続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

果敢にも・・・。

2017-07-10 07:32:26 | 日常

 96才のKさん、近頃さっぱり見ないのでどうしたものかと心配していたら、昨日家の前を歩いている姿を目撃(夏になったので簾と網戸にしたため、通る人が見える)。
 急いで後を追うと、
「いんげんの芽が出てきたから、笹竹を取りに行こうと思って」という。
「どこまで?」
「何、すぐそばの池の方だよ」
(池って、そんなのあったっけ?)
「あんたも行くかい」というので付いていくと、池がありました。(この辺りを切り崩したための調整池だそうです。)。
 その周辺の竹やぶに96才のKさんは果敢にも入って行き、持ってきたハサミでちょきり。
「Kさん、やぶ蚊がすごいよ」
「なあに、平気だよ」なんて笑っている。

 数本を取り終えたところで「こんなもんでいいかな、こんなもんだって買えば高いからね」と。(「百円ショップで一生もんの偽竹を売っているよ」とも言えず…)

 それにしてもスゴイ元気で、すぐ近くじゃない所まで闊歩。

 あなたの元気をいただきました。どうもありがとう。

 


デュシャン『与えられたとせよ:⑴落ちる水、⑵照明用ガス』

2017-07-10 07:04:28 | 美術ノート

 『与えられたとせよ、⑴落ちる水、⑵照明用ガス』

 落ちる水は雨、照明用ガスは太陽光。
 この条件のもとに生物(人類)は生息を可能にしており、存在の起源の要である。

 作品の正面はレンガがアーチ型に組まれている。弓形にすることで、落下せず出入口を安定に保つ方法は古代からの知恵である。(レンガを焼くことや土を練る水は与えられている)
 仕切り板の劣化、重ねた修復は歴史的な時間の経過を暗示し、数多の鋲は進入禁止=見ることを許可しないという強い意志の表明である。

 眼の高さにある小さな覗き穴周辺の薄汚れ(油染み)は、禁止=タブーを犯しても見たいという欲求であり、同じように板の亀裂にもその徴候が感じ取れる。

 計算された世界の序章は、美しくなく鑑賞者に媚びてもいない。ただ厳然とあるがままの風采を呈している。


(写真は『DUCHAMP』TASCHENより)


『城』2691。

2017-07-10 06:34:28 | カフカ覚書

ですから、ここが思案のしどころというわけです。しかし、正式採用の場合はじつに厳密な選別がおこなわれ、いかがわしい噂のたっている家の物などは初めからはねられてしまうという事実だけは、どうすることもできません。


☆ここは十分に熟慮します。しかし、公には非常に厳しい選択があり、評判の悪い一族などは非道な方に入れられるということはどうにもなりません。