た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

素敵な出会いをするには。 5

2016年11月28日 | essay

 

 

 無人駅で素敵な出会いをするには。

 

 知る人ぞ知る、出会いの場所として無人駅ほどふさわしいところはない。無人駅は出会いのためにあり、出会いは無人駅のためにある。と言えばもちろん言い過ぎであるが、しかしもし、あなたが映画監督であるなら、一度は無人駅を舞台にしたラブ・ストーリーを撮ろうと考えるはずである。あなたが詩人であるなら、無人駅での出会いと別れを数行の言の葉に託したいと試みるはずである。あなたが旅番組のリポーターであるなら、無人駅で降り立った瞬間、何かを期待してマイク片手にきょろきょろするはずである・・・リポーターだったら、どこでもきょろきょろするかも知れないが。

 

 セーラー服姿の女子高生が一人、塗料の禿げたベンチに座って電車を待っている。

 可憐な女の子である。

 カン、カン、と遮断機の降りる音がして、誰一人通らない踏切が遮断される。急行列車が轟音を立てて疾走する。急行列車の去った後、列車の残したつむじ風に襟元と髪の毛を巻き上げられて、女子高生はやっぱりベンチに一人座ったままである。

 空は抜けるように青い。山々は迫りくるほどに緑である。蝉の大合唱が、水田や曲がりくねった田舎道に沁みていく。

 踏切を渡って、バッグパックを背負った学生風の男がやって来た。逞しく日焼けした肌。旅人らしい遠い目線。

 男はベンチの横にバッグを降ろし、立ったまま汗を拭う。構内は彼ら二人だけである。

 「すみません」

 「あ、はい」

 「ここに次に停まる電車は、何時になりますか」

 女子高生は男の逞しい体にどぎまぎしながら視線をさまよわせる。

 「あの、どちらに行かれるんですか」

 男は一瞬問いの意味がわからなかったのか、遠い山を見やって、それから笑顔を彼女に向ける。

 「いや、次に停まる電車が向かう方向へ」

 女子高生はその答えを聞き、なぜか無性に切なくなり、胸元の赤いスカーフを握りしめる。

 

 ・・・ああ、これはもう立派な出会いである。ただしこういう出会いができるのも、二人がスマホとか携帯とかに顔を埋めてない限りにおいてである。そんなものが両者の右手にあれば、女子学生は決して右手から顔を上げることはないし、学生も問いかけるのを諦め、ネットで駅ナビでも検索し始めるだろう。

 

 ね、だからあんまり便利な道具も考えものですよ。

 

 

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素敵な出会いをするには。 4

2016年11月24日 | essay

 

 朝起きたら、雪。

 ということで、雪の降る朝に素敵な出会いをするには。

 

 やっぱり何といっても旅館がいい。それも、「はたごや」と呼ぶに相応しい、時代遅れの寂れた小さな宿。浴衣姿のまま朝食を終えた男は、腕組みをして窓の外を見やる。街道は昨日と打って変わった雪景色。その上になお、湿り気のある雪が列を乱しながら舞い降りる。

 「参ったな」男は嘆息する。「午後には本社で会議に出る予定だったんだが」

 「仕方ないどすえ」と旅館の女将が膳を片付けながらわざとのんびりした声で言う。なぜか京都弁である。「電車もいつ復旧するかわからしまへん。ここは観念して、ゆっくり連泊でもしなはったらどうどす」

 男は腕組みをしたまま女将を振り返る。昨晩お酌される時も思ったが、色艶のいい和服の似合う女である。涼しげな眼が訴えるような、からかうような媚びを湛える。

 男は再び窓の外に目を向け、舞い落ちる雪を眺めながらいろいろと自問自答する。しかしいかんせん旅先である。浴衣姿である。非日常を演出する雪景色である。どうしても気の緩みがある。

 男は腕組みを解き、大きな伸びをする。

 「そうか、じゃあ諦めて、もう一晩お世話になろうかな」

 「そうしなはれ。朝から雪見酒も風流どすえ」

 「朝からかい?」

 女将は和服の襟元を指でなぞる。「こんな天気で他にお客さんもいてはらしません。私も付き合わせてもらおうかしら」

 男が驚いて女を見つめる。女はじっと男を見上げる。

 二人の視線が動かなくなる。

 

