(学校で教えてくれない経済学)
「OSAKA光のルネッサンス」が12月11~25日期間、大阪・中之島エリアで開催されている。大阪市営地下鉄「淀屋橋駅」に午後5時半に集合、淀屋研究会の仲間と会場を散策した。大阪市役所の壁面に飾られた巨大なイルミネーションを大勢の見物客がカメラに収めていた。趣向を凝らしたイベントを開催すれば、大阪にも人は集まることを証明した。
あと淀屋ゆかりの場所、淀屋橋駅近くの喫茶店で歓談した。初期の淀屋は米問屋だった。後期淀屋は倉吉で稲扱き千刃を作って今で言うレンタル商売をしていたという話から始まった。米作りは南アジアから日本に伝播した。仲間の一人、旅行業を営むYさんは先月マダガスカルの田んぼを見てきた。マダガスカルと聞くとアフリカ原住民の島と思っていたがそもそもはボルネオ人が元祖でインド洋を往来していたボルネオ人がマダガスカルに稲作を伝えたのだという。
日本は尖閣諸島の領有権を巡って、中国と角突き合わせている。ボルネオは、南沙諸島の領有権を巡って中国と争っている。内海を囲むインドネシア、ベトナム、フィリピンも同じである。水鳥に国境がないように、古来、内海を囲んで自由に往来して魚を獲って暮らしてきた。海底に天然ガス資源が埋蔵されていると分かり領土問題と言う不幸が始まった。
領土問題と言えば、Yさんは先日、韓国でいう独島へ出かけた。独島とは日本固有の領土竹島のことである。韓国は独島を韓国固有の領土と主張している。独島は韓国では中高生の旅行先だそうだ。韓国の人は、子供の時から独島(竹島)は韓国の領土だと叩き込まれているとYさんが話していた。
一方、黄海は中国、韓国、日本に囲まれた内海である。大阪港からフェリ―に乗れば2泊3日で中国の天津に着くという。瀬戸内海を通り、関門海峡を渡り、東シナ海を経由して黄海に入る。無数の島が黄海にある。船旅をすれば黄海が内海だと実感するとYさんは話していた。鑑真和上は天津を船出して黄海を逆路、日本を目指した。いく度の難破の末、日本にたどり着いたことは良く知られている。
日本人は明治以降、文明開化を謳い文句に、欧米に追い付き追い越せで必死に生きてきた。そのため本来アジア人であることをとかく忘れがちである。「21世紀はアジアの世紀」であると言われて久しい。ところが、肝心の日本人自身がアジア人であるとの意識が希薄なため、「21世紀はアジアの世紀」と言われても、他人事で、ピンとこないのであろう。
NHKドラマ「おしん」がアジアで今もなおロングランを続けているという。あの時代の日本と比べて今の日本には不平不満が充満している。感謝という言葉自体が死語になりつつある。余りにも恵まれ過ぎている為に、何が幸せで、何が不幸せであるかの見極めさえもつかなくなってしまっているのかもしれない。
日本は瑞穂(みずほ)の国と呼ばれる。みずほとはみずみずしい稲の穂のことと広辞苑にはあった。「おしん」の時代に故郷帰りして日本人も初めてアジアの一員になれるのではなかろうか。(了)
「OSAKA光のルネッサンス」が12月11~25日期間、大阪・中之島エリアで開催されている。大阪市営地下鉄「淀屋橋駅」に午後5時半に集合、淀屋研究会の仲間と会場を散策した。大阪市役所の壁面に飾られた巨大なイルミネーションを大勢の見物客がカメラに収めていた。趣向を凝らしたイベントを開催すれば、大阪にも人は集まることを証明した。
あと淀屋ゆかりの場所、淀屋橋駅近くの喫茶店で歓談した。初期の淀屋は米問屋だった。後期淀屋は倉吉で稲扱き千刃を作って今で言うレンタル商売をしていたという話から始まった。米作りは南アジアから日本に伝播した。仲間の一人、旅行業を営むYさんは先月マダガスカルの田んぼを見てきた。マダガスカルと聞くとアフリカ原住民の島と思っていたがそもそもはボルネオ人が元祖でインド洋を往来していたボルネオ人がマダガスカルに稲作を伝えたのだという。
日本は尖閣諸島の領有権を巡って、中国と角突き合わせている。ボルネオは、南沙諸島の領有権を巡って中国と争っている。内海を囲むインドネシア、ベトナム、フィリピンも同じである。水鳥に国境がないように、古来、内海を囲んで自由に往来して魚を獲って暮らしてきた。海底に天然ガス資源が埋蔵されていると分かり領土問題と言う不幸が始まった。
領土問題と言えば、Yさんは先日、韓国でいう独島へ出かけた。独島とは日本固有の領土竹島のことである。韓国は独島を韓国固有の領土と主張している。独島は韓国では中高生の旅行先だそうだ。韓国の人は、子供の時から独島(竹島)は韓国の領土だと叩き込まれているとYさんが話していた。
一方、黄海は中国、韓国、日本に囲まれた内海である。大阪港からフェリ―に乗れば2泊3日で中国の天津に着くという。瀬戸内海を通り、関門海峡を渡り、東シナ海を経由して黄海に入る。無数の島が黄海にある。船旅をすれば黄海が内海だと実感するとYさんは話していた。鑑真和上は天津を船出して黄海を逆路、日本を目指した。いく度の難破の末、日本にたどり着いたことは良く知られている。
日本人は明治以降、文明開化を謳い文句に、欧米に追い付き追い越せで必死に生きてきた。そのため本来アジア人であることをとかく忘れがちである。「21世紀はアジアの世紀」であると言われて久しい。ところが、肝心の日本人自身がアジア人であるとの意識が希薄なため、「21世紀はアジアの世紀」と言われても、他人事で、ピンとこないのであろう。
NHKドラマ「おしん」がアジアで今もなおロングランを続けているという。あの時代の日本と比べて今の日本には不平不満が充満している。感謝という言葉自体が死語になりつつある。余りにも恵まれ過ぎている為に、何が幸せで、何が不幸せであるかの見極めさえもつかなくなってしまっているのかもしれない。
日本は瑞穂(みずほ)の国と呼ばれる。みずほとはみずみずしい稲の穂のことと広辞苑にはあった。「おしん」の時代に故郷帰りして日本人も初めてアジアの一員になれるのではなかろうか。(了)