た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

迎春の構え

2005年12月31日 | essay
新年が来るにはここはひとつ袖をまくって迎えてやろう。

百万光年の彼方にある

ある美しいけじめの話でもして

あるいはその話を語り尽くして

飽いたかのようにただ沈黙して

  それはそれでもそう、構うまい!───

新年が来るにはここはひとつ

吾を奮発して迎えてやろう。







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友遠方より来る

2005年12月30日 | essay
 東京から不意に知人が訪れて来た。
 おしなべて私の知人は不意に現れる。私を困らせるのも挨拶のうちとくらいに思っている。おかげでこちらは多忙の藪を掻き分けて無いはずの閑を取り出し、温泉にゆっくりと浸かることができた。
 「なかなかいい温泉だね」
 彼は両手で顔を擦りながら意外なように言う。「ところでお互い老けたな」
 私の何を見てそう言ったかは定かでない。何しろ裸体を晒しているだけに気懸かりである。彼はしゃべることまで不意打ちでいけない。
 「老けたかな」 
 「ああ老けた。何年かぶりに会って、温泉に入って話題もなくぼーっと湯に浸かって、幸せそうな顔をしているだろ。老けた証拠だよ」
 私は細い腕をさすった。湯船の中央に進み、白茶けた湯に顎まで浸かった。それから彼の言葉に応えた。
 「老けたら、話題がなくなるのか」
 「話しても無駄だと思うのさ」
 窓の外の竹林を、師走の風が走った。
 「なるほど」
 私は感心してうなずいた。離れたところでどこいらの子どもが湯船の湯を叩き、父親に窘(たしな)められた。子どもはそれでももう一度湯を叩いた。
 私の頬に滴が当たった。
   
 
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師走句

2005年12月30日 | 俳句
つごもりや 雪に許され もう一杯
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その夜

2005年12月23日 | 短編
 消防車が鉦を鳴らして走る。

 障子の外は凍結しているに違いない。ガラス窓と障子に隔てられた室内でもこれだけ寒いのだから。私はがらんとした部屋の四隅を眺め回し、身震いをする。私はもう三十分もこの畳敷きの部屋で震えながら、誰かからの電話を待っているのだ。
 ここは私のいつもの部屋である。だが先ほどから石油ストーブを焚いていない。私自身が外套を着込んでいる。誰もいなくなった夕暮れ時の小学校の体育館のように、急激によそよそしくなった空間に私は一人でしゃがんでいる。今すぐにも、私はこの部屋を出ようと思っているのだ。三十分も前から、街に出て夜を過ごそうと心に決めて腰を浮かせているのだ。
 しかし、私はそこから動けないでいる。電話が鳴ったのだ。三十分前、チリリン、と一度ほど。

 山から吹き降ろす気まぐれな風がガラス窓を揺らし、さらに内側の障子まで揺らす。
 消防車の鉦の音は、耳を澄ますとまだ遠くかすかに聞こえている。

 いたずら電話か。ただのいたずら電話か。いや、しかし何か違う。
 私は丸めた背中を揺らしながら、冷たく押し黙ったストーブを横目で睨んだ。点ければいいのだ、ここまで寒い思いをするなら。しかし一度止めた暖房器具を再び動かせば、あと何時間でも自分はこのまま電話を待ち続けそうな気がして、私はいい加減踏ん切りをつけるべく立ち上がった。
 街に出かけると決めたのだ。私は。デパートを三階から一階まで冷やかして、それから寒いだろうが大通りをちょっと歩いて、それから喫茶店に入ってブラウニーと珈琲を注文するのだ。
 電話はもうかかってこない。かかってくるはずがない。かかっってきたところで、また一度だけ鳴って切れる誰かのいたずらに違いない。誰かの。
 私は壁にかかるカレンダーを眺めた。外套のポケットの中の家の鍵と車の鍵を、手でまさぐって確認した。私は白い電話に視線を移し、受話器に手を置いた。まるで、優しく電話にさよならでも伝えるように。
 その瞬間、チリリン、と電話が鳴った。
 しっかり掴んだその手の平の内側で、チリリン、と、もう一度電話は鳴った。三度鳴ったところで、私は受話器を持ち上げて耳に当てた。
 がらんとした部屋に響くほどはっきりと、私は声に出した。

 「クリスマスおめでとう。あなたは誰ですか」

 「クリスマスおめでとう。私を覚えているかしら」

 私は顔を上げて障子を見つめた。その外は真っ暗で、凍てついて、街の果てまで、もう消防車の鉦の音も聞こえない森閑とした聖夜が広がっているはずであった。  
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いくら丼

