学問は人生を豊かにします。面白いですし、有益です。わたしは、知的興味から学問を好みます。
けれども、学問は、それを含んだもっと広く大きな世界の中の一部でしかありません。
日々の生活、日々の経験、生活世界の広大な海、その豊かさの中ではじめて学問は、色づくのです。それは、美しい小島です。
わたしは、書物を読んで哲学します。
しかし、それ以前に、それ以上に、
出来事や人やものや自然を、見て、触れて、感じて、哲学します。音楽を聴いて哲学します。
言葉以前の広大なイメージの世界を豊かにすることで、哲学します。
心豊かな日常、鋭敏な感覚と豊饒な感情世界・・・生活世界の広がりと充実があってはじめて学問は有用性を獲得します。
人に優越するための知、己の疎外感・不全感を糊塗するための知であれば、生きた学問とはならず、人生を豊かにしません。かえって自他に有害な知の羅列にしかならないのです。学問が、自他を抑圧する知の体系となるならば、これほど愚かなことはありません。
学問をその一部として含み、至上の価値を蔵する「生活世界」という広大な海を知ろうではありませんか。善美とは、生活世界の中にあるのですから。
武田康弘