続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

マグリット『ハゲタカの公園』

2017-07-17 07:00:21 | 美術ノート

 『ハゲタカの公園』

 山頂にある荒涼とした公園、赤い地平と黒い山稜、黒ずんだ黄色の空、突き出したパイプやフレームは、どの地点から伸びあがってきているのだろう。
 中央には箱に閉塞された樹が一本あるが、上下の圧縮により生気を確信できない。
 規則性を以て打たれた点は穴なのか、時間の暗示なのか定かではない。

 この息苦しい暗澹とした空間を『ハゲタカの公園』と名付けている。死体をも食うというハゲタカ・・・死体を食う公園ということだろうか。
 箱(隠ぺい・秘密)の恐怖は逃れようがなく、死に至らしめる時間があるだけである。
 地平の背後から突き出したパイプやフレームは存在の根拠が不明であり、浮遊しているのではないか。つまり重力の律がない世界かもしれない。光も手前からなのか背後からなのか不明であり、背後のフレームも遠近法に適っておらず、突き出たパイプも裂けていてパイプの意味を成していない。

 箱の中の点描は観念化された時間であり、生物の死と共に消滅していくということかもしれない。
 要するに《死》である。
 現世と来世の中間、冥府の手前の公園を『ハゲタカの公園』と夢想したのである。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)


『城』2698。

2017-07-17 06:24:51 | カフカ覚書

そういうわけで、正規の採用も、そうでない場合も、陰に陽にさまざまな困難にみちています。こういうことに手を出そうとおもったら、ぜひともそのまえにあらゆることをよく思案しておかなくてはなりません。ところで、バルナバスとわたしは、その点にぬかりはありませんでした。


☆要するに合法的な理解がありますが、他の場合は自由かつ秘密の困難に満ち、先祖がそのようなことをしようと思ったら有利な死を厳密に通さなくてはなりません。それによってバルナバスとわたしは罪過を犯すことなくそのままにしているのです。