「木の根元に座っていると、すごく気持ちがラクになる」アカエゾマツの香りとは?(コロカル編集部 2022/09/26 16:00 )
アカエゾマツが与えてくれた多くの出会いと、さまざまな可能性
アカエゾマツに惹かれている。北海道、とくに道東と道北に多く分布しクロエゾマツとともに「北海道の木」に指定されている常緑針葉樹。
© コロカル 提供 赤蝦夷松。英語名は、Sakhalin spruce(サハリン・スプルース)。高さは30〜40メートルにもなる。
赤蝦夷松。英語名は、Sakhalin spruce(サハリン・スプルース)。高さは30〜40メートルにもなる。
ウロコ状になった赤茶色の樹皮と、触るとチクチクする葉が特徴で、真っ直ぐ天に向かって伸びる凛とした感じが、北の大地によく似合う。
© コロカル 提供 エゾマツと並んで北海道を代表する針葉樹、トドマツとは、葉先の形が大きく異なる。触ると痛いのがアカエゾマツだ。
エゾマツと並んで北海道を代表する針葉樹、トドマツとは、葉先の形が大きく異なる。触ると痛いのがアカエゾマツだ。
アカエゾマツ(以下、アカエゾ)の世界へと導いてくれたのは、酒巻美子さん。「森林、樹木、草花の機能成分を有効利用し、動物や人の健康福祉に貢献する」ということを目的に掲げる、〈一般社団法人Pine Grace〉の副代表である。
© コロカル 提供 酒巻さんが所属する『一般社団法人Pine Grace』は、2018年に弟子屈町に蒸留所を設立した。
酒巻さんが所属する〈一般社団法人Pine Grace〉は、2018年に弟子屈町に蒸留所を設立した。
酒巻さんがアカエゾに夢中になったきっかけは、香りだった。「その日は雨上がりで、地面から水蒸気が上がっていて、アカエゾの森に入った途端、めっちゃいい香りがしたんです」と、まるで昨日のことのように臨場感たっぷりに感動の体験を話してくれる。
「森を案内してくれたガイドの方に『何の香り?』と尋ねたら、『いろんな香りが混ざっているからわからないね〜』なんてはぐらかされたんだけど……さらに奥へと歩いていったら一本のアカエゾに洞があって、そこに樹液が垂れていて、近づいたらまさに! その香りだったんです」
© コロカル 提供 「アカエゾは、他の針葉樹にはない甘い香りがするんです。アイヌの人たちは『女神の木』と呼んでいたそうです」と酒巻さん。
「アカエゾは、他の針葉樹にはない甘い香りがするんです。アイヌの人たちは『女神の木』と呼んでいたそうです」と酒巻さん。
「あの香りが欲しい!」 枝葉を活用したら、新しい世界が広がった
こうして酒巻さんがアカエゾの可能性に気づいたのは、いまから10年以上も前のこと。当時は弟子屈町川湯温泉を拠点に、セラピストとして活躍していた。施術にアロマオイルを使用することも多く、元来、樹木の香りは好きだったが、この日以来アカエゾは特別な存在になった。
「その頃はとても忙しくて、睡眠時間もなかなか取れない日々。だけど、ちょっと時間ができると、横になるのではなくアカエゾの森に向かいました。木の根元に座っていると、すごく気持ちがラクになる。15分くらいすると、“よし、もう大丈夫”って、体のどこかでスイッチが入る。そして、仕事に戻っていました」
© コロカル 提供 「森に入ると、木にくっついて座ったり、ぎゅっと抱きしめたり。そうやって、アカエゾに助けられてきました」
「森に入ると、木にくっついて座ったり、ぎゅっと抱きしめたり。そうやって、アカエゾに助けられてきました」
“辛いときは森に行こう”これが酒巻さんの習慣になった。
アカエゾの森は、阿寒摩周国立公園内、硫黄山の麓の川湯温泉にある。長い歴史の中で噴火を繰り返してきたこの地は火山灰が降り積もり、植物にとっては厳しい環境だ。あえてここを選んで、約200年もかけて育まれてきたアカエゾの純林には、きっとはかり知れない力があるのだろう。
