欠伸はうつる、と言われる。うつるどころか、欠伸ははっきりと、現代科学では未解明の「あくび物質」によってうつる、というのが私の持論である。「あくび物質」、というより「ねむけ物質」、と言った方が正確かも知れない。寝起きの時、顔を洗うまでは何だか眠気が取れない。これはまさに、「ねむけ物質」が顔の表面を覆っているからである。この物質は睡眠中に、顔中の毛穴からか口からか、出処は判然としないものの、ひそかに顔の表面に出て粘膜をはるように顔全体を覆うのである。適当な洗願ではなかなか落ちないほど強力な粘着力を持つ。かの「ねむけ物質」を顔の一部、もしくは全体に張り付けたまま他人と会話してしまうと、顔面の筋肉の振動により、その物質が住処を離れて空気中を飛翔し、相手の顔まで辿りつく。すると途端に相手も眠気を催すのである。誰か一人が眠いと、その場にいる人のほとんどが眠くなる、という現象がこれで説明できる(そういう現象が存在することを前提としているが)。欠伸はその波及効果の最たるもので、胞子嚢から胞子が飛び出すように、開けた口から「ねむけ物質」が四方八方に拡散する。よってそこらにいる誰それの顔に次々と貼りつき、彼らの自制心を容易に凌駕する勢いで、一斉に欠伸を催させるのである。
この「ねむけ物質」の正体を学術的に究明すれば、ノーベル賞なんていとも簡単に手に入ることは明々白々な事実ではあるが、その労と功績は他人に譲って、今日もただひたすら欠伸を噛みしめるのが、私の姿である。
この「ねむけ物質」の正体を学術的に究明すれば、ノーベル賞なんていとも簡単に手に入ることは明々白々な事実ではあるが、その労と功績は他人に譲って、今日もただひたすら欠伸を噛みしめるのが、私の姿である。