た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

2015

2015年09月29日 | うた

どうして。

どうしてこうなったのか。

日差しは人を枯らせ

雨は実りを押し流し

風に街はなぎ倒され

大地は支えることを止めた。

どうして。

どうしてこうなったのか。

ゲームのように人が殺され

マスクをかけた子どもたち

引きこもる豊かさ

行き場のない老後。

どうして。

どうしてこうなったのか。

この圧倒的な無力感は何なのか。

なぜこんなにもいき苦しいのか。

なにを目指してここに来たのか。

もう本当にどうしようもないのか。

一人。

一人立ち上がれ。

二人。

二人手をつなげ。

三人で語らい合え。

四人でもっと多くを学べ。

十人で他の者も気づき始め

百人で世の中が動く。

千人で道は未来につながり

いつしか若い魂が

夢を口にする日がまた来るだろう。

どうして。

どうしてそれができないのか。

どうして

まだお前はためらうのか。


一人。

さあ 一人から、立ち上がれ。



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火炎少女ヒロコ 第三話(草稿)  ~16~

2015年09月22日 | 連続物語

 『逃げるぞ』
 それからのことを、ヒロコはあまり覚えていない。腕を引っ張られ、強引に砂地を走らされたはずだ。一頭のラクダに乗せられ、自分のすぐ背後にシャイフも跨った。砲弾の飛び交う中をラクダは猛り狂ったようにじぐざぐに走った。こういう混乱した時は、ジープなんかよりラクダの方がよほど目立たない、というシャイフの目算があったのかも知れない。とにかく、爆発で跳ね上がった砂をかぶり、脇腹すれすれのところを機関砲が突き抜け、何が何だかわからない状況で、幾度かほとんど吹き飛ばされたような気さえしたが、体のどこにも痛みを覚えていないので、してみると無事だったのだと言えよう。
 気がつけば、彼女とシャイフはラクダを捨てて岩山を登っていた。促されるままに、彼女は必死で岩をつかみ、ざらざらした山肌を這い上った。肘をすり剥き、血がにじんだ。生きたい、という本能的衝動だけで手足を動かしていた。疲れを意識する余裕さえなかった。やがて巨大な岩と岩の隙間に、大人が背を屈めて入れるだけの洞穴が現れた。二人はその中に転がり込んだ。
 冷たいごつごつした地面に伏し、肩で息を切らせながら、ヒロコは自分が、身に着けていた豪華な衣装や装身具のほとんどを振り捨ててきたことに気付いた。
 薄紫のベールだけは辛うじて頭にかぶったまま、全身砂まみれの惨めな格好で、彼女は今、洞穴にいた。男と二人きりで。
 嫌な予感を、ヒロコは覚えた。
 洞穴の内部は外から見るよりも広い。以前に誰かがそこで焚火をした跡もある。光が差し込まないので夜のように暗く、すぐ隣にいるシャイフの表情さえはっきりと見えない。
 彼に腕をつかまれ、ヒロコは痙攣した。有無を言わせぬ力強い手だった。汗ばんで上気し、鋼鉄のように固かった。
 外では、いまだ爆撃が続いている。その音は地鳴りのように洞窟の中にまで響き渡る。
 シャイフは息を荒げながら、囁くように言った。
 「You OK?」
 彼の知るほとんど唯一の英語である。大丈夫かと訊いてきたのだ。ヒロコはまだ頭がぼんやりしている。頭痛と吐き気も収まっていない。
 「You, fire,OK?」
 燃やす能力は復活したかと訊いているのだろう。ヒロコは力なく首を横に振った。
 暗がりがひんやりと重みを増した。
 生唾を呑み込む音。
 腕を握る男の手にさらに力がこもった。痛い。病的にかっと見開いた目で、彼は東洋の女を見つめた。
 『わが軍はお終いだ。我々もお終いだ。だが、私の望みは一つだけ叶わせる』
 アラビア語だったが、内容は明確にヒロコの頭に届いた。オーラである。彼は再び、強力なオーラで伝えてきたのだ。
 ヒロコは激しく怯えた。彼の手を振り解こうともがいたが、叶わなかった。
 自分はなんでこんな目に遭うんだろう。男に強く抱き寄せられながら、ヒロコは心に思った。ベールが黒髪から落ちた。武骨な手が彼女の小さな背中をまさぐる。なんでこんな目に。自分が悪いのだろうか。いったい何が悪かったのだろう。人を燃やしたりするようなバケモノに生まれたこと?
 <それって、私が悪いの? じゃあ私はどうすればよかったの?>
 男の熱い唇が彼女の唇に吸い付いた。情熱的で、官能的である。
 <この人に抱かれながら爆撃されて死ねば、それはそれでいいのかも>
 そんな考えがふと脳裏をよぎった。自分の人生に早く区切りをつけたい、という前から心に巣食う願望も、それを後押しした。
 息苦しくなった。男の手が彼女の尻を激しく撫でた。
 腐ったキャベツに顔を押し付けられたような、どうしようもない嫌悪感が、彼女の腕に尋常でない力を与えた。
 男の分厚い胸板を、どこにそんな力が残っていたのか、というほどの勢いで、突き放した。
 <死ね!>
 彼女はありったけの念を込め、男が燃え上がることを願った。しかし、燃えない。何一つ変化はない。多国籍軍のシールドは完璧に彼女の能力を封鎖しているのだ。
 奈落の底に落ちるような絶望感が彼女を襲った。
 アブドゥル=ラフマーンは汗だくの顔でにやりと笑い、腕を大きく振り上げると、手のひらで日本人女性の頬を思い切り叩いた。ぱん、と音がした。意識が遠のくほどの痛みを覚え、ヒロコはのけ反った。
 大きな影が彼女にのしかかる。さらに何発か、彼女の抵抗の意志を根こそぎ奪うかのように、両頬に張り手を浴びた。そのたびに彼女は短い叫び声を上げた。
 腫れ上がった頬に涙が溢れ出た。
 <嫌! 嫌!>
 その時ふと、背後から肩に手を掛けられた感覚を覚えた。それは今、まさに自分に覆い被さろうとする男の手ではない。がりがりに痩せたほとんど骨だけの手。どこか懐かしい感覚である。死神に手をかけられたような冷たさがあった。ああ、自分は死ぬのだ、と彼女は思った。途端に、体の芯を捻じ曲げられるような衝撃を覚えたが、その衝撃すら、なぜだか懐かしいものを感じた。
 次の瞬間、彼女は忽然としてその場から姿を消した。
 完全に消えたのだ。
 踏みつけられた薄紫のシルクのベールだけが、後に残った。
 驚愕のあまり声も出ないシャイフを、F15のロケット弾が洞穴ごと跡形もなく吹き飛ばしたのは、それから十秒と経たない後のことであった。

♦    ♦    ♦


 (つづく)



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残暑一人旅⑥

2015年09月17日 | essay
 祭りから一夜明け、帰途に就く。

 ただ電車に揺られて戻るだけというのもつまらないので、もう一駅下車してみようと思い立つ。昨日出会った大学生の言葉を思い出し、駒ケ根で下車することに。

 電車から降りると、なるほど何かありそうな雰囲気である。構内の観光案内所のパンフレットを見て、行き先を光前寺に決める。光前寺と言えば早太郎伝説。犬の早太郎が化け物を退治してくれるというなかなか奇想天外な昔話の舞台である。昔話は知っていたが、早太郎の生地が光前寺というのはパンフレットを見て初めて知った。

 バスに揺られて三十分。降りてみれば、立派な古刹である。参道の石畳を歩くだけでも心洗われる思いがする。その洗われた心が、一枚の看板を見て俄然色めき立った。

 「当寺の参道はヒカリゴケが自生しています」

 何を隠そう、私はもう何年もの間、ヒカリゴケを追って生きてきたのだ。さすがにそれは過言だが、しかしそんなに過言ではない。それが証拠に、昨年はヒカリゴケがあるという洞穴を目指して佐久まで足を延ばした。しかし、道を尋ねた地元の人たちが一様に、ああ、あのヒカリゴケね、と、気の抜けたような返事を返すので、次第に期待はしぼみ、いざ目的地に着いてみると、案に違わずその規模の小ささに、思わず高笑いしてしまった記憶がある。まるで誰かが蛍光ペンで塗ったような小ささであった。