© コロカル 提供 アカエゾマツの森は、弟子屈町の川湯ビジターセンター裏に広がる散策路。ショートコース(約0.8キロ)とロングコース(約2.2キロ)がある。
アカエゾマツの森は、弟子屈町の川湯ビジターセンター裏に広がる散策路。ショートコース(約0.8キロ)とロングコース(約2.2キロ)がある。
すっかりアカエゾに魅せられた酒巻さんは施術にも使用したいと、精油を探し始めた。ところがなかなか見つからない。「ないならつくってみようか」と仕事の傍ら、アカエゾの蒸留を始めるようになる。
蒸留器を購入して、〈北見ハッカ記念館・薄荷蒸溜館〉に通って勉強をして。とはいえ、薄荷は草花、アカエゾは樹木。「前例がないから、試してみるしかない!」と毎日ハサミでチョキチョキ葉を刻んでは、試行錯誤を繰り返した。
酒巻さんの熱意に加え、偶然の出会いも重なって、いつしか大学教授や林野庁職員が集まり、〈アカエゾマツ研究会〉(のちの〈一般社団法人PineGrace〉)が誕生した。実はアカエゾ、林業の世界では用途が少ないために嫌われ者である。過酷な環境に耐えて、たくましく育っているというのに……。
© コロカル 提供 アカエゾマツの森には、下層植生としてゴゼンタチバナの群落も見られる。
アカエゾマツの森には、下層植生としてゴゼンタチバナの群落も見られる。
© コロカル 提供 倒木更新。アカエゾの幼木が競い合うように伸びている。
倒木更新。アカエゾの幼木が競い合うように伸びている。
発展を続ける “アカエゾ愛” 「いずれは医療に役立つものを!」
健気なアカエゾに脚光を浴びさせたいと願う有志たちが積極的に活動して、酒巻さんが森で感じた「めっちゃいい香り」は変化を遂げていく。
精油や蒸留水として使われるだけでなく、大学の研究等により、リラックス効果や抗菌効果が実証され、現在は、牛の皮膚病を治す製品など、数々の商品開発につながっているのだ。
© コロカル 提供 『Pine Grace』では、サウナ用のロウリュ水、マスクに貼るシール、バイオコークスなどの開発にも携わっている。また、アカエゾを有効活用するさまざまな取り組みは、第9回 環境省 グッドライフアワード「環境と福祉賞」を受賞するなど、各方面で高く評価されている。
〈Pine Grace〉では、サウナ用のロウリュ水、マスクに貼るシール、バイオコークスなどの開発にも携わっている。また、アカエゾを有効活用するさまざまな取り組みは、第9回 環境省 グッドライフアワード「環境と福祉賞」を受賞するなど、各方面で高く評価されている。
© コロカル 提供 『Pine Grace』では、サウナ用のロウリュ水、マスクに貼るシール、バイオコークスなどの開発にも携わっている。また、アカエゾを有効活用するさまざまな取り組みは、第9回 環境省 グッドライフアワード「環境と福祉賞」を受賞するなど、各方面で高く評価されている。
〈Pine Grace〉では、サウナ用のロウリュ水、マスクに貼るシール、バイオコークスなどの開発にも携わっている。また、アカエゾを有効活用するさまざまな取り組みは、第9回 環境省 グッドライフアワード「環境と福祉賞」を受賞するなど、各方面で高く評価されている。
「アカエゾが、次にやるべきことを運んできてくれるんです」と酒巻さんは力説する。たとえば、阿寒湖畔に広がる3892ヘクタールにも及ぶ森を管理している〈前田一歩園財団〉から、枝葉を提供してもらえるようになったり。アカエゾがピアノの響板に使われる材であることから、映画『羊と鋼の森』のプロモーションに精油をリクエストされるなど。「私が考えたわけじゃないんです。アカエゾを介して知り合った方々から思いもよらない展開へと広がっていくんですよ」
