た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

三叉路

2015年10月30日 | 俳句

     ただ生きて     死ぬるわけには     いかんかな

 

 

 

                              ☆

 

  

 

     ただ生きて     死ぬるわけには     いかんぞな

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

奇跡について

2015年10月28日 | essay

   古典もときおり開くと、いろいろなヒントを与えてくれる。

   シェイクスピアの『マクベス』という戯曲の終盤に、バーナムの森が動く、という場面が出てくる。自分の主君を暗殺し王の座に就いたマクベスは、バーナムの森が動かない限り滅びることはない、という魔女の予言を信じている。森が動くなんてことは、奇跡でも起こらない限り不可能だからだ。ところが、バーナムの森が動いた、という報告を受ける。実は敵軍が木の枝を隠れみのにして進軍していたのだが、マクベスはその報告を聞いてひどく落胆し、自暴自棄になって最後の戦闘へと身を投げる。

   この話のポイントは、奇跡というものはたいがいそういうものだ、というところにある。別に奇跡を貶(おとし)めているのではない。むしろその価値を高めているつもりだ。マクベスを打倒すべく進軍する側は、バーナムの森の予言のことなど存ぜぬし、ましてや予言を覆(くつがえ)すつもりでカモフラージュしたわけでもあるまい。ただただ、暴君マクベスを打ち破るために必死で工夫を凝らし、その結果、マクベスの方からとってみれば、それが奇跡の実現に映ったのだ。ここでは、奇跡は絵空事でも虚構でもなく、確固とした行動である。

   人は生きていくうえで、幾度か、周囲にとっては奇跡としか見えないような結果を残さなければならないとすれば。そんなことがもし仮にあるとすれば、その実現に必要となるのは、超人の力でもなければ、いかに人を騙(だま)すか、という詐欺(さぎ)的思考でもない。明確な目的に向けたたゆまぬ努力であろう。

   そんなことをふと考えてみた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小編:  束縛の人

2015年10月23日 | 短編


 その人は、ぼくにとって特別な人だった。
 さらりとした黒髪がいつもえくぼにかかっていた。しなやかに伸びた四肢でぼくをまるごと包みこみ、しかもちっともぼくを束縛しなかった。
 まるで、天女の羽衣を縫ってできた柔らかいクッションのような、そんな人だった。
 大学一年の夏から足かけ六年間にわたる交際中、ぼくは一度だけ浮気をした。ゼミの後輩の女の子で、ぎらぎらと挑発的な目をした子だった。隠さなくてはいけないのに、なんだか自慢したい気持ちになり、すぐわかるような嘘をついた。
 その人はぼくの背中をたたいて泣きくずれた。
 一週間口をきいてくれなかった。彼女もぼくも、少しだけやつれた。ある晩おそく、友だちと飲んで酔いつぶれてから彼女のアパートに押しかけ、床に倒れこんだぼくを、彼女はやさしく抱きしめてくれた。
 それからぼくらはまた、恋人同士としてすごし始めた。 
 やがて二人とも大学を卒業した。彼女は保育士になり、ぼくはフリーターとして彼女のアパートに転がりこんだ。何となく同棲生活が始まった。まともな就職先もさがさずにふらふらしているぼくを彼女がなじり、それがもとでけんかになった。ぼくがそんなに不満なら別れると言い出し、彼女のアパートを飛び出した。三日間、友だちの家を渡り歩いてから、彼女のアパートにもどった。彼女はさびしい笑顔でぼくを迎え入れてくれた。
 いつも、ぼくが彼女を困らせるたび、彼女はさびしい笑顔でゆるしてくれた。
 ああ、ぼくの心には意地悪い悪魔が棲みついていたのだ。彼女のうれしいときの笑顔より、さびしいときの笑顔を、どこかぼくは見たい気がした。
 ぼくはあの人をボロボロにした。柔らかいクッションをそうするように。
 ぼくはことあるごとにあの人を責めた。「独りよがりだ」と言っては責め、「心が弱い」と言っては責めた。彼女を責め続けることで、ぼくは自分が責められることを未然に防いだ。
 それでもあの人はあたたかくぼくを包み続け、
 十年前の春、ぼくを捨てた。
 
 あれから十年。
 就職先も見つけ、サラリーマンとなり、ぼくは大都会でひとり、なんとか暮らしている。収入は決して多くはないけれど、週に一度は昔の友だちと飲みにいっている。趣味でバンド演奏もふた月に一度続けている。去年の十一月に妹が結婚した。姪の写真も見せてもらった。
 ぼくは、あの人の残影に苦しめられつづけている。
 これはかんぺきな復讐だ。もちろん、ぼくがそう思っているだけだ。
 寝ても覚めても彼女のことが頭から離れない。あれからいくつかの出会いがあったけど、すべて思いきれずにふいにしてきた。
 枯葉のしきつめられた公園のベンチに座って頭を抱えこみ、声を上げて泣いたこともあった。
 夜ふけになるとあの人のアパートのところまで電車を乗りついで行き、窓明かりを見上げながら何時間でもたたずんだ。
 あの人は美しい人だったということを、本当に美しい人だったということを、別れてからようやく理解した。自分の肉体をバラバラに引きちぎりたくなるほどに理解した。
 すべてぼくが悪かった。
 それをあの人に伝えたくても、もうそのすべもない。 
 あれから十年。
 いったいいつになったら、ぼくはゆるしてもらえるのだろうか。
 いつまで待てば、
 思い出という
 この束縛から解き放たれるのだろうか。
 

