冒険の好きな人、嫌いな人がいる。
冒険のできる人、できない人というのもある。
GWの初めに東京からN氏が来た。
なかなか自由気ままな行動をする人で、長く懇意にしている。
我が家で宴会をして一泊した翌朝、N氏は帰京しなければならず、私も夕方からの仕事がある。しかしあと半日分の時間が余ったので、温泉に行くことになった。
前日の宴会では、酩酊した顔で、近くでお勧めの湯ならどこでも、などと言っていたN氏も、いざ車の助手席に乗ると、俄然目を輝かし始めた。しばらく地図に顔を突っ込んでいたと思ったら、「お互い今まで行ったことのない温泉に行こう」と言いだした。
N氏は無類の冒険好きである。数年前に来た時は、未舗装の山道を奥まで行ってみようと主張して私を困らせた。今回も、私のお勧めの温泉ではお互いが詰まらないと言う。別に私は詰まらなくないのだが、と内心思いつつ、ハンドルを切り、彼の指定する道に進路を採った。
ここを真っすぐ行けば葛温泉に辿りつくと言う。なるほど、葛温泉は私も話には聞いたことがある。名湯らしい。行くのはやぶさかではない。しかしもう少し北ではなかったろうか。山道は狭く、標識は無く、だんだん切り立った崖が姿を現してきた。この道で大丈夫? と念を押すと、間違いない、と自信に満ちた声が返ってくる。間違いないね。もうすぐ大きな湖が見えてくるはずだよ、と。しかし行けども行けども湖なんて見えてこない。それどころか道はますます細くなり、少しハンドルを切り間違えれば谷底に落ちそうな断崖絶壁になってきた。
さすがに不安を感じ始めたN氏は再び地図に顔を埋めていたが、不意に顔を上げた。
「わかった」
「え? 何が分かったって?」
「キツネだ」
「は?」
「この辺にはキツネが出るみたいだ」
「いやいや、正直に言ってよ。何を間違えたの」
「キツネにだまされたんだ」
キツネキツネと連呼するN氏を、ハンドルを握ったままなおも問い詰めると、どうやら地図を見間違えたらしい。それも、右のページを見るべきところを左のページを見ていたという、およそあり得ない初歩的な間違えである。我々は全く違う場所を走っていたのだ。何がキツネだ。もしこのまま山中で行き止まりになったら、彼をどこかに埋めて帰るところだった。だが幸い、我々は中房温泉という小さな温泉場に辿りついた。
そこは登山客が主に利用するような野趣あふれた露天風呂の温泉であった。泉質もすこぶる良い。我々はすぐに上機嫌になった。
風呂上りに外のテーブルで涼しい風を浴びながら、カレーまで食べて帰ってきた。
N氏は冒険好きな人である。だから付き合って面白いと思う。しかし冒険をしていい人かどうかは知らない。少なくとも、地図の見方くらいは学習すべきであろう。
冒険のできる人、できない人というのもある。
GWの初めに東京からN氏が来た。
なかなか自由気ままな行動をする人で、長く懇意にしている。
我が家で宴会をして一泊した翌朝、N氏は帰京しなければならず、私も夕方からの仕事がある。しかしあと半日分の時間が余ったので、温泉に行くことになった。
前日の宴会では、酩酊した顔で、近くでお勧めの湯ならどこでも、などと言っていたN氏も、いざ車の助手席に乗ると、俄然目を輝かし始めた。しばらく地図に顔を突っ込んでいたと思ったら、「お互い今まで行ったことのない温泉に行こう」と言いだした。
N氏は無類の冒険好きである。数年前に来た時は、未舗装の山道を奥まで行ってみようと主張して私を困らせた。今回も、私のお勧めの温泉ではお互いが詰まらないと言う。別に私は詰まらなくないのだが、と内心思いつつ、ハンドルを切り、彼の指定する道に進路を採った。
ここを真っすぐ行けば葛温泉に辿りつくと言う。なるほど、葛温泉は私も話には聞いたことがある。名湯らしい。行くのはやぶさかではない。しかしもう少し北ではなかったろうか。山道は狭く、標識は無く、だんだん切り立った崖が姿を現してきた。この道で大丈夫? と念を押すと、間違いない、と自信に満ちた声が返ってくる。間違いないね。もうすぐ大きな湖が見えてくるはずだよ、と。しかし行けども行けども湖なんて見えてこない。それどころか道はますます細くなり、少しハンドルを切り間違えれば谷底に落ちそうな断崖絶壁になってきた。
さすがに不安を感じ始めたN氏は再び地図に顔を埋めていたが、不意に顔を上げた。
「わかった」
「え? 何が分かったって?」
「キツネだ」
「は?」
「この辺にはキツネが出るみたいだ」
「いやいや、正直に言ってよ。何を間違えたの」
「キツネにだまされたんだ」
キツネキツネと連呼するN氏を、ハンドルを握ったままなおも問い詰めると、どうやら地図を見間違えたらしい。それも、右のページを見るべきところを左のページを見ていたという、およそあり得ない初歩的な間違えである。我々は全く違う場所を走っていたのだ。何がキツネだ。もしこのまま山中で行き止まりになったら、彼をどこかに埋めて帰るところだった。だが幸い、我々は中房温泉という小さな温泉場に辿りついた。
そこは登山客が主に利用するような野趣あふれた露天風呂の温泉であった。泉質もすこぶる良い。我々はすぐに上機嫌になった。
風呂上りに外のテーブルで涼しい風を浴びながら、カレーまで食べて帰ってきた。
N氏は冒険好きな人である。だから付き合って面白いと思う。しかし冒険をしていい人かどうかは知らない。少なくとも、地図の見方くらいは学習すべきであろう。