© コロカル 提供 「この山は、伐る山から観る山にすべきである」との思いを昭和初期に掲げ、人の手が入る前の原生の姿に近づけようと、長年、森づくりに取り組んでいる〈前田一歩園財団〉。この森を定期的に訪ねて、間伐したアカエゾの枝葉を分けてもらうのも、酒巻さんの大切な仕事だ。
「この山は、伐る山から観る山にすべきである」との思いを昭和初期に掲げ、人の手が入る前の原生の姿に近づけようと、長年、森づくりに取り組んでいる〈前田一歩園財団〉。この森を定期的に訪ねて、間伐したアカエゾの枝葉を分けてもらうのも、酒巻さんの大切な仕事だ。
© コロカル 提供 「この山は、伐る山から観る山にすべきである」との思いを昭和初期に掲げ、人の手が入る前の原生の姿に近づけようと、長年、森づくりに取り組んでいる〈前田一歩園財団〉。この森を定期的に訪ねて、間伐したアカエゾの枝葉を分けてもらうのも、酒巻さんの大切な仕事だ。
「この山は、伐る山から観る山にすべきである」との思いを昭和初期に掲げ、人の手が入る前の原生の姿に近づけようと、長年、森づくりに取り組んでいる〈前田一歩園財団〉。この森を定期的に訪ねて、間伐したアカエゾの枝葉を分けてもらうのも、酒巻さんの大切な仕事だ。
だからだろうか。酒巻さんは、いつもワクワクしている。つい最近は「北と南の融合」について、うれしそうに話してくれた。「沖縄・今帰仁村(なきじんそん)に蒸留所があって、そこで島月桃(シマゲットウ)を嗅いだときに、アカエゾとブレンドしたいな、と思ったんです。北海道の寒くて乾燥した土地の抗菌性と、沖縄の高温多湿な土地の抗菌性って、きっと違うでしょ。それを一緒に用いることで、また違う恵みが得られる気がして」
© コロカル 提供 「医療従事者だったこともあるので、いずれはアカエゾが、人の医療に役立つものになったらうれしいですね。それが最終目標。その可能性は十分にあると思っています」
「医療従事者だったこともあるので、いずれはアカエゾが、人の医療に役立つものになったらうれしいですね。それが最終目標。その可能性は十分にあると思っています」
北海道に移住してから、ここで暮らす人たちをたくさん取材してきた。そのなかでよく感じるのは、開拓者精神に溢れているということ。「手に入らないなら、つくればいい」「アカエゾの精油がないなら、自分で蒸留すればいい」
自然の恵みが、次のステップを用意してくれる。だから、木や森ときちんとつき合っていこう。そこにはたくさんのヒントが隠れているから。
北海道の自然には、そんなことに気づかせてくれる力もある。
© コロカル 提供 現在は道内各地のアカエゾを活用しているが、始まりは川湯温泉のアカエゾの純林だった。「過酷な場所だから、試練に耐える力を備えている。弟子屈の大地が育んだものは、想像を超える威力を発揮するかもしれませんよ」
〈Pine Grace〉は道内各地のアカエゾを活用しているが、始まりは川湯温泉のアカエゾの純林だった。「過酷な場所だから、試練に耐える力を備えている。弟子屈の大地が育んだものは、想像を超える威力を発揮するかもしれませんよ」
profile
YOSHIKO SAKAMAKI 酒巻美子
さかまき・よしこ●釧路市出身。長年、看護師としてのキャリアを積んだ後、アロマセラピーやハワイアンロミロミなど資格を取得。木育マイスターとしても活躍。現在は〈一般社団法人Pine Grace〉の副代表として、全国を飛び回っている。弟子屈町在住。
Web: 一般社団法人Pine Grace
writer profile
Chigusa Ide
井出千種
いで・ちぐさ●弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。
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