 (壁一枚隔てた隣の部屋で今、子どもが泣いている。ずっと泣いている。よく泣く子だ。子どもは失うことを恐れて泣く。大人は、失ったものは取りもどせないと知って泣く。そんなことも、この歳になって初めてわかった。まったく、この歳になって初めて、そんなことがわかったのだ。)


 《終わり》
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雑感

2015年10月20日 | essay

   巨大な網である。何しろ巨大で、誰もその全体像を一度に見渡すことはできない。一つ一つの筋が人々にとっては引き綱のように太い。人はその綱のような網を、それぞれの位置からよじ登っていく。筋は途中で二手に分かれる。時には三手、四手に分かれる。どの筋を選ぶかはその人次第である。いったん選んで登り始めた筋から、わきに伸びる筋へ中途で飛び移ることはできない。かと思えば、ずっと先でまた一つにつながっていたりする。あの筋とあの筋を選んでも、結局は一つのことだったのだと思うことがある。一方で、あの時の分岐点で選び損ねた筋へは、もう一生渡れないのだと悟ることもある。いつの間にか、あまり分岐点がなくなっていることに気づく。そうなるとひたすら同じ筋を登りつめるしかない。

  後戻りはできない。違う筋を選択したいなら、次に来る分岐点を待ち構えるしかない。その分岐点が、欲しいころにはなかなかやってこない。先の先は見えない。何しろ果てしなく巨大な網である。そして奇妙な形をしている。

  人生とはなんとなくそんなもののように思えてきた。さほど珍しい発見でもなかろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

漢詩一題 : 『秋日』

2015年10月16日 | うた
秋日 (しゅうじつ)




柿生生朱色 (かきはなりなりてあかくいろづき)

鳥満足低囀 (とりはみちたりてひくくさえずる)

寂寥空無辺 (せきりょうたるそらにみぎわなく)

迷狗欲何之 (まよへるいぬはいずくにゆかんとほっす)


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

湖畔でバーベキュー♪♪

2015年10月10日 | essay
 湖畔でバーベキュー、というのが夢だった。

 湖畔、という言葉の響きがとても良い。欧米の映画で、きれいな女優とサングラスをかけた男優が手を取り合ってボートから桟橋に降り立ち、山を仰ぎ見たりするイメージだ。唱歌にも、♪静かな湖畔の森のかげから♪とある通り、静かに青空を映す湖面をピーチクパーチク小鳥がさえずりわたるイメージだ。なんてすばらしいイメージなのだ。そんな湖畔でバーベキュー。温かい炭火をただ眺めたり、ぴちゃぴちゃいう水際の音に耳を傾けながらゆったりと時の流れを感じる。体を動かしたくなったら散歩もよし、カヌー、釣り、サイクリング・・・。ああ、可能性は無限に広がるではないか。これをせずして死んでも死にきれない、と、知人たちを説得し、先日、男四人で木崎湖に出かけた。

 秋晴れの平日。日取りも最高の日を狙ったのだが、驚いたことに湖畔は風が吹き荒れていた。巨大な松林でも防げない風が紙コップを飛ばし、焼肉のたれの乗った取り皿を飛ばし、陽だまりの温もりをも吹き飛ばす。「静かな湖畔」の歌詞は何だったのか。イメージと実際とのギャップはかくも大きかったのである。それでも我々四人は屈することなく肉を焼き、海鮮を焼き、締めの焼きそばまで焼き尽くした。

 一夜干ししたイカや魚はまことに美味であった。「湖畔で」なくとも、バーベキューは楽しいものである。

 軍事訓練を終えた兵士のような顔をして、予定より一時間早く、我々は現地を切り上げた。


秋風や たれか泣いてる 湖(うみ)の底


 またいつかやりたいと思う。やりたいのはバーベキューである。そこに「湖畔」がつくかどうかは、今は何とも心もとない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

