明かりなど何一つ無い真っ暗な夜の道を、時速50マイルで走るのはとても大変でした。
町の明かりも街灯もないと、こんなに暗かったのですね。 子供の頃だと、こんな闇は普通に身近にあったのですけれど。
昼間の画像をみると、道の両側に岩の丘が広がっている、こんな道を時速80km超で突っ走ったのですね。画像はGoogleMap
親譲りの強度の近視のうえに、白内障の傾向もあって、夜は視力が下がってしまいます。
その上、本当に真っ暗な道に左側を走っていると、だんだん感覚がおかしくなってきますね。
何故だか、「自分がホテルまで先導して行かなくちゃ」と思い込んで走り出したのだけど、突発的な事故だったので、夜は視力が落ちるのをすっかり忘れていたんですね。
真夜中、まったく明かりのない荒野の一本道を走り抜けるとき、バイクの明かりで見えるのは、目の前の小さな空間だけ。
明かりが届かなくて見ることができない先のほうが、カーブしているのか、下り坂になっているのかも判らないままので突っ走る時速50マイルですから。
まだまだ慣れない右側通行で、滅多に来ない対向車がカーブから現れたりすると、正面衝突をするんじゃないかという恐怖感から、ついブレーキを踏んでしまうことも何回もありました。 後続のバイクは、あれ?と思ったのかもしれません。
それに、上下左右、どこを見ても真っ暗闇の中では、自分がどこを走っているのか判らない、まるで空中に浮かんでいるような錯覚を覚えて怖いんです。
後ろから追いてくる6台のバイクの明かりがまぶしくて、前が見えにくいぞ。
おぉい、補助灯を消してくれぇ。って、そんなことは誰も気づきませんね。
バックミラーを下に折り曲げて、後ろは見えなくしてしまいました。
前方は、バイクの明かりが届かないくらい長い直線路です・・・・・って、多分。
腕時計を何度も見ながらの夜間走行も1時間が経って、やっと小さな集落に入りました。
ほんっとうに、集落と集落の間が遠いんですね。 ブランディングとメキシカンハット、50マイルの間に、通過した集落は一カ所だけ。 なんて所に来てしまったんだと思うくらいすごい所です。
まだか?まだか?と思いながらアクセルを開けていた時、ヘッドライトに浮かんだ看板にMEXICAN HAT ROCKの文字と矢印がみえた時は、正直ほっとしました。
目印のガソリンスタンドは見えましたよ。
でっかい貝殻マークは、とても良い目印でした。 画像は、次の朝、ホテル側から撮ったものです。
反対側には、ステーキハウスらしい建物もみえました。 今夜はここで食事だったのになぁ。 残念。
左にモーテルの建物が見えたけど、敷地への入り口がどうなっているのかわからない。
バイクをいったん道路脇に停めて、段差や砂利の程度を確認してから、OFFICEの横にバイクをとめました。 砂利が深いところがあって、ちょっと気を付けないとバイクを倒してしまいそうです。
「どこに泊まるのね!」 「バイクはどこに持って行けばいいのか?」などと言う声が聞こえたが、そんなものは無視 今は当然 無視です。そして、officeに急いで向かいました。 これも朝の画像。
時刻は23時を10分少々過ぎていた。
オフィスのドアには鍵がかかっていたが、中のカウンターに女性スタッフの姿がみえた。 良かったぁ、待っていてくれたのかな?
ドアをノックして開けて貰い、「木村さんから連絡があったと思う。6部屋を予約してある。」と伝え、部屋の鍵と朝食券を貰えました。 一歩遅ければ!危ない所でした。 冗談ぬきで野宿とか、モーテルの屋根の下とか・・・・
この朝食券は、私が行方不明にしてしまったのですけどね。 まぁ、朝食は別の店で食べると言うことだったから、真剣に探さなかったんです。
でも、朝になってから、無料チケットならもったいないので使おうと言うことになったんだけど、すでに行方不明。 帰国してから、出てきました。(笑)
ツアーガイドのKojiさんがフロントと話をして朝食は食べられたので、OKでしたけど。
荷物を入れたトランクはサポートカーに積んだまま。 着替えなど取り出す時間も惜しくて、ここまで走ってきたので、なにも持たないままホテル入りです。
みんな、着替えなしでシャワーを浴びたり、歯磨き道具なしで口をゆすいだり、もう大変。
時刻は、12時を回っているので、他の部屋は寝静まっているようですが、まだ興奮状態が覚めない我々のしゃべる声の大きいこと。
訳のわからない言語で、夜更けに大声でしゃべっているアジア人達。よく、怒鳴りつけられなかったものですよねぇ。
一旦、0時過ぎにツアコンのKoujiさんはホテルに到着したのだけど、忘れ物があるとかでもう一度病院まで引き返したので、ホテルに帰り着いた時は2時前くらいでした。
次の日は、近くのレストランで朝食を食べたら、モニュメントバレーで観光と燃料補給、その後グランドキャニオンに向かうというコースを確認した時は、時計の針は午前2時を指していました。
やっと、ひどい1日が終わったぁ。 本当にHard Day's Nightを実感
見知らぬ外国の地での事故,考えただけでもぞ~とします。
私も4年余り前,車で宙返りをしました。幸い二人とも命に別状はないでしたが,事故現場を通る時は必ず思い出します。でもまだ国内だからいいですよね。
グループのリーダーとして大変な思いをされたことでしょう。本当にご苦労さまでした。
この後は,大きなアクシデントはもうないですよね。