思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

4月28日の「戦争反省の日」に続き、今日は、憲法記念日(祝)、天皇と皇后も自民党案の思想に批判的。

2014-05-03 | 社会批評

 

 下のBlogに書きました通り、4月28日は、昭和の日ではなく、戦争反省の日とすべきですが、
今日5月3日は、明治政府による天皇主権(現人神で主権者)から、市民(シチズン)としての国民が主権をもつ日へと変わった記念日です。

 戦後の民主制で、「天皇陛下は生き神さまだ」とするおぞましい世界から解放され、人間の対等性と市民的自由が現実のものとなりました。歴史の大転換でした。しかし、いまそれを元に戻そうとする野望をもつ首相とウヨク思想の政党が勢力を伸ばし、再び、人間の対等性と市民的自由を奪おうとしています。今度は、巨大資本の下に国民を隷従させるのが目的です。人間を、個人としてではなく、外から操作できるロボット(自発的ドレイ!)として遇するのです。「愛国心」という「狂気」を学校教育によって子どもたちに仕込み、天皇・皇室を敬う人間をつくるという所業が白昼堂々とまかり通る国は、近代国家としては「すでに終わっている」としか言えません。なんという愚かさ。低次元。

 全体主義的な国家から、民主制の国へと変わったのが、69年前です。

 中国への侵略からはじまり、対米戦争へと続く丸14年間の戦争の末、無条件降伏で敗戦し、日本万歳!天皇陛下万歳!という国家主義から、民主的な新憲法の下で、新しい民主制の国へと歩を進めたことの偉大な意義をわたしたちは肝に銘じないと、再び、みなが不幸に意沈みます。

 このことは、今上天皇の明仁さんと皇后の美智子さんもよく知り、繰り返し、現憲法を順守することを表明し、さらには、天皇大権の明治憲法発布以前につくられた「五日市の民衆憲法案」を現地にまで出かけてよく知り、その強い人権思想に「深い感銘を受けました」と述べています。天皇と皇后は、安倍自民党の改憲への言動に対して、いまの天皇に許される最大限の抵抗をしています。


以下は、昨年暮れの明仁さんの(誕生日に際しての)会見における発言です(太字と下線は武田による)。 

宮内記者会代表質問

問1
陛下は傘寿を迎えられ,平成の時代になってまもなく四半世紀が刻まれます。昭和の時代から平成のいままでを顧みると,戦争とその後の復興,多くの災害や厳しい経済情勢などがあり,陛下ご自身の2度の大きな手術もありました。80年の道のりを振り返って特に印象に残っている出来事や,傘寿を迎えられたご感想,そしてこれからの人生をどのように歩もうとされているのかお聞かせ下さい。
 
明仁天皇

80年の道のりを振り返って,特に印象に残っている出来事という質問ですが,やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており,その翌年の12月8日から,中国のほかに新たに米国,英国,オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が,若くして命を失ったことを思うと,本当に痛ましい限りです。

戦後,連合国軍の占領下にあった日本は,平和と民主主義を,守るべき大切なものとして,日本国憲法を作り,様々な改革を行って,今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し,かつ,改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し,深い感謝の気持ちを抱いています。また,当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を超す歳月を経,今日,日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても,人と人との絆(きずな)を大切にし,冷静に事に対処し,復興に向かって尽力する人々が育っていることを,本当に心強く思っています。

傘寿を迎える私が,これまでに日本を支え,今も各地で様々に我が国の向上,発展に尽くしている人々に日々感謝の気持ちを持って過ごせることを幸せなことと思っています。既に80年の人生を歩み,これからの歩みという問いにやや戸惑っていますが,年齢による制約を受け入れつつ,できる限り役割を果たしていきたいと思っています。

80年にわたる私の人生には,昭和天皇を始めとし,多くの人々とのつながりや出会いがあり,直接間接に,様々な教えを受けました。宮内庁,皇宮警察という組織の世話にもなり,大勢の誠意ある人々がこれまで支えてくれたことに感謝しています。

天皇という立場にあることは,孤独とも思えるものですが,私は結婚により,私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え,これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています。

これからも日々国民の幸せを祈りつつ,努めていきたいと思います。

 

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