 ・・・おやおや、朝っぱらから書く話じゃないな。ほら、さっさと外に出て雪かき、雪かき。

  

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素敵な出会いをするには。 3

2016年11月21日 | essay

 

 結婚式で素敵な出会いをするには。

 

 そもそも素敵な出会いをした二人に便乗しようという都合のよさがある。しかも女は普段着ることのない豪奢なドレスに身を包み、男も三段階くらい地位を詐称したような立派なスーツに身を固めている。当然ながらその成功率は高い。

 新郎新婦の高校時代の共通の友人として、同じテーブルに座った二人は、乾杯のシャンパンのときからすでに互いを意識している。

 (なんて綺麗になったんだ)と男は隣席の女の方を盗み見ながら心に思う。(昔はバカ口空けて笑い転げる奴だったのに)

 (シュウ君、格好良くなってる)と女も独りごちる。(高校時代なんて、ゴボウみたいな顔してたはずだけど)

 「このパテ、美味しいね」

 「ほんと。添え物のズッキーニもとても上手に味付けしてある」

 「ダイスケ、幸せそうだなあ」

 「二人の付き合い長いもん。今日のミヨッペ、とっても綺麗」

 君も、グリーンのドレスが似合っててとてもとても素敵だよ、と男は隣の女に言いたい。口に出せないけど、新婦のミヨッペよりよっぽど素敵だ。本当はパテもそんなに美味しくないし、君の褒めたズッキーニなんて手も付けてないけど、でも、でも、この華やかな式場で、肩の露わなドレスを着た君とコース料理を食べているだけで、何だか変な気分になってきたんだ。新郎と新婦すらもうどうだっていい。ねえ、この後どこかで・・・。

 どうして私ばかりじろじろ見るの。やだ、恥ずかしい。と、女は頬を微かに赤らめる。私・・・私、普段はトレーナー着て介護の仕事してるんだけど、そんな姿見たらシュウ君、幻滅するかな。そんなことないよね。シュウ君だって普段はたぶんゴボウみたいな格好で働いてるんでしょ? でも、私たち高校時代から気が合ってたもんね。シュウ君のお嫁さんかあ・・・ありね。それもありだわ。

 友人席で二人が勝手に盛り上がっているところへ、アナウンスが響く。

 「では、新婦から新郎へ、一生美味しいものを作って上げると言う意味を込めて、特大のスプーンでケーキを食べさせてあげてください。はい、みなさんは、『あーん』の唱和をお願いします!」

 口の周りをホイップクリームだらけにして、おまけに何度もむせながら、必死でケーキを頬張る新郎を目の当たりにし、男は青ざめる。

 「俺、あれだけはしたくないな」

 女も笑顔を強張らせて、小声で相槌を打つ。

 「そうね」

 この瞬間、男女二人は結婚というものに対する出来過ぎた幻想を若干改めるとともに、先ほどよりはずっと冷めた目で人生計画というものを見つめ直す。

 

 まあこういう障害がところどころ生じるけども、それらを乗り越えれば、素敵な出会いになること請け合いです。

 

 

 

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素敵な出会いをするには。 2

2016年11月17日 | essay

 図書館で素敵な出会いをするには。

 

 映画や小説でよく取り上げられる舞台である。知的な雰囲気と、心のときめきが、妙にマッチする。

 男女は三度、同じ書架でばったりと出会う。数学の書架とか、南米文学の書架とか。とは言えその専門にのめり込んでいるのは男の方で、女はそののめり込む彼の姿が気になるがために現れたのだ。男は伸ばし気味の髪に黒ぶち眼鏡、痩せた顔立ちをしていなければいけない。女は赤いタータンチェックのスカートに、体の線のわかる鮮やかに白いタートルネック。文学少女だがちょっと活発な面も持ち合わせた、複雑な性格の持ち主でなければいけない。