火炎少女ヒロコ 第三話(草稿) ~17~

2015年10月06日 | 連続物語



♦    ♦    ♦


♦    ♦    ♦


 富士山麓、樹海の闇は濃い。
 木立が揺れ、コウモリが飛び立つ。遠くの梢でフクロウがけたたましく笑う。
 枯れ枝を敷き詰めただけの掘っ立て小屋の前に、女が倒れている。砂にまみれ引き裂かれた異国の衣装。乱れた黒髪。赤く腫れ上がった頬。頬に流れた涙の跡。
 女に意識が戻った。
 重そうに頭をもたげ、彼女は周囲をいぶかしげに眺めた。その表情は次第に、信じられない、という驚きに変わった。
 女は掘っ立て小屋に視線を向けた。入り口の筵はめくられている。中に、胡坐を組む骨と皮ばかりの男。月明かりは小屋の中まで届かなかったが、男の体が仄かに青白く発光している。水面に映る月光のように冷たい光である。
 ヒロコの目が大きく見開かれた。
 『わたし・・・戻ってきたの?』
 相手の心に問いかけた答えは、心へと返された。
 『そうだ。ヒロコよ』
 確かに、予言者であった。二か月ほど前、半狂乱になって森を駆け抜けたときに出会った、あの予言者であった。あのときと全く同じ姿勢で座禅を組んでいる。何もかもが、夜の闇の深さまで、あのときと同じに思えた。
 彼女はひどく混乱した。彼女は半分だけ身を起こした。
 『あなたが戻したの? ここに?』
 『そうだ』
 『どういうこと? わたし・・・わたし、夢を見ていたの?』
 夢にしては長過ぎた。砂漠にかかる灼熱の太陽も、畳みかける爆撃の振動も、数多流れた血も、自分を無理やり抱き寄せ唇を奪ったアラブ人の感触も、燃え盛る炎の熱さも。何もかも、夢というにはあまりに克明過ぎた。だが、夢なら夢であって欲しい。できればあの西の最果てで起きたことすべてが夢であって欲しい。それは藁にもすがる思いであった。
 予言者が微笑んだ(と、ヒロコは感じた)。
 『現実はみな、夢のようなものだ。夢はみな、現実のようなものだ。どちらを終着点とするかの問題だ』
 『質問に答えて』
 『シリアでお前が燃やした数だけの人骨は、すべてあの地に残っている』
 ヒロコの目から涙が溢れた。
 『どうして、どうしてあなたは私をシリアに送ったの』
 返答はない。
 『どうしてそんなことしたの』
 月明かりを浴びた枯葉が一枚、滑るように二人の間に落ちた。
 ヒロコは震える拳を握りしめた。彼女は身がよじれるほど切なかった。猛烈な自己嫌悪に襲われていた。あの砂漠地帯にいるときは────あのときも良心の呵責があったとは言え、それでも、敵を燃やすことで何か自分の存在価値が上がる気さえした。自分を特別な人間のように錯覚した。敵からベドウィンたちを守ることが、自分に課せられた使命のように本気で思い込んだ。しかし日本に戻った途端、夢から覚めたようにあっさりと意識が逆転した。なんて愚かなことをしてしまったのか。人殺しをすれば人に認められるとでも思っていたのか。特別な力? それが何ほどのものなのか。多国籍軍に簡単に防がれたことで明らかではないか。自分なんて、強くも、偉くも、なんともない。自分なんて────出刃包丁を振り回して、やたら人を殺傷したがる狂人と同じじゃないか。
 もう二度と母国には帰れない。帰るべきではないと思っていた。織部警部補の誘いすら断ったではないか。あのとき、自分は覚悟を決めたのだ。最期の覚悟くらい、自分で決めたいと思って決めたのだ。それなのに。
 地面を引っかくように動かした手に、すべすべした小石が触れた。夜気が沁みて冷たい。しかし懐かしい手触りである。そう言えば、シリア砂漠にはこのような丸々とした小石はなかった。皆、ごつごつ、ざらざらとしていた。
 ヒロコは小石を拾い上げ、胸の前で両手に握りしめて温めた。冷え切ったこの小石も、体温で包み込めば、温かくなるに違いない。 
 そうだ。まだ、望みはある。
 『お願いを・・・しても、いいですか』
 『なんだ』
 『今度こそ、ユウスケ君のもとに、送ってください』
 予言者は干からびた唇を引き攣らせて笑った。青白い光が増した。
 『こんな身になっても、それでも、会いたいのか』
 ヒロコは頷いた。
 『どうしても会いたいか』
 『どうしても』
 会ってから死にたい、という気持ちは読み取られたくなかった。
 『よかろう』
 冷え冷えとした夜風が吹き抜ける。落ち葉がざわめく。骨と皮だらけの男の輪郭がぼやけた。体全体から放たれる光はいや増しに増してまばゆく、刺すように強いオーラが彼の全身から発散された。彼は再び、幽体離脱を始めたのだ。
 『準備はできたようだ』
 『準備? 何の準備?』
 半透明の身体がヒロコの前に屈みこみ、片膝を突いた。ヒロコはがくがくと震えた。不意に沸き起こった底知れぬ不安に胸が押し潰されそうであった。ユウスケを、自分は燃やしている。シリアでさらにたくさんの人を燃やしてきた。自分は今、彼のもとに現れて、いったい何をしようとしているのか。自分は彼に許されたとでも思っているのか。
 <寒い>
 彼と再会したとき、本当の意味での「審判」が、自分に下される。
 これ以上、存在してもよいのか、という、審判が。
 <ユウスケ君>
 男の手が肩に触れた。
 <お願い>
 雷鳴に打たれたような衝撃を全身に浴びた。彼女は樹海の森から消えた。
 小さなつむじ風が起こり、彼女の先ほどまでいた場所を掃き清めた。
 森に静寂が戻った。何万年も前から変わらない、夜露と無数の短い命を包み込んだ、じっとりと重い静寂である。
 雲が月を隠した。
 フクロウが一声、低く鳴いた。



(第三話おわり)




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする