人を見やった。

 店の壁には、黒ずんだ白肌美人のポスター。色褪せて抽象画に変じた静物の絵。棚の上で埃を被るコーヒーミル。日に晒された紫煙。

 表通りの喧騒も、この店内までは届かない。 

 「しょ・・・しょうちゃん、元気だった?」

 「ああ、元気じゃねえよ。だって俺もお前も、もう四十五だ。びっくりするな、四十五だぜ? なあ。笑っちゃうよな」

 しょうちゃんは長い腕を伸ばし、「ほんと久しぶりだなあ!」と言いながらヒデジの肩を叩いた。そしてもう片方の腕をカウンターから見えるように高く上げた。

 「マスター、ホット二つ! お前もホットでいいな?」

 「ええと、ぼく、コーヒーはあんまり飲まないんだ。お腹がいたくなるから。ええと、ええと・・・紅茶がいいな」

 皮ジャンは呆れたようにセーターを見つめた。 「何だいお前。コーヒー飲めないのか」

 「飲めるけど、うん、なるべく午後は飲まないようにしてるんだ」

 「へええ。そうか。午後ってなんだ。午前と午後じゃなんか変わるのか。まあいいや、マスター、変更! ホット一つにレモンティー一つ! ヒデジ、お前レモンティーでよかったか」

 「ああ、うん」

 注文は終わり、二人の会話は途切れた。

 

 

 (ほら、つづく)

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断片2019 (2)

2019年02月05日 | 断片

 ドアが開くと、羊飼いが羊につける鈴のような音が鳴った。

 随分古びた喫茶店であった。漫画本が敷き詰められた本棚の上には、スポーツ新聞や雑誌が無造作に寝そべっている。奥のボックス席からは煙草の煙が昇り、丸みを帯びた窓から入る日差しがその煙を無時間の世界のように照らしていた。BGMはない。店全体からどことなく湿り気を帯びた、コーヒー豆と煙草と菜種油の混ざったようなすえた匂いがした。

 小男は戸惑いも顕わに立ち尽くした。

 「いらっしゃい」

 カウンターから無愛想な老人の声。とほとんど同時に、素っ頓狂な甲高い声がそれに被さった。

 「おお、ヒデジ、ここだ、ここ、ここ!」

 ボックス席から元気よく腕を振り上げたのは、いわゆる「皮ジャン」、それもビンテージと呼ばれる時期を通り過ぎてくたびれかけたそれに身を包み、ビール色に染まった髪を総立ちにさせたはよいが、年齢のせいか毛の先が痛んでよれよれになり始めた、どうやらひと時代前に相当遊んだとおぼしき中年の男であった。

 鼻ひげを若干蓄え、耳にはピアスを嵌めていた。

 

(たぶんつづく)

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