 「ねえ」と女が三度目の邂逅で、大胆にも声を掛ける。大胆に声を掛けなければ、図書館にいる人間なんて人づき合いの億劫な連中ばかりだから、素敵な出会いに発展しない。 

 男はまさかこんな場所で自分に声を掛けてくる人がいるなんて夢にも思わないから、本に埋めていた顔をゆっくり持ち上げ、眼鏡の奥の目をしばたたかせる。

 「僕に用?」

 「そう」

 女は小高い胸の前で三冊の大きな本を抱き締め、言葉を探すときの癖で体を揺する。

 「いつもフェルマーに会いに来るのね」

 この決め台詞が大事である。無論これは男が数学の書架で、フェルマー関連の本を読み漁っていた場合。もし彼が南米文学のコーナーで『百年の孤独』を読み耽っていたら、「ガルシア・マルケスが好きなのね」。もし東洋思想のコーナーで『明日からできる座禅入門』を広げていたら、「私も座禅にすごく興味があるの」などなど。

 いずれにせよ、相手の読書趣味を理解し肯定する台詞でなければいけない。しかもこれらの台詞はいずれも、裏のメッセージが込められている。「いつもフェルマーに会いに来るのね」は、「私はあなたに会いに来るけど」。「ガルシア・マルケスが好きなのね」は「私はあなたが好きかも」。「私も座禅にすごく興味あるの」は、「そしてあなたにも、ものすごおく興味があるの」。

 当然ながら、かなりの片思いをした変わり者でなければ、これらの台詞を図書館で口にするまでには至らない。そんな変わり者はなかなかいない。

 そもそも図書館は私語が禁止である。

 図書館で素敵な出会いをするのは、かくも難しい。

 映画や小説じゃないんだから。

 

 

 

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素敵な出会いをするには。

2016年11月15日 | essay

 

 街角で素敵な出会いをするには。

 男は少しくたびれたトレンチコート。女はシックなファーコート。季節は秋。秋でなければコートは羽織れない。コートがなければ街角の素敵な出会いは演出できない。雨上がりの夕刻、二人とも孤独を抱え、俯きながら歩いていたので、出会い頭に避けきれず、女はびっくりしてフランスパンとオレンジの入った紙袋を落としてしまう。男は謝罪し、濡れそぼちた歩道に転がるオレンジとフランスパンを拾い上げる。が、さすがに裸のバゲットは濡れた枯葉も引っ付いて、そのまま返せる状態ではない。本当に申し訳ないことを、と女を見る男の目と、彼を見返す女の目が合う。慌てて目を逸らした男が、近くで明かりを灯すフレンチレストランを見つけ、せめてお詫びにお食事でも、と申し出る。女は頬を赤らめ、いったんは遠慮するが、男が最後に拾って返したオレンジを受け取り、そのオレンジに男の手の温もりを微かに感じながら、小さく頷く。

  ・・・と行きたいところであるが、日本では買い物袋はビニル製で、フランスパンをパッケージせずに裸のまま買う習慣もない。やっぱり茶色い紙袋から頭を覗かすバゲットじゃないと、雰囲気がね。よって、現代の日本の街角で素敵な出会いをすることはかなり難しい。

 少子化の遠因はビニル袋にありや否や!

 

 

 

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秋晴れには颯爽と

2016年11月12日 | 写真とことば

   秋晴れに自転車が心地よい。爽やかに乾いた風を浴びながらペダルを漕いでいると、十歳若返ったような気がする。どこまでもこのままサドルにまたがって疾走したくなる。しかし仕事があるからそれも叶わない。職場に自転車を乗りつけると、秋晴れにさよならを告げて薄暗い建物に入る。すると途端に、腰痛持ちだったことを思い出す。いてててと机に手を突く。十歳余計に年を取った気分になる。

   太陽は人を若返らせる。なんだかもりもりと栄養を得たような気になる。ひょっとしてそれは、太古、動物と植物が未分化だったころの名残か。

   朝の珈琲を淹れ、デスクワークをしながら、もう、外に出かける用事がないかを考えている。

 

 

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漠然とした・・・

2016年11月08日 | essay

 

