『横須賀ジオツアー第一回』〔柴田先生の授業〕
「三浦半島の地層や岩石の大部分は深海の底で作られプレートの働きによって変形を受け流域したものであり、500万年前以降の新生代につくっれました。
三浦半島の地質は南帯・中帯・北帯に分かれます。南帯はプレートの沈み込みによってつくられた地層である付加体、中帯(葉山帯)はもっとも古い時代の地層と岩石との集合体であり、北帯は関東平野の基礎となる地層です」
「第2回は衣笠駅周辺の地層で、枕状溶岩(5000~4000万年前)や蛇紋岩などを見学します。」
「第3回は、葉山層群は、砂岩と泥岩で出来ています。(1800万~1500万年前/石灰質コンクリーション)
ここでは、地層の中で一部分のみが固くなってできた子産石(丸い)などを見学します。」
「第4回は荒崎周辺で、スランプ構造・火炎上構造(関東地震などで比重の重い黒いスコリアが沈み込み泥岩が浮き上がってできた互層)・デュープレックス構造・斜交層理・三崎層と初声層の不整合・関東地震で隆起した波食棚などの見学をします。」
「第5回は観音崎で、三浦層群逗子層・池子層は砂岩・泥岩からできており、放散虫・微化石などから、メタンを原料に化学合成したシロウリガイなどが住んでいたことが分かります。」
「ちなみに年代などは、KA年代/カリウムやアルゴンなどを調べて図ったり、ウランと鉛の量を図って時代/年代を推測したりします。」
4回のツアー、全部行きたいけど、2回は「紙芝居講座」とブッキング。
でも2回を愉しみたい。
柴田先生ありがとうございました。
『応用弁証法』
壁(平面)に固定された二枚のパネルは記録画像の並置である。
高らかに先頭に立ち向かう巨きな戦車(戦闘機)や飛行機、そして数多の戦士たち。
片や敗戦の悲惨さを物語る憔悴しきった残党の足取り・・・。(画面は左に対してやや横幅が縮小されている)
言うまでもなく、戦意高揚の図と敗戦の悲惨さを並置したものであり、戦争の肯定~否定~徒労の虚しさから戦争抑止、平和への願望を留めた作品である。
『応用弁証法』人が生きるか死ぬかの選択を迫られる戦争への静かなる反旗は、応用というより、むしろ基本であることへの皮肉かもしれない。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)
「兎も出てゐたねえ。さうすれば結局おんなじこつた。では帰らうぢやないか」
ところがどうも困ったことは、どつちへ行けば戻れるのか、いつかう見当がつかなくなつてゐました。
☆図りごとは訣(人と別れる)極みの記である。
混ぜた講(はなし)では、霊(死者の魂)の現(出現)を套(おおっている)。
フリーダがこの事件をふれまわったのも、それをたのしみの種にするためではあく、自分をもふくめてみんなをこの事件から守ってやり、用心ぶかく離れていかなくてはならないような出来ごとが起ったということを村の人たちに注意してあげるためだったのですわ。
☆フリーダがこの事件を漏らしたのも、喜ばせるためではなく、みんなをこの事件から守ってやり、一族を注意深くこの事件から遠くに隔てさせるためだったのです。