た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

♪ラップ・スクラップ♪

2005年06月30日 | ラップ
ありきたりの公園、しばふに人来たり、蟻来たり

さえない天気に寒いふところぼくには彼女さえない

たいくつな日曜日に自問する。あんたいくつ

やっぱ原っぱ葉っぱばっか心で歌う半ぱなラッパー!

                 
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祭りの心得

2005年06月26日 | 写真とことば
私は私だけで祭りしてはならない

友数人とのみ祭りしてはならない

見渡せよ。周囲を。人々がいる。

声に出す言葉はいつでも彼らに聴かせる音楽であれ

顔に出す喜びはいつでも彼らに見せる絵画であれ


《サア、ソノ携帯電話ヲ切リ給ヘ。》
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悲しみの表明について

2005年06月24日 | 悲しみの表明
いかに愚鈍なわたしでも
ここ数日の青少年による凶悪犯罪には
さすがに悲しくなりました。

どうしてこういう事件が起こるかわかりませんが、
ひょっとして
社会がちゃんと悲しんでいないのではなかろうか
その悲しみを彼らに伝えていないのではなかろうか
そんなことが心配になりました。

われわれは悲しんでいます。あなたの手にした刃物の一振りに
その刃物から滴る鮮血の一滴一滴に。

怒りを覚える前に
気味悪く思う前に
もっともらしく首を振る前に
われわれは何よりも真っ先に、悲しんでいます。

そのことを社会がきちんと表明すべきだと思うようになりました。

だから私は表明します。アマリニ悲シイ。

この私の小さな思いつきに共鳴してくださる方がいれば
どうか同じように表明してください。

いつかそれが社会の素直な声となれば───

なぜならそれは

いまだかつて誇り高い世論が
表明したことのない感情ですから。

とても原始的で 犯しがたい感情ですから。
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悲しみの表明

2005年06月23日 | 悲しみの表明
中学生の弟が専修学校の兄を刺し殺した事件を悲しみます。
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悲しみの表明

2005年06月23日 | 悲しみの表明
15歳の少年が両親を殺害の上部屋に火をつけ爆破させた事件を悲しみます。
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ネット自殺急増。

2005年06月22日 | 写真とことば
ネット自殺急増。

案ずる声もまたいろいろ。

「原因は無気力無関心

簡単な仲間作りと道具立て」

しかしみんな気づかないのだろうか?

環境が自殺者を増やしていることを。

この住みにくい世の中が

異常気象が

日々朝刊を彩る暗い未来の予感が

自殺者を増やしていることを。

誰も自分のことだけで

この世に見切りをつけはしないことを。

みんな気づかないのだろうか?

今日自分たちが黙殺した

地球規模の小さな異常・

漠然とした不快が

明日一人の命と生きる力を奪いうる

個人的でかつ大きな異常・

決断された絶望を

唆(そそのか)す一押しとなりうることを。

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ソーセージ in キムチ

2005年06月21日 | 食べ物
 最近粗食で食べ物の話題に事欠いてしまう。
 あまり粗食になると料理の腕も落ちるらしく、先日友人に料理を提供したら、「料理が下手なのは罪だ」とまで言われてしまった。かつて「あり合わせ大王」とまで賞賛された私ことあり合わせ料理の天才(往年)はひどく落ち込んだものだ。しかし一言付言しておけば、あり合わせの妙技は実験と失敗の地層のような積み重なりの上に初めて成り立つのであって、ベビーチーズを豚肉に絡めて団子状にしてしまっても、誰もそのアカデミックな試みに文句を言ってはいけないのである。

 さてソーセージinキムチである。
 食費を切り詰めようとするときにいつも感慨深く思い出す料理である。温かいご飯の上にキムチを乗せ、さらにその上に、ゆでたソーセージを乗せるだけ。欲を出せば、その上にごま油をわずかに垂らす。
 この単純な料理が一番旨いと教えてくれたのは、昔アルバイトをしたことのある焼肉屋の店長であった。特上ロースや骨付きカルビ、ユッケに生レバーにテールクッパ。数々の高級食材を扱いながら、彼は自分の「まかない飯」はいつもキムチとソーセージだけで済ませていた。三分で豪快にかきこみ、深いため息をついて満足の意を示すのである。
 私も何度かいただいた。なるほど美味しい。アルバイトをやめて十年が経ったが、料理が面倒になるといまだにそのレシピを頼る。ただし素材に注文があって、ソーセージは安いもので十分だが、キムチはある程度しっかりしたものでないと期待外れに終わる。それにしても調理の単純さに疑問を感じるほど食が進む。料理というのは結局これくらい謙虚な方がいいのだ、などと一人勝手に神妙な気分に浸ったりする。

 その焼肉屋は、小さいながら良心的な値段で美味しい肉を出していたので、開店数年でずいぶん流行っていた。しかしO157や狂牛病の騒ぎが重なり、そうなると小さい規模の店から首を絞められるのが世の習いらしく、店長は首を絞められる前に自分でそれを予感して店をたたんでしまった。
 まことに残念でならない。
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声の届く範囲という問題

2005年06月20日 | 写真とことば
久しぶりに東京に行ってきました。

ビルがあり その谷間に街が広がっています。

人々がいて その中を人が歩いています。

         私も歩いています。

三列ニオ並ビ下サイ。
大放出!
抽選デアナタモせれぶ。
超ウケルシ。
携帯電話ノゴ使用ハ。
携帯電話ノゴ使用ハ。


東京を離れていると案外気づかないことですが

もっと大きな声で生きていかなければ

誰一人相手にしてもらえないのだということに。




そうだ。

もっと大きな声で
        生きていこう。



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旅立つ人を見送る

2005年06月15日 | 写真とことば
友よ。 君に救われた日々があります。

         それから大いに笑った夏。

  静かに語り合った夜もありました。

                     感謝し

感謝しつくせない今。


  友よ、よい旅を。

    旅先でもし道を尋ねられたら


どうか 私にしてくれたように

       その人に あなたの道を

           そっと 教えて あげて下さい。 
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反転サセラレタ衝動

2005年06月13日 | 写真とことば
「あんなおとなしい子がまさか犯罪を犯すとは思ってもみませんでした」

あんなおとなしい子だったから反転したのだ

事件の裏には、健全な表がある。

「完全」の裏に

「完全の破壊」が潜むように。
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