 そのヒカリゴケが、この境内で再び見られるという。どこだ。どれだ。左右に目を凝らしたが、はっきりしない。日に照らされた苔がそうだと言われれば、そんな気もする。これだからヒカリゴケは食わせモノだな、と、気持ちを切り替え、わき道に入って庭園を見ることに。広い境内でこの庭園だけがなぜか有料なのだが、そういうところにわざわざ金を払ってみたくなるのが旅ごころである。

 庭園はまずまず。もう少し手入れをすればずっと良くなるのにと思いながら靴を履きかけ、ふっと横を見ると、なんとなんと、縁の下にヒカリゴケが。それも、はっきりと大量に光っている。

 私はいたく感動した。さすがにここまで来ると蛍光ペンの仕業ではない。




 ついでに駄句一句。

文明も ネオンも呵呵呵 ひかり苔


 それにしても、不思議な植物である。いくらなんでも光る必要はあるまい。虫寄せでもなかろうし。まさか、光合成のための光を自前するわけでも・・・。

 一見必要がないところに、魅力がある。魅力の奥には、隠された目的がある。

 寺を出ると、日はまだ高い。汗だくになって歩き、温泉場へ。身も心もさっぱりし、この短い旅を締めくくった。

 (おわり)
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火炎少女ヒロコ 第三話(草稿) ~15~

2015年09月15日 | 連続物語

 ヒロコは立ち上がった。拳を握り、目を見開き、意識を集中した。
 青空。
 迫りくる敵機から伝わる、蜂の大群のようなうなり。先ほどと同じであった。何一つ変化がない。変化のないことが、異変を告げていた。ヒロコは焦り、再度意識を集中した。しかし変わりはなかった。彼女がどれだけ念じても、敵機は一台も燃え上がらなかった。何度か悪夢で見た光景のような気がした。まさか、とヒロコが愕然とした瞬間、今まで感じたこともない、まるで津波に呑み込まれるような猛烈なエネルギーを彼女は浴びた。あまりの衝撃に彼女は悲鳴を上げて悶絶し、胃液を吐き出した。
 <何? 何これ? 私より────私より遥かに強い力だわ!>
 部隊全体に動揺が走った。人々は騒ぎ始めた。アブドゥル=ラフマーンは汗を浮かべ、椅子に倒れ込んだヒロコの肩を支えた。
 『どうした。ヒロコ。何が起こった』
 『でき、できない・・・・強力な・・・ずっと強力な・・・』
 『効かないのか』
 『できない・・・』
 <そうよ。やっぱり平和が一番いいのに、私はいったい何をしようとしたんだろう>
 いよいよ近づいてきた何十台もの敵機を見上げながら、ヒロコは呆然と、この緊急事態にそぐわない思いにとらわれていた。
 <普通に食べて、普通に過ごして・・・もう遅いかしら。なんで勝てる、なんて思ったんだろう。勝てると思っていたのかしら。ああ。決まりきっているわ。平和が一番じゃない。すごい数の飛行機。殺しに来たのね。私たちみんな、殺されるのよ。死ぬときって苦しむのかしら。来ないで。お願いだから来ないで。もうあんな近くまで・・・・駄目よ。逃げられない。私、たくさん燃やしてきたから、今度は燃やされるのよ、もちろん。全部、全部私のせいよ。もうすべて遅いわ>
 一方、はるか上空から高度を下げつつある編隊の中心には、四機ほど横に連なって飛ぶF15戦闘機があった。カワセミのくちばしのように鋭く尖った機体。それぞれのコクピットの後部座席には、さまざまな肌の色を持つ特殊能力者たちが搭乗していた。彼らは互いに離れていても意識を連携させ、目に見えない巨大なオーラを形作っていた。
 金髪、長身の男、ダスティン。米軍で訓練を受けた特殊能力者である。
 黒髪に褐色の肌、淡緑色の瞳を持つ女、スシーラ。インド生まれイギリス育ちの特殊能力者である。
 縮れ毛に広い額、丸縁眼鏡をかけたユダヤ人男性、イツハク。体全体を小刻みに震わせてオーラを出している。
 長い巻き毛に吹き出物の多い顔をした、混血の中年女性、アレクサンドラ。四人の中で最年長である。米軍で訓練を受け、今回の合同作戦ではリーダーを務める。
 彼女が心から心へと、他の三名に語りかける。
 <今のところヒロコの能力を防ぐことに成功。爆撃開始一分前。各機展開後もこのままシールドをかけ続けること。大丈夫。大したことないわ>
 彼女は鼻で吐息をついて、目を細めた。
 <可愛そうに。あの子、芸をきちんと仕込まれないうちに見世物に出されたのよ>
 コクピットの偏光ガラスに、美しい曲線を描いて地平線が映る。
 それから、不毛の大地。そこに寄せ集まった、ゴミのような集団。
 アレクサンドラは声を出した。声を出すこと自体好まないような、ひどく冷めた声だった。
 『攻撃開始』
 次の瞬間、シリア砂漠を覆う蒼穹に、矢のような火花が走った。
 空気をつんざく音。地響きがして、アル・イルハム側に唯一あったスカッドミサイルが激しい衝撃音とともに高々と黒煙を上げた。
 鋭い擦過音が次々と繰り出された。まるでロケット花火である。あちこちで爆発音とともに砂塵が高く舞い上がる。大地にねじ込まれるような悲鳴が溢れ、人々は逃げ惑った。
 地上では戦車やカノン砲で応戦したが、とても太刀打ちできる相手ではなかった。まるで、蟻の群れが潰されるように、ベドウィンの兵士たちは次々と倒れていった。
 一頭のラクダが燃上しながらいななき、崩れ落ちた。
 死者の流した血は砂漠に浸み込み、すぐに乾いた。
 ベドウィンたちは大混乱に陥った。轟音を上げて飛び交う機影の下で、人々は右往左往し、逃げ惑い、呪いの言葉や悲痛な叫び声が岩山まで響き渡った。
 呆然自失のヒロコの手を取る者がいた。病的なまでにぎらぎらとした目で彼女を見つめる。シャイフのアブドゥル=ラフマーンである。
 『逃げるぞ』

