peaの植物図鑑

草や木の花や木の実(果実)、特に山野草が好きで、デジカメを持ち歩いて撮っています。2024年3月、85歳になります。

平家物語ゆかりの地を巡る旅 京都14:京都タワー&京都第2タワーホテル

2010年02月13日 | 平家物語ゆかりの地を巡る旅

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 JR京都駅(八条口)前から見た京都タワー

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2010年2月4日(木)。「平家物語ゆかりの地を巡る旅」第一日。見学予定の全てを見て、予定時間(18:30)より早くホテルに着きました。ホテルはJR京都駅のすぐ近くにある京都第2タワーホテル(京都市下京区東洞院通七条下ル(JR京都駅前東)。すぐ近くに京都タワーがありました。

 夕食は、駅前にあるお食事処・酒処の「飯田屋惣平」(2F)で摂るように予約済みだというので、それまでの間、各自荷物を自室に運んで休憩してから、惣平に行ってみんなで会食しました。飲める人はビールや清酒を注文して飲みましたが、追加料金は1,000円で済みました。

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 入口に飾られていたラン(蘭)

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 地下鉄(八条通り)出入口から見えた京都タワー

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 JR京都駅(八条口)前から見た京都タワー

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 JR京都駅(八条口)前の八条通り

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JR京都駅に隣接する「京都劇場」。ガラス窓に京都タワーが映っていた。

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http://www.jalan.net/uw/uwp3000/uww3001.do?yadNo=301596 [施設詳細(京都第2タワーホテル)-じゃらんnet]

http://www.jalan.net/uw/uwp0400/uww0402init.do?yadNo=301596&dispX=135.45.54.791&dispY=34.58.59.714&yadX=135.45.51.791 [京都第2タワーホテルMAP-じゃらんnet]

http://www.kyoto-tower.co.jp/daini_tower_hotel/index.html [京都タワーホテルチェーン:京都第2タワーホテル]

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平家物語ゆかりの地を巡る旅 京都13:霊鑑寺付近のクロガネモチ(黒鉄黐)

2010年02月13日 | 平家物語ゆかりの地を巡る旅

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 2010年2月4日(木)、「平家物語ゆかりの地を巡る旅」第一日の最後の目的地である左京区にある「鹿ケ谷」に行く途中、霊鑑寺付近で、道のすぐそばに植えられた民家のクロガネモチ(黒鉄黐)と思われる樹木が、真っ赤な実を沢山つけていました。

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 クロガネモチ(黒鉄黐) モチノキ科 モチノキ属 Ilex rotunda

暖地の山野に生え、高さ15~20mになる常緑高木。樹皮は帯緑灰白色で滑らか。葉は互生し、長さ5~8㎝の楕円形または広楕円形で全縁。革質で表面は光沢があり、裏面は淡緑色。モチノキに似るが、葉の光沢が強く、葉柄や新芽が紫色を帯びる。暖地では赤実が多くつき美しいので庭園樹として、また街路樹として多く植えられている。しかし関東地方以北では結実が悪い。5~6月、葉腋に直径約4㎜の淡紫白色の花を開く。雌雄別株。花弁と萼片は4~6個で花弁は反り返る。雄しべは4~6個あり、雌花では退化して小さい。果実は直径5~8㎜の球形で赤く熟す。用途:庭木、器具材。分布:本州(関東地方以西)、四国、九州、沖縄、アジア東南部。栽培:繁殖は挿し木、実生。果期:秋から冬。[以上、山と渓谷社発行「山渓カラー名鑑・日本の樹木」&同「同・園芸植物」より]


平家物語ゆかりの地を巡る旅 京都12:「哲学の道」と梅

2010年02月12日 | 平家物語ゆかりの地を巡る旅

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2010年2月4日(木)、平家物語ゆかりの地を巡る旅 第1日目、最後の目的地は「鹿ケ谷の陰謀」の地。バスが駐車した場所から「哲学の道」を200mほど歩き、疏水に架かる「法心橋」を渡って、法然院の前を通り、霊鑑寺まで。帰りも同じ道を通りました。梅の花が咲いていました。

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 哲学の道 由来

「哲学の道」は、明治23年に建設された琵琶湖疏水の支線沿いに若王子(しゃくおうじ)橋から銀閣寺までの1.8キロのどの道をいい、桜並木の遊歩公園となっています。夏の夜には蛍が飛び交い、秋には紅葉が彩りを添えます。

 「哲学の道」は、日本哲学で世界的に著名な京都大学教授西田幾太郎(にしだ いくたろう 1870~1945)が、研究や読書、思索の疲れを癒すために、毎日のように歩いたことで知られています。「人は人 吾はわれ也 とにかくに吾行く道を 吾は行くなり」と、その心境を詠んだ歌碑が近くにあります。

