『箱根の坂』、文庫で上中下3冊、読み終わりました
伊勢新九郎のちの北条早雲。
足利将軍家の御所内において儀式典礼を司る家であり、将軍の側近でもある伊勢家。
新九郎はその支流の支流の傍系の末端の、ま、そのくらい宗家からは遠いところの生まれらしい
伊勢新九郎、宗家の屋敷の片隅で鞍を作って暮らしている。
申次衆として将軍の弟義視のもとにたまに伺候したりしてもいる。
カタチの上では彼の妹ということになっている千萱。
彼女は駿河守護今川義忠の寵を受けて駿河に下る。
応仁の乱の戦火で世情は混乱しているが、新九郎は淡々と生きている。
理想も望みも思想も怒りも哀しみも自分の胸の奥に飲み込んで、それらは諦念に近いものになっている。
毒にも薬にもならぬ男、そんな風に彼は時を日を過ごしていく。
そんな彼の日常が激変するのは、駿河の今川義忠の死。
妹千萱から助けを求める急使が訪れる。
このとき新九郎45歳。
人間50年のこの時代、普通なら隠居する年齢なのにね。
家督相続法が確立していない時代だから、当主が死ぬと跡目を狙っていろんな輩が群がり出る。
それが派閥に分かれての戦いがはじまり混乱するという図式。
応仁の乱の遠因もそこにあるもんねぇ
新九郎はそのなかを妹千萱と嫡子竜王丸を守りながら、急がず時をかけて内紛を収め駿河の地を平定していく。
そのあと、伊豆を手中にし、小田原を落し、死の前年に相模まで掌握するんですね。
その間に新九郎が腐心したことは“民”を大事にすること。
この時代にはまだ“民”とか“規範”などという考え方がないのね。
公家や武家の高位の者たちが属している貴族社会は自分たちの階級のことしか見ていない。
その同じ階級のなかで権力争い、叩きあいをしているだけ
いまでいう“民政”ということを考え実施したのは新九郎=早雲だけ。
甥ということになっている駿河守護今川氏親に信頼され、民百姓に敬され、家臣に愛され、子に恵まれて生涯を終える。
享年88歳。
読み進むにつれてはっきりと像を結ぶようになった早雲の姿は…。
無駄のない肉づきの体躯で、枯淡であるがゆえに清々しく、瞳の奥に暖かな光を宿している、不老不死を連想させるような男、です。
武将というイメージはない。
僧侶のような宗教者のイメージでもない。
あぁ、早雲とはこういう人であったのか
と心地よく納得しました。
これまで戦国時代を舞台にした様々な作品を読んできて、そこに名のみ登場する“北条早雲”のイメージは、僧形で智謀に長け戦巧者でアクが強い戦国武将だろうかねぇ…、でした。
そのイメージはキレイに霧消して、簡素な衣服を身に付けて静謐な空気を纏った好漢が立っています

伊勢新九郎のちの北条早雲。
足利将軍家の御所内において儀式典礼を司る家であり、将軍の側近でもある伊勢家。
新九郎はその支流の支流の傍系の末端の、ま、そのくらい宗家からは遠いところの生まれらしい

伊勢新九郎、宗家の屋敷の片隅で鞍を作って暮らしている。
申次衆として将軍の弟義視のもとにたまに伺候したりしてもいる。
カタチの上では彼の妹ということになっている千萱。
彼女は駿河守護今川義忠の寵を受けて駿河に下る。
応仁の乱の戦火で世情は混乱しているが、新九郎は淡々と生きている。
理想も望みも思想も怒りも哀しみも自分の胸の奥に飲み込んで、それらは諦念に近いものになっている。
毒にも薬にもならぬ男、そんな風に彼は時を日を過ごしていく。
そんな彼の日常が激変するのは、駿河の今川義忠の死。
妹千萱から助けを求める急使が訪れる。
このとき新九郎45歳。
人間50年のこの時代、普通なら隠居する年齢なのにね。
家督相続法が確立していない時代だから、当主が死ぬと跡目を狙っていろんな輩が群がり出る。
それが派閥に分かれての戦いがはじまり混乱するという図式。
応仁の乱の遠因もそこにあるもんねぇ

新九郎はそのなかを妹千萱と嫡子竜王丸を守りながら、急がず時をかけて内紛を収め駿河の地を平定していく。
そのあと、伊豆を手中にし、小田原を落し、死の前年に相模まで掌握するんですね。
その間に新九郎が腐心したことは“民”を大事にすること。
この時代にはまだ“民”とか“規範”などという考え方がないのね。
公家や武家の高位の者たちが属している貴族社会は自分たちの階級のことしか見ていない。
その同じ階級のなかで権力争い、叩きあいをしているだけ

いまでいう“民政”ということを考え実施したのは新九郎=早雲だけ。
甥ということになっている駿河守護今川氏親に信頼され、民百姓に敬され、家臣に愛され、子に恵まれて生涯を終える。
享年88歳。
読み進むにつれてはっきりと像を結ぶようになった早雲の姿は…。
無駄のない肉づきの体躯で、枯淡であるがゆえに清々しく、瞳の奥に暖かな光を宿している、不老不死を連想させるような男、です。
武将というイメージはない。
僧侶のような宗教者のイメージでもない。
あぁ、早雲とはこういう人であったのか

と心地よく納得しました。
これまで戦国時代を舞台にした様々な作品を読んできて、そこに名のみ登場する“北条早雲”のイメージは、僧形で智謀に長け戦巧者でアクが強い戦国武将だろうかねぇ…、でした。
そのイメージはキレイに霧消して、簡素な衣服を身に付けて静謐な空気を纏った好漢が立っています