 (つづく)


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野分とともに

2015年09月10日 | essay
何かといえば酔っぱらってばかりの仲間三人で、湖畔でバーベキューという粋な計画を立てる。台風直下で当日は雨。日ごろ不謹慎なことばかりしているとこういう目に会う。自分だけは不謹慎と違うと、三人各々が心に思っている。

仕方ないので山腹にある崖の湯温泉へ。露天で頭に滴を受けながらも、小一時間与太話をして茹で上がる。


秋雨や ひさしの下の 忘れ物



山を下り、市内へ。「湖畔でバーベキュー」は「焼肉屋で焼肉」というごく平凡なものに変わったが、酔う人間は掟のようにしっかり酔った。

千鳥足で店を出るころには雲に晴れ間。土手に虫の音。


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残暑一人旅⑤

2015年09月08日 | 断片
 市田駅を降りたら、町全体が祭りの日を迎えていた。

 そもそも、行きの電車の中に浴衣姿の女の子たちがいることからすでに雰囲気作りは始まっていた。彼女たちは裾が上がり過ぎていたり、帯の締め方が甘かったり、最近の流行りか、作務衣風の中途半端な浴衣を着ていたり、つまり着こなしに疑問符のつく子が多いのだが、それもまた、年に一度の晴れ姿と思えば微笑ましかった。それに、そういう中にも決まって必ず一人くらい、とびきり着こなしの上手い、こちらをハッとさせる子がいるものである。

 さて、市田の街である。とうろう流しも花火も、日が沈んでからということなので、それまで飲み屋か喫茶店でも入って時間を潰そうと思っていたら、やっている店がない。町全体が祭りの準備に取り掛かっているので、どの店もシャッターが降りているのだ。駅からだいぶと北上したら、ようやく一件開いている飲み屋発見。だが聞くと、そこも親父が交通整理に出るので、今日は休業。それでも道行く人にと、奥さんが缶ビールやジュースを桶の水に浮かべて販売しているのである。せっかくだからと、ビールを買って路上で飲む。なるほどなるほど、ここまで徹底して街のどこもかしこもが祭りに浮かれているのは素敵ではないか。最近の祭りはどこでも、浮かれている連中の脇を冷めた連中が素通りする構図が多いが、この街だけはそういうことがなさそうである。まさに総力を挙げての祭りなのだ。それは素晴らしいことではないか、と酔いのまわりはじめた頭で思った。