 天気がさっぱりしない。午前中は秋晴れの一日を想像させたが、日が西に傾くと途端に雲行きが怪しくなり、どんよりとした薄墨に街全体が覆われた。

 玄関先に置いた鉢植えのほうき草が、行き交う車が起こすものか、北からわざわざ訪れたものか、妙に湿気を帯びた風にあおられて、ぐるんぐるんと赤い首を回し、あまり愉快そうではない。 

 足元の玄関マットはしばらく目を離したすきに、こんな街中のどこから舞って来たのかというほどの枯葉を被っている。

 アメリカの大統領選挙の結果が、何となく気にかかる。明日には判明するらしい。何が? いったい何が判明するというのか?  中東情勢も気になる。隣国も落ち着かない。地震で被災した南阿蘇のことを思い出す。現在体調を崩している知人の数を数えてみる。家族のこと。自分のこと。

 将来に対する漠然とした不安というものは、こういう日に感じるものなのかもしれない。芥川龍之介に訊いてみたいが、彼はずいぶん以前から土の中である。

 冷めたコーヒーに唇を当てたまま、しばらくじっと見えない何かに目を凝らす。

 

 

  

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美味しく飲むには。 3

2016年11月04日 | 断片

 

珈琲を美味しく飲むには。

ゆったりとした気持ちになりたい、という強い願望と、ゆったりとできる時間の余裕と、ゆったりと淹れてくれる自分もしくは誰かの存在。

 

紅茶を美味しく飲むには。

ビスケットとか、シナモントーストとか、ブリティッシュガーデンとか、「マーガレット」という名前の人とか・・・。ごめんなさい。あまり詳しくありません。

 

お薬を美味しく飲むには。

その考えが甘い。

 

 

 

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美味しく飲むには。 2

2016年11月02日 | 断片

日本酒を美味しく飲むには。

五十を過ぎて一人娘が片付き、反抗期を懐かしく思うほどの寂しさを抱えて日々を過ごしていたところに、娘夫婦から孫ができたとの知らせが。万歳しかねないほど喜びをあらわにする妻をしり目に、草履を履いてぶらりと出かけ、夕日を浴びた赤提灯、馴染みの居酒屋に入って旬の焼き魚を注文、ひやで一杯、くーっと煽って嘆息する。

 

ブランデーを美味しく飲むには。

本革張りの肘掛け椅子はどうしても必要になる。億単位の商談が難航していることは家族にひた隠しにしたまま、邸宅でいつも通りの夜を迎える。ピアノを弾き終えた妻がお休みのキスをして寝室に下がり、絨毯の上でお絵かきをしていた二人の小娘たちも順番にハグをして子供部屋に。自分一人、いつまでも肘掛椅子に深く腰掛けたままじっとしていると、一本の電話。産業スパイがうまく任務を果たしたという報告である。静かに電話を切った後、クリスタルガラスの酒瓶からブランデーをグラスに注ぎ、シャンデリアと燭台の明かりの下、片手でくゆらせてゆったりといつまでも薫りを楽しむ。

  

焼酎を美味しく飲むには。

ねじり鉢巻きと汽笛でしょ。

 

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美味しく飲むには。

2016年11月01日 | 断片

ワインを美味しく飲むには。

ちょっとしゃれた服を着て気心の知れた異性と映画か演劇を観た後で、感動を胸に残したまま街のレストランに繰り出す。明るすぎない窓際のテーブル席を陣取って、つまみはチーズとパンとバター。しっとりと冷えゆく窓越しの夜景と向かいに座る異性の笑顔をあと二つのつまみに、ゆっくりとグラスを傾ける。

 

ウィスキーを美味しく飲むには。

戦場で砲弾が飛び交う中を砂埃にまみれながら駆け抜けた後で、復員兵ばかり乗せた列車で日の沈んだ街に戻る。一人孤独にトレンチコートの襟を立て、街燈の明かりをよけながら街をふらつき歩くと、ふと目についた路地裏の狭いバー。そのカウンターに立ったまま肘を突き、ストレートでダブルを一息に飲み干す。

 

ビールを美味しく飲むには。

ひと風呂浴びている間、喉の渇きを我慢していれば、まあたいてい美味しい。

 

 

 

 

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