 名前の由来の詳細は明らかではありませんが、京都大学教授でのちに大阪経済大学初代学長を務めた黒正巌(こくしょう いわお1895~1949)が、ドイツに留学した時、ハイデルベルクにあった「哲学の道フィロゾーヴェン・ウェヒ」を思い出し、昭和の初めころ名付けたと言われています。黒正巌は、百姓一揆の研究で有名な経済史学者であり、「道理は天地を貫く」の言葉を残しました。

 当時は「哲学の小径」と呼ばれていたらしく、近くに住む知識人・文人や住民たちの憩いの散歩道となっていました。昭和45年に京都市が遊歩公園として整備し、観光客でにぎわうようになり、「哲学の道」という呼び方が定着するようになりました。「日本の道百選」にも「哲学の道」として登録されています。

[京都市観光文化情報システム:哲学の道]

[京都市観光文化情報システム:霊鑑寺]

[霊鑑寺(京都府京都市左京区)の情報-MAPPLE観光ガイド]

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ウメ(梅) バラ科 サクラ属 Prunus mume

比較的温暖な気候を好む落葉小高木で、大きなものは高さ10mほどになる。若枝は緑色。葉は互生し、長さ4~10㎝の楕円形または倒卵形で、先は尖る。花期は普通2~3月で、葉が出る前に香りのよい花が咲く。花は直径2~3㎝。花弁は5個が基本で、白または淡紅色を帯びる。花柄はほとんどない。果実はほぼ球形で、細かい毛におおわれている。6月頃に完全に熟すと、黄色っぽくなる。

古い時代には花の観賞が主で、果実を梅干しなどに利用するようになったのは江戸時代以降である。果実を利用するウメを実梅、観賞用のウメを花梅と呼び、いずれも多くの品種がある。花も実も日本人にはなじみ深い樹木のひとつだが、もともと日本にあったわけではなく、古い時代に中国から入ってきた。万葉集にはウメを詠んだ歌が多いので、それ以前にすでに栽培されていたことになる。九州には野生種があるといわれているが、これは栽培ものが野生化したという説が有力。[以上、山と渓谷社発行「山渓ポケット図鑑1・春の花」より]

画像の品種は、野梅系の見驚(けんきょう)と思われる。


平家物語ゆかりの地を巡る旅 京都11:霊鑑寺付近の夏蜜柑

2010年02月11日 | 平家物語ゆかりの地を巡る旅

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2010年2月4日(木)、「哲学の道」を歩いて、鹿ケ谷の陰謀(ししがたにのいんぼう)があったという京都・東山鹿ケ谷(現在の京都市左京区)まで歩いたとき、霊鑑寺のすぐ近くの民家の庭に植えられた夏蜜柑と思われる樹木が、果実を沢山つけていました。

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 ナツミカン(夏蜜柑) ミカン科 ミカン(キトルス)属 Citrus natsudaidai

 ミカン(キトルス)属 Citrus:は、中国を中心にアジア亜熱帯に159種ほど分布する。

 ナツミカン(夏蜜柑)は、高さ3~6mになる常緑小高木で、別名:ナツダイダイ。明治時代に山口県萩市に普及し、全国に広まった。原木は山口県長門市にあり、天然記念物に指定されている。葉は長さ約10cmの楕円状披針形で、葉柄に狭い翼がある。5月に枝先の葉腋に直径約3cmで白色5弁の花を開く。果実は直径約12cmの扁球形で400~500g。翌年の4~6月に黄色に熟す。果肉は多汁で酸味が強い。生食のほか、ジュースやマーマレードにする。[以上、山と渓谷社発行「山渓カラー名鑑・日本の樹木」より]


平家物語ゆかりの地を巡る旅 京都10:鹿ケ谷

2010年02月11日 | 平家物語ゆかりの地を巡る旅

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2010年2月4日(木)、平家物語ゆかりの地を巡る旅の第1目は、比叡山延暦寺と寂光院の見学を終え、最後の目的地「鹿ケ谷」である。バスが駐車した所から、「哲学の道」を通り、霊鑑寺の周辺にある「鹿の谷」会議が行われたという俊寛の山荘があった所(巻1)まで歩きました。(16:50~18:00の予定)

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「哲学の道」は工事中でした。サザンカ(山茶花)と思われる木が沢山花を咲かせていました。

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 霊鑑寺のすぐそばの小路に「此奥俊寛山荘地」の石柱が立っていました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E3%82%B1%E8%B0%B7%E3%81%AE%E9%99%B0%E8%AC%80 [Wikipedia 鹿ケ谷の陰謀]

 http://www.geocities.jp/macshoji77/history/shishigatani.html [鹿ケ谷の陰謀と平家]