三代目中村雁治郎扮する唐木政右衛門が白い筒紙で、主君の真剣をかわす。何度もかわす。最後には主君の動きを完全に封じ込める形で剣を受け止める。雁治郎が見得を切ったところで、その女(ひと)は私の隣に現れた。
私の驚いたことに、彼女は和服だった。しかも晴れ着ではなく、昔の人がそのまま普段着で着ていそうな一重であった。柿色に雲が棚引いたような細い筋が何本も入った柄である。丁寧に色褪せていて、白い肌が透けて見えそうである。それは古風な顔立ちの彼女にとても似合っていた。化粧気のないところがいいと思った。虫除けのかすかな名残と木綿生地の香ばしいような匂いと、女性そのものの持つ甘い香りが混ざり合って、肘の触れ合う距離に隣り合う私の鼻腔をくすぐった。
───首尾よう本望。
舞台では、機嫌を直した主君が快活に、唐木政右衛門の出立を励ましていた。私は舞台に向き直った。体の芯がむず痒いように、じん、と温かくなるのを感じた。私はいよいよ舞台に目を凝らした。
和服姿の彼女も舞台に目を向けたまま、小さく頭を下げた。
「遅れて申し訳ありません」
「いえ。初めまして。**です」
「初めまして。**と申します」
私と彼女をこういう形で引き合わした尾形老は、彼女の向こう側の席で、舞台広告のチラシを手に丸めて口をもぐもぐさせている。
「いい所を見逃しちゃったみたいですね」女は短い髪に手を入れて、私に向かってささやいた。
私は一呼吸置いた。「ええ。なかなかです」
女はくすりと微笑み、それから手にしていた緑茶のペットボトルを小さな唇に当てた。
舞台で拍子木が鳴った。
私の驚いたことに、彼女は和服だった。しかも晴れ着ではなく、昔の人がそのまま普段着で着ていそうな一重であった。柿色に雲が棚引いたような細い筋が何本も入った柄である。丁寧に色褪せていて、白い肌が透けて見えそうである。それは古風な顔立ちの彼女にとても似合っていた。化粧気のないところがいいと思った。虫除けのかすかな名残と木綿生地の香ばしいような匂いと、女性そのものの持つ甘い香りが混ざり合って、肘の触れ合う距離に隣り合う私の鼻腔をくすぐった。
───首尾よう本望。
舞台では、機嫌を直した主君が快活に、唐木政右衛門の出立を励ましていた。私は舞台に向き直った。体の芯がむず痒いように、じん、と温かくなるのを感じた。私はいよいよ舞台に目を凝らした。
和服姿の彼女も舞台に目を向けたまま、小さく頭を下げた。
「遅れて申し訳ありません」
「いえ。初めまして。**です」
「初めまして。**と申します」
私と彼女をこういう形で引き合わした尾形老は、彼女の向こう側の席で、舞台広告のチラシを手に丸めて口をもぐもぐさせている。
「いい所を見逃しちゃったみたいですね」女は短い髪に手を入れて、私に向かってささやいた。
私は一呼吸置いた。「ええ。なかなかです」
女はくすりと微笑み、それから手にしていた緑茶のペットボトルを小さな唇に当てた。
舞台で拍子木が鳴った。