た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

人間疎外

2024年08月23日 | essay

 

かつて「人間疎外」が叫ばれた時代があった。

社会の発展とともに急速に進む機械化の中で、人々がその歯車の一部として生きることを強いられ、人間らしさを奪われていく現象を言った。

現代はどうだ。

自動精算機で人間同士のやり取りを阻まれ、

レストランではロボットに給仕されて喜び、

システム改善の名のもとに生き方を矯正され、

どんどん何もしなくて良い世の中となり、

今や創造する自由まで奪われようとしている。

拍手! 人間が完成させようとしている人間疎外に、拍手。

その完成度の高さには、思わず、自然の摂理の関与さえ疑ってしまうほどだ。

 

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一ノ瀬園地

2024年08月05日 | essay

 上高地線を登っていると、やがて急で狭い坂道はバスやマイカーの行列でぎゅうぎゅうになる。それくらい上高地は人気がある。だが、トンネルを抜けてすぐの信号を乗鞍方面へと右折すると、とたんに車の数が減る。スキーシーズンでもない乗鞍に用はない、というわけだ。

 ところがその乗鞍高原には、なかなかに素敵な観光地が点在している。去年は三本滝を観に行った。そこも良かったが、今年は人に勧められて一ノ瀬園地に向かった。

 広大な森林の中を、小道がやたらと錯綜している。平地だから、歩くのに支障はない。折しも記録的な真夏日で、さすがに直射日光が当たると汗ばんだが、木陰が多く、小川もたくさん流れていて、川辺を通ればとても涼やかである。澄んだ水で、触ると冷たい。街中で暑さにやられた頭も、だいぶ回復してきた。

 自然の草花を楽しみながら歩いていたら、ついつい回り道したくなる。途中で一人、首にタオルを掛けた旅人に出会った。道を尋ねたら、「いや、こっちも道に迷っていまして」と返事が返ってきた。その割に慌てた素振りもない。彼はそのまま、けもの道のような脇道を選んで去っていった。あの調子だと、あえて道に迷っているらしい。それもよくわかる。

 池のほとりでシートを広げて仮眠したり、白樺のベンチで黙然としたりしながら二時間余りを過ごしてから、駐車場に戻った。併設の喫茶店でよく冷えたチャイとアイスをいただく。大変美味しい。チャイは白樺の皮か何かを使っていて、複雑な味がすっきりとまとまっている。アイスも手が止まらなかった。可愛らしい笑顔の女性が一人で切り盛りしていたが、ただ者ではない。

 また季節を変えて来ようと思った。

 

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邂逅

2024年08月03日 | 断片

 わずかに頬を赤らめて、その子は私を見つめた。

 蝉が鳴く。扇風機のはた、はた、という音。

 目を驚いたように見開いているが、口元はかすかに笑みを浮かべている。

 蝉が鳴く。汗ばむ手を膝の上で重ね、私は身を退いてその子を見つめ返す。

 美しい子だ。今日の暑さは36度を超えるかもしれない。

 蝉もいつしか鳴き止んだ。二つの椅子を引きずる音がした。

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