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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

「カーソル〈矢印〉」(上)

2019-05-19 08:39:55 | ショートショート
 浩美は、とある会社のインテリアデザイナー…と称してはいるが、実のところはデザイナーのアシスタントをやっているだけのこと。
 デザイナーの仕事というと華やかなイメージがあるけれど、浩美の仕事は毎日毎日、専用ソフトを用いてインテリアのレイアウトを作成・変更するという、非常に地味なもの。壁紙の色や模様をパソコン上でいろいろと変更したり、家具やカーテンの形を変えたり、つまんで移動させたり、ということの繰り返しだ。創造的な仕事とは言えるが、一日中画面ばかり見つめているので、目が非常に疲れる。偏頭痛というのか、頭が痛くなることもしばしばだった。
 浩美にはそそっかしいところがあって、顧客の意向を勘違いして、注文と異なるものをこしらえることもよくある。まあそんな時は、画面上で修正するなり〈デリート〉キーを押すなりすれば済むのだが、顧客の信用を回復させることは、そう簡単ではない。

     ―――・―――・―――

 もう陽子ったらアッタマに来る。どうせ私はおっちょこちょいだけど、人が失敗作出したあとに自分のレイアウトを持ち出してこなくたっていいのにね。これ見よがし、というのか、イヤミよねー。孝志にも見られちゃったじゃない。

 ある朝のこと、起きるとどうも目の前が変だ。まるで視界全体がコンピュータ画面のような…。てっきり夢の続きでも見ているのかと思ったが、どうもそうではない。視界の中に白い矢印(つまりカーソル)が出ており、たとえば冷蔵庫の方に意識を向けるとその矢印が冷蔵庫に重なる。着替えようとすると、その服に矢印が重なる…。
 まさかとは思ったが、お気に入りの服に矢印を合わせ、ダブルクリックをイメージしてみた。するとその服の大写しとともに、メーカー名や買った日、買った店、それに値段が目の前に出てきた。それは確か2回目のデートの時、孝志に買ってもらったものだ。試しに右クリックをイメージすると、〈コピー〉や〈削除〉と出てきた。〈コピー〉をクリックしてすぐ横に〈貼り付け〉をするとあら嬉しや、2着になった。よし、きょうはこれを着て行こう。
 それから、もう着なくなった服に矢印を合わせ、〈削除〉をクリックしてみた。すると思ったとおり、その流行後れのダサい服は、消えてなくなってしまった。ついでに、前々から動かそうと思っていたベッドとテレビを1メートルほど〈移動〉。力をほとんど使わないから楽ちんだった。

 マンションを出てからも、目の前の白い矢印は消えることはなかった。途中の歩道橋を渡りながら下を眺めているうち、ちょっといたずらしたくなってしまった。
 足がぶつかったか何かで、子供を怒鳴りつけているガラの悪そうなおっさんを、向こうの交番の警官の前に移してやったり、朝からイチャイチャしているカップルを、別々の電柱の横に移してやったり、会議でもあるのか、大急ぎで走っているちょっと見カッコいい子を、向かっているビルまで移動してやったり…。
 さすがに車は危ないとは思ったが、排気音うならせてジグザク走っている真っ赤なやつを、少しだけ浮かせて、ついでに色も、シブーい抹茶色に変えてやった。よほどびっくりしたのか、あとはノロノロ運転になり、そのせいで後ろから逆にクラクション鳴らされたりして、面白いこと。
 ただ、おかげで浩美は遅刻しそうになってしまったのだが。
                        (つづく)

 Copyright(c) shinob_2005


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