 赤い顔で川岸まで南下し、座る場所を決める。見回せば、親子連れが手作りの巻きずしを食み、老夫婦がたこ焼きをつつき合い、中学生の男女六人のグループがそわそわと行ったり来たりし、浴衣姿のカップルが座りにくそうに階段に腰かけている。祭りだ。ああ、これが祭りなのだとつくづく感じた。考えてみれば、自分は、花火を始めから仕舞いまでしっかり見た記憶がない。いい機会だ。見物人の中に独り者は私くらいだが、それもまたよし。

 ぼんやりとした宵闇にすべてが包まれるころ、本番が始まった。

 川を次々と下る灯ろうのはるか頭上で、花火が開き、散る。それらについて描写する能力は私にはない。たっぷり最後まで見終えてから、駅前の一軒だけやっていた宿に戻り、湯を浴びて眠る。

 短い旅である。明日はもう最終日。

(つづく) 
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残暑一人旅④

2015年09月03日 | essay
 暑い。大鹿村はそれなりに風情があったが、特別にあつらえたように暑かった。そして村全体がお盆明けの眠りについていた。気ままな旅をするとこのようにタイミングを逸することがある。これもまた旅。

 村で一泊する気でいたが、予定変更してバスに乗り、伊那大島駅に戻る。

 ほぼ無人と言っていい小さな駅の構内で、南アルプスから下山してきた大阪の学生と話し込む。彼は大学のサークルで、よく大人数で山登りをするらしい。今回初めて単独で南アルプスの縦走を試みたが、前日の大雨で丸一日ビバーク、心が折れたと言う。予定を早めて下山したので、私同様、彼も次の目的地を決めていない。