2005年12月17日 | 食べ物
 北海道出身の人からいくらのしょうゆ漬けを贈られた。
 そんな高価なものをいただくすじあいじゃございませんいえほんとそんなそんなそうですか?とその日には喜び勇んでいくら丼にして食ってしまった。
 全部の解凍を待ちきれずご飯に盛り付けて写真に収めたので、本当はこの三倍の量のいくらがあったのだ。
 いかん、私はいくら丼となると事を急いてしまうようだ。まず前提から話し始めなければならない。
 私はいくら丼が好きなのだ。
 ずっとずっと好きなのだ。
 いかん、私はいくら丼となると文章が稚拙を増すようだ。ずっとずっとなんて、三十を過ぎた大人が使う修辞だろうか?
 どうも上手く書けない。
 仕方がないから、いくら丼賛歌を歌おう。


 思い出すのは
 大洋に沈む紅の日の色
 雲に頬寄せる天女の涙となりて
 その数限りなし。

 
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カット

2005年12月13日 | Weblog
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凝固

2005年12月13日 | Weblog

かなしみもよろこびもそこで一瞬息を潜める。 

初雪である。
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寒い夜、Barにて

2005年12月11日 | 短編
 「変人には二種類あるんですよ。
 自分が変人であることに気づいていない変人と、気づいている変人です。
 そこが大きな違いでね。
 変人であることに気づいてない変人は、大衆を形成します。
 変人であることに気づいている変人は、少数派となります。
 ほら、見て御覧なさい。あそこでカクテルを飲んだりピザを食べたりしているカップル、あれずいぶん長いことこの店にいるでしょう。お互いに敬語を使ってます。会社の同僚かな。男は女を一気に落としたがってますね。でも女はね、飲んでるうちに、仕事の話とか、カクテルの知識自慢しかしない相手の男よりも、カウンターにいる私たちに魅かれ始めてるんですよ。いやこれほんと。私かあなたかそのターゲットは知りませんが、まああなたの方が若いからあなたかな、女はそもそもいろんな人とめぐり合いたいと思っている口でね。魅かれてますよ、こっちに。トイレに立ったときちらちらこちらを見てましたし、カウンターに注文しに、ほら、何度もすぐそばまで来てたでしょう。
 へへ、変でしょう。変なんですよ、あの女は。
 自分で気づいていませんが。
 それに例えばあのマスター。マスターを御覧なさい。へへ。しかめっ面してシェーカー振ってるでしょう。彼、自分は寡黙な方が店の雰囲気に合っていると思っているんですよ。でもね、彼ほんとはとってもおしゃべり好きなんです。一度別な店でですけどね、彼と夜明けまで一緒に飲んだことがあるから知ってるんです。おばちゃんのようによくしゃべりますよ。でも、自分の店では寡黙な方が客に受けると思い込んでるんです。でもね、でもねあなた、客だってね、マスターに合わせて神妙な顔して酒を飲んじゃいるけど、ほんとはみんな、みんなおしゃべりをしたがってるんですよ。一人でむっつり飲みたかったら家で飲みますよ。そうでしょう? へへ、この店の客もマスターも、自ら望んでないことをやっているわけです。
 ・・・あなた強い酒がお好きなんですな? 
 ま、てなわけで、マスターも変人なんですよ。でも、やつの始末に終えないのは、自分が変人であることを意図して変人になっていると思い込んでいる。気づいていると思い込んでいるんです。ところが気づいてないんだな、これが。やつはね、自分のスタイルが正しいと思ってクールな真似をやってるんですよ。だからほんとうの意味で、いいですかほんとうの意味で、自分で気づいている変人じゃないんです。自分が正しいと思っている変人は、自分が変人であることをどこかで否定してるんです。変人という自覚がありゃ自分が正しいなんて思わないはずです。自分が変人であることを心のどこか片隅で否定してるんです。まあ、は、つまりは、ほんとうに変人であることをほんとうにはわかってない変人なんですよ。はははは。ややこしいですな。でも世間を見渡してみりゃ、そんなやつばかりでしょ? みんな変人なんですよ。大衆派のね」

 私はこの男のしゃべり方にかなり気分を害していた。筋道もない。空になったショットグラスをずっと手の平で暖めている自分までが、馬鹿馬鹿しくなった。

 ──で、あなたはどちらなんですか。

 不愉快な会話にけりをつけようと、私は幾分挑発的な視線で相手の男に問いかけた。

 「私ですか? 私。ワタシねえ。へへ、私はね、あなたが私と同じ穴のむじなと思ったから声をかけたんでして、だからあなたにはすでにおわかりのはずと、思いますが」

 男は私から身を離して目を細め、蔑むように私をじろじろ見つめた。

 「われわれは常識人ですよ。だから大衆派にも少数派にも属せません。われわれは大衆にすら属せない小心者なんですよ。当然少数派の気概もない。どこにも属さない、何にもできない、常識人です。自分でお分かりでしょう?」

 ため息のように短く掠れた悲鳴が上がった。
 私が笑ったのだ。
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