続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

デュシャン『フレッシュ・ウィドウ』

2017-07-04 06:48:32 | 美術ノート

 『フレッシュ・ウィドウ』

 新しい未亡人、なめし皮八枚を張り、隠ぺいされた窓の中。
 本来、窓というものは開閉自由を旨とするものであるけれど、開閉自由を約束しながら窓の内部は秘密であり、だれも覗くことを許されない窓の設えである。

 未亡人ということは、夫(男)の死により妻(女)が残されている境遇を言う。しかし、ここでは(フレッシュ)新鮮だと言い、新しく開けた…あえて言えば、喜びすら感じうる表現である。

 この尊厳の隠れた秘密を明らかにはできないが、わたくし(デュシャン)の中の男はたった今、死に至り、わたくし(デュシャン)は、女として生まれ変わりました。
 窓枠の青は宇宙の青、皮で隠蔽された内部は宇宙の神秘、開閉自由、この窓はわたくし(デュシャン)自身であります。


(写真は『DUCHAMP』TASCHENより)

  


『水仙月の四日』84。

2017-07-04 06:35:29 | 宮沢賢治

 三人の雪童子は、九疋の雪狼をつれて、西の方へ帰つて行きました。


☆算(見当をつける)図りごとの説(話)は同(平等)の旨(考え)である。
 句(言葉)による悲喜の説(話)は浪(さまようもの)を済(救う)法(神仏の教え)であり、鬼(死者の魂)の講(話)である。


『城』2685。

2017-07-04 06:20:42 | カフカ覚書

従僕たちからいろいろと訊きだしたところでは、あのむずかしい、何年もかかる講式の採用試験をふまなくても、まわり道をしてお城に勤めることができるのです。そういう場合は、正式の使用人ではなく、いわばもぐりのなかば承認された使用人にすぎません。


☆権力で押さえつけられる多くの経験をしたうえで困難な回り道を詞、多年にわたる不変の公式態度の記録で終わり(本当の死)に至ることが出来るのです。その場合、なるほど公けではなく内密であり、不完全に入ることを許されたにすぎません。