 「どうしますかね」

 「南下しようかなあ、せっかくだから」

 「そうですか。うーん、僕はどうしようかなあ」

 行先のない旅人が二人、人気のない田舎駅の構内で時刻表を見上げながら首を捻る。

 突然改札口から声を掛けられた。無人駅と思っていたら、駅員がいたのだ。かなりの年輩である。

 「市田は今日、とうろう流しだ」

 「はあ」

 「とうろう流しだよ。そこにポスターが貼ってあるだろう? 花火大会と一緒にやるんだ。そう。とうろう流しと打ち上げ花火。この辺じゃ一番大きい花火大会だな」

 「へえ」

 他人のアドバイスで行き先を決めるのが、私はなかなか好きである。「よし決めた。南下して市田に寄ってみるよ」

 大学生はリュックを担いだ。「そうですか。僕は北上して駒ケ根に行きます。何かあるでしょう」

 「そうか。じゃあ、よい旅を」

 「ええ。お互い、よい旅を」

 名前も聞かない相手と、会釈して別れる。向かい合わせのプラットフォームにそれぞれが立つ。向こう側に先に電車が入り、電車が出て行ったら、もう彼の姿はなかった。

 なんだか旅をしているのだと実感した一コマであった。

 さあ、自分は単身、市田へ。なぜだか旅は急速に観光の要素を帯びてきた。

(つづく)
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火炎少女ヒロコ 第三話(草稿) ~14~

2015年09月01日 | 連続物語


 「しっ、来るわ」
 「ヒロコ」
 入口の布がさっと開いた。アブドゥル=ラフマーンが護衛兵を従えて姿を現した。
 ヒロコの変わり身は素早かった。彼女は瞬時に手のひらで頬の涙を拭い、しっかり身を起こし、別人のように生き生きとした笑顔を浮かべて彼らを迎え入れた。
 族長は鋭い視線を二人に向けた。黒い鼻髭が引き攣ったように動く。
 『逃げることを勧めたな』
 彼の言葉を兵士が英訳する。それに答えたのは、うろたえた織部ではなく、ヒロコ自身であった。彼女は片言の英語ながらしっかりと張りのある声で答えた。
 『違うわ。元気を出せって、言ってくれたの』
 『逃げることを勧められたろう』
 『違うわ。違うわ。もちろん確かに、ここにいて大丈夫か、と彼は聞いたわ。彼はそう聞いたけど、私は逃げない。そんなことには決してならないわ。もう大丈夫。もうほんとに大丈夫。私、とても長い間、日本人に会ってなかったから。とても長い間、私は孤独だった。日本人に会えて、話して、よかった。私はもう元気。とっても元気。ミスター・オリベのおかげよ』
 まるで別人のような快活ぶりである。笑顔を振りまき、はしゃぐように喋った。アブドゥル=ラフマーンは眉を顰めた。織部も、彼女の豹変ぶりに唖然とした。
 ヒロコは懸命に復活を演じた。
 『もう大丈夫。今度の戦いにも出られるわ。ね、見て。ミスター・オリベと話して、私こんなに元気よ』
 『では多国籍軍との戦いに備えることができるのだな』
 ヒロコは激しく頷いた。
 『そう。大丈夫。大丈夫だから。だから、ミスター・オリベを安全に帰してね。お願い』
 シャイフは険しい目でじっとヒロコを伺っていたが、納得したように頷いた。
 『よし。わかったヒロコ。この東洋人は確かに、お前を元気にさせた。お前の心に巣食う悪魔を追い出したようだ。安心しろ。彼は安全に送り返す』
 『きっとよ。きっと。お願い』
 『オリベ。お前の仕事は済んだ。出ろ』
 問答無用であった。抗弁の余地はなかった。シャイフに顎で促され、織部は後ろ髪をひかれる思いで天幕の外に出た。すぐに兵士二人が両脇につく。虚脱感でしゃがみこみそうになるのをこらえ、織部は歩いた。彼の救出作戦は失敗したのだ。しかし彼自身の命はひとまず、ヒロコによって救われた。ヒロコは自分よりも、同胞人を救う道を選んだのだ。
 炎天の下、織部は下唇を強く噛んだ。
 <無力だ・・・・なんて無力なんだ俺は! 畜生! 何のためにここに来たんだ? 何てこった・・・あの子の目! 可愛そうに。あんな重荷を背負って・・・人殺しという重荷だ。一生下ろせない重荷だ。ヒロコ! ヒロコ! どれだけの苦しみに君は耐えているんだ? 君はもう覚悟を決めているんだね。なんという覚悟だ。君は最後まで、自分が死ぬまで、人を殺し続けるつもりなんだな>
 思い詰めたその表情は、日に焼けた皺を刻んで、醜悪であった。  

♦      ♦      ♦


 二日後。
 空はこれから起こるであろう殺戮など全く無関心に、美しく青紫の朝日を迎えた。
 ラクダがいななく。兵士たちの号令が岩山にこだまする。
 テントの片隅で、祈りを捧げる老人の声がかすかに聞こえる。
 叫び声が上がった。
 見上げると、青空は点々と汚れ始めていた。それぞれの点は徐々に拡大した。翼が生え、機体の姿になった。多国籍軍である。その数、七、八十。
 怒号が飛び交う。人々は臨戦態勢についた。
 アル・イルハム側からはまだ一機の戦闘機も飛び立っていない。しかし巨大なスカッドミサイルと、十数台の戦車の主砲、それに数多のカノン砲、迫撃砲、機関銃などの銃口が、まるで、賓客の到来を待ちわびるクラッカーの列のように、一斉に彼方の空へと向けられた。
 その中心には、男八人が掲げる井げた状の神輿に乗って、ヒロコがいた。
 その姿は滑稽であった。滑稽なまでに、彼女は美しかった。
 宝石と刺繍の施された緋色と赤銅色の衣装を重ねてまとい、薄紫のシルクのベールを被っている。真っ白に化粧をし、豪奢な椅子に腰かけ、紅を引いた唇を一文字に結んで空を見つめていた。
 厚化粧を望んだのはヒロコ自身であった。胸中の動揺を、なるべく表に見せたくなかったのだ。今や、彼女はこの一帯の女王であった。女王である限り、死と直面する壮絶な場面においても、威厳を失いたくなかった。それがずたずたに心を病んだ彼女に残された、わずかな誇りであった。
 彼女の側には、堂々たる体躯の、アブドゥル=ラフマーン。そして百を超える護衛兵たち。皆一様に、緊張した面持ちである。
 誰かが生唾を呑む音。
 幾重にも重なり合った轟音が聞こえ、敵機の輪郭がはっきりと目視できるまでになった。
 多い。これまでにない数の敵機である。
 両手で顔を覆う者が現れた。どこからか悲鳴も聞こえた。
 兵士の一人が敬礼をして叫んだ。『これ以上近づくと危険です!』
 アブドゥル=ラフマーンが囁いた。『ヒロコ』
 空が轟く。
 ヒロコは立ち上がった。拳を握り、目を見開き、意識を集中した。

(つづく)





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