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た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

並び替え 第三弾

2006年06月22日 | 連続物語
無計画な死をめぐる冒険26~41を通して読めるように並び替えました。誰が読むと言うわけでもないでしょうが。

以上が第一章でした。
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無計画な死をめぐる冒険 26

2006年06月22日 | 連続物語
 私は危うく声を上げそうになった。上げても無論、美咲に聞こえる気遣いはない。
 女。美咲は女と言った。女とはどういうことだ。酒ならわかる。言葉の綾で口にしたのか。にしても相手は息子である。しかも亡き夫は死んでまだ二十四時間も経ってない。不謹慎にもほどがある。受話器の向こうの博史も、それを聞いてなぜ鼻で笑うのだ。ひどく狼狽した私の頭上で、玄関のチャイムが鳴った。

 家政婦の大仁田が掃除に現れる時刻である。
 「あ、大仁田さんだわ。早く来てと言ったのに結局この時刻じゃない。じゃあ博史、とにかく早く帰ってくるのよ」
 「わかったよ。葬式に着る服あんの」
 「あるから。すぐに帰ってきなさい。いいわね。じゃあ」
 「うん」
 美咲が受話器を置くと同時に、玄関のドアが開く。
 死人の家に春の陽気が舞い込む。外は随分眩しそうである。家の中は通う空気までが生気を失って見える。陽気と陰気の仕切りに立っているのが、大仁田の太った体である。
 太った体に乗る首はこちら側、つまり陰気の側を向いている。その顔はまるで下手人のように蒼ざめていた。

(小出しにつづく)
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無計画な死をめぐる冒険 27

2006年06月22日 | Weblog
 大仁田は要領の悪い家政婦である。首にしてやろうと思ったことが三度あった。最初そう思ったのは五、六分でやるように言いつけた本棚の整理に三十分かかったときであり、二度目はそれから一週間後に十二分で終わるはずだと前置きして命じた書斎の掃除機かけに一時間かかり、しかもノズルの部品を置き忘れて出て行ったときであり、三度目は私の大事にしていた舶来物のガラスの置物を落として割って、あまつさえその破片を自分で踏んで足の裏からの血で廊下を汚したときである。三度目のときに、お前はこの家を掃除しに来ているのか汚しに来ているのかこのヌケブスが、と怒鳴ってやったら、出目金のように目を泣き腫らしながら「ヌケブスってどういうことですか」と言い返してきた。間抜けているブスだからヌケブスなんだと丁寧に説明してやったら、部屋を出て行って美咲のところに訴えに行きやがった。

(ほんと小出しに続く)
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無計画な死をめぐる冒険 28

2006年06月22日 | 連続物語
 あの一件以来、大仁田は爬虫類のような目つきで私を眺めるようになった。用事を言いつけても「はい」と「はあ」との中間のなまくらな返事しかしない。その癖私の一挙手一投足に神経を尖らせ、過剰なまでに臆病になっているのだ。私の方はと言えば、美咲や博史など身内にしか手を上げないという誠に人道的なpolicyを堅持しているのだが、どうやら大仁田は、美咲などが私に殴られて鼻血を流すのを傍で見ていて、いつかは自分もやられるに相違ないと思い込んでいるらしい。誤解されるなら誤解されるで構わない、私におびえる分一生懸命働くならいいのだが、私におびえる割にはいつも仕事の手を抜くのである。そして私が怒鳴ると下を向いて心の耳を塞ぎ、後日美咲のところへ訴えに行くのである。卑怯な女である。また美咲は美咲で、自分の愚痴を聞いてもらうこともあるから大仁田を重宝している。かくして我が家の歯車は、女同士だけが噛み合うのである。

 「大仁田さん、遅いじゃない」
 「ごめんなさい奥様。動転して、逆に手間取っちゃいまして。あの、ほんとなんですか」
 そう訊く声は掠れている。
 「ほんとって何がよ」
 「旦那様」
 「ええ、居間で死んでるわ」
 ええ、居間で酔いつぶれているわ、と言い換えても同じ口調である。
 「あらまあ。死因はやっぱりお酒」
 「それを一応確かめに、も少ししたら検死の医者が来るそうよ」 
 「検死の医者?」
 大仁田はトカゲの尻尾のように細い眉をひそめた。目は妻の顔から離れない。「お医者さんですか。お医者さんだったら来ますよ、ええ。きまりですからね。病院で死なない限り、お医者さんは来ることになってるんです。うちのおばあちゃんのときもおじいちゃんのときも来ましたよ。ええ。どっちも自宅でぽっくり行っちゃったんですけどね。おばあちゃんは脳卒中で、花壇の手入れをしているときに・・あら、これは前にも話したでございますね。検死ですか。検死ねえ。検死ってほど大したこたしなかったと思いますが。普通に死んだんでしたら」
 「それが何だか変な格好で死んでるのよ。私気味悪くて。見て頂戴」
 「ええ、見ますよ。見ます。でも結局お酒でしょ?」
 大仁田は靴を脱ぎながら、まだ酒にこだわっている。博史といい、酒を私と結びつければすべての解釈が成り立つと思っているらしい。失礼千万である。前にも述べたとおり、私は決して酒乱ではなかった。いや酒乱というほどではなかった。百歩譲って酒乱だったとしても、そう度々ではなかった。「結局酒」と言われる筋合いはない。
(つづく)
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無計画な死をめぐる冒険 29

2006年06月22日 | 連続物語
 二人は居間に入った。私も女たちのあとについてドアの閉まる前に滑り込む。死体のある部屋に入るのはやはり気が滅入る。死体と言っても、何時間か前まで自分の持ち物だったわけだから余計に気が滅入る。まるで使い古した自分の下着を公衆の面前に晒されているようなやりきれなさがある。
 私の下着はやっぱり朝と同じ蛸踊りのような格好でソファーの上にあった。
 「ま、ひどい」
 「ひどい姿でしょ」
 「奥様。これは天罰ですよ」
 大仁田はトカゲの尻尾のような眉を吊り上げ、目をぎらぎらさせて美咲を見つめながら、それこそ罰当たりなことを言う。
 「天罰です。死因が何でしょうと。ええ、そうですよ奥様。死因が何でしょうと、ほんとにそうでございますよ。はっきり言います。天罰です。奥様にひどいことをしてきた天罰ですよ。人をひどく扱う人間はひどい死に顔をするもんなんです」
 さすがに腹の立った私は思わず大仁田の襟首をつかもうとしたが、当然手は空を切るだけである。
 私の一人相撲をよそに、女二人はまじまじと見詰め合っている。
 「天罰かねえ」
 「天罰ですよ」
 「お前、心当たりがあるのかえ」
 「天罰のですか? そりゃあるでしょう」
 「いえ違うわよ。死因のよ」

(つづく)
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無計画な死をめぐる冒険 30

2006年06月22日 | 連続物語
 「死因? そりゃ、奥様。そりゃ、ありませんですよ」
 大仁田は両手を振って大慌てに否定する。狼狽はなはだしい。ひたいに脂汗までかいている。気に食わない。しかしもっと気に食わないのは、狼狽しているくせに、爬虫類の目がじっと探るように美咲に注がれていることである。動揺した口調とは別の思考がそこには働いている。美咲は美咲で、大仁田の視線の中に何かを確かめるように吊り上がった目を見開いて見つめ返している。お互い腹を探り合っているのか。ひょっとして、お互いがお互いを犯人だと疑っているのじゃないか知らん。少なくともお互いが犯人でもおかしくないという認識が両者にはある。この家の主の偶然の死を、相手が内心喜んではいないだろうか、自分の内心の喜びを相手にほのめかしても受け入れてもらえるだろうか、そんな斟酌をし合っているようにも見える。被害者の私としては随分気が滅入る話である。

 万物を動かすのは愛と憎しみである、とエンペドクレスは言った。愛は結合を、憎しみは離散を。秩序はすべからく無秩序へ向かうというエントロピー増大の法則に従えば、愛よりも憎しみの方が勝るのか。それはともかく、人の感情において憎しみほど伝わりやすいものはない。愛はひょっとしたら抑えることができる。誰かを愛していることを誰にも悟られずに一生を終えることは可能だ。しかし憎しみは抑え切れない。憎しみは煮えたぎるマグマだまりのように、必ずいつか噴出せざるを得ない。私は憎まれていた。彼女たちに。私の言動は彼女たちには暴君と映り、おそらく私が彼女たちを憎んでいるというのが彼女たちの私を憎む理由になった。私はそれを肯定はしないが、全面に否定もしない。
 離散の果ての死。だが、私の死体に一輪の花とて手向ける者はいないのか? 
 生きているうちに愛されないのは寂しい。死んだときにまで愛されなければ虚しい。

(つづく)
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無計画な死をめぐる冒険 31

2006年06月22日 | 連続物語
 大仁田は部屋をきょろきょろと見渡してから、小声でささやいた。
 「死因は肝臓だか心臓だかわかりませんよ。そりゃわかりませんが、天寿を全うされなかったのは天罰でしょうと、こう申し上げているんですよ」 
 「まあね。宇津木も、したい放題だったものね」
 美咲は腕を組んで嘆息し、納得づくのように答える。
 「奥様。これは私の思うにですよ」
 大仁田は一段と声を低めて耳打ちするように言った。「私の思うに、あの人が天国から罰を下したんじゃないかと、ま、天国か地獄かはわかりませんが、いずれにせよあの人のですね、死んだあの世からの怨念なんじゃないかと、そう思うんですよ」
 美咲は狐目を見開いてごくりと唾を呑み込んだ。私も呑み込んだのだが、唾も無ければ音もしない。しかし、「あの人」とはどの人のことだ。私は思わず周りを見渡した。
 東側の窓のレースのカーテンが揺れた気がした。
 「大仁田さん」
 「はい」
 「どうしてそんなに小声なの」
 「奥様も」
 「だってあなたが小声でしゃべるから」
 「なんかご主人様の死体が、聞いてるんじゃないかと、いえ、そんなこたあないでしょうけど。でも、その辺りで誰かが盗み聞きしてやしないかと、変な気がしまして・・・」
 二人の女は怯え上がり、両手を握り合わせて周りを見渡した。大仁田に至っては私の硬直した死体をこわごわ覗き込みまでしている。もしかして私の気配とでも言うべきものが彼女たちに伝わっているのかも知れない。
 だとすると、吉兆、私の存在はまったくの無ではなくなることになる。
 だが恥ずかしながら、当の私は首を縮めて女二人と一緒に周りの気配を伺っていた。空の上で会ったあの団子鼻の言葉を思い出していたのである。彼女たちに見えないものは私なのだが、私に見えないものが、まだ存在するかも知れないのだ。
 二人は語るのを止め、落ちつかなげに部屋を出たり入ったりした。私がどれだけ聞き耳を立てていても、彼女たちから「あの人」に関するそれ以上の情報を得ることはできなかった。

 医者は小一時間経ってからようやくやってきた。東京では死んでも待たされるのである。
 ろくでもないことで夜更かしでもしたのか、寝ぼけ眼のように目と眉の間の開いた人相の悪い男である。私の死体の目にライトを当て、脈をはかり、口の中を覗き込んで、「まだ酒臭い」と言って顔をしかめた。

(つづく)
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無計画な死をめぐる冒険 32

2006年06月22日 | 連続物語
 検死は十分で終わった。女二人を追い出し、私の遺体を裸にしてあちこち眺めたり触ったりしただけである。それも、粗大ゴミを扱うゴミ回収業者のようにぞんざいな手さばきである。やたら舌打ちしたり鼻で嘆息する。最後に許すまじきことだが、遺体の頭を指で弾いた。怒髪天を突くとはこのことである。私は拳でひたいを叩いて誰にも聞いてもらえない唸り声を上げると、猛然と医者の首を絞めにかかったが、もちろんどれだけ夢中にやっても私自身の手を支那人のように組み合わせるだけであった。医者は眉をぴくりともしない。死後の世界はまことに不条理である。彼は埃のようなものを摘み上げてポケットに入れると、隣室にいた女二人を呼び入れ、説明をした。
 「急性アルコール中毒。ま、死にたくなったら、これくらい馬鹿酒をかっくらえばいいってこった」
 私が絶望のあまり床に倒れこんだとしても、あながち責める人もいまい。この瞬間、私の死は数ある死に方の中でも最も間抜けな部類の事故として片付けられることになったのである。
 寝ぼけ眼の人は喉元の無精髭を指で摘みながら、私の遺体に振り返った。
 「こんな阿呆な格好で硬直したら、仏にもなれん。葬儀屋に連絡して矯正してもらいなさい」
 美咲が大きなため息をついたのは、なにか安心したからに違いない。
 「ありがとうございました」
 美咲は深々と頭を下げた。美咲の背後にいた大仁田も慌ててお辞儀をしたが、そのまま視線を落として、爬虫類の尾っぽの眉をしきりにひそめた。

(つづく)
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無計画な死をめぐる冒険 33

2006年06月22日 | 連続物語
 ヤブ医者が去り、入れ替わりにバスガイドのようによくしゃべる女葬儀屋がやってきた。誠に本日はご愁傷様でございます。では通夜は明後日、葬儀は明々後日ということで。ほんとにおいたわしいことでございますが、大学教授に相応しい葬儀になさることが故人への一番の供養となりましょう。謹んでお悔やみ申し上げます。しかしながら祭壇は華やかな方が故人も喜ばれるかと存知ます。いかがでしょう。お嘆きの気持ちを形に表す上でも、故人の面子を立てる上でも、この『安らぎプラン』あたりにされては。誠に、万事わたくしどもにお任せください。ほんとうにおいたわしいことでございます。
 私は居たたまれなくなって外に出ることにした。博史の帰宅を待ちたくもあったが、遅すぎる。あの親不孝息子は父親が死んでも近くのコンビニで立ち読みしてから帰るぐらいのことをしかねない。かと言って、我が家にこれ以上留まってバスガイド女のきんきん声を聞かされるのはうんざりである。それにしても「故人の面子を立てる」とはどういうことか。葬式は私の面子のために営まれるのか。
 私は理解した。今や十分に理解した。死者は生者にとって多少なりと滑稽な存在なのだ。もはや死体は、片付けるものでしかないのだ。かつてガーガーと唸っていたブリキの玩具が、今は壊れて動かなくなったかのように、遺棄されるものでしかないのだ。一つの人生が終わった、こんなところで終わるとわねえ。いまだ生ける者たちは訳知り顔に、というのも死者よりも明らかに未来のことまで認識しているという自負があるからなのだが、すでに認識能力を失った者に対し、まだ認識し続ける者として、訳知り顔に、死体を見下ろすのだ。しかししかし! 私は死んでなおお前たちを冷徹に認識しているのだ!
 馬鹿酒をかっくらっただと? 美咲もどうしてそんな馬鹿げた診断にうなずくのだ。私は誤診された。妻は私の死を夫婦生活の中で最も従順に受け入れた。使用人は眉をひそめただけである。一人息子はいまだ帰ってこない。世界は私を嘲笑い、片隅のどこかで犯人が、ハンカチで笑い涙を拭き取っている。

(つづく)
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無計画な死をめぐる冒険 34

2006年06月22日 | 連続物語
 私は再び通風窓から部屋を抜け出た。空へ行こう。朝のときよりもっと高く。地上の俗世は死してなお私を悩ませる悪臭に満ちている。実際には今の私に嗅覚はないのだが、悪臭を目で見、耳で聞かされる思いがする。地上はうんざりである。天と呼ばれる高みまで昇ってみよう。ニュートンも蒼ざめるほどの飛翔力をせっかく手に入れたのだから。私は死んだのだから。いまだ現世に固執するせいか成仏しきれない私であるが、天国に行ってみれば、現世よりずっと住みよく目に映るかも知れない。もちろん天国なんてあってもなくても構わない。そのまま突き抜けて、ひょっとして宇宙に飛び出したらどうだ。面白いではないか。空の果てを極めよう。天国という壁紙を突き破ろう。地上は腹一杯である。このまま死に場所近辺を彷徨っていれば、私は生者によって何度でもなぶり殺されそうだ。
 空は雨を地上に撒いて雨の跡無し。千切れた雲までも乾いて見える。
 青空は無限に広がる窓のように私を迎え入れた。
 ところが急上昇する私を留める者がいた。一人の少女である。

(つづく)
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