★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

樹木化して切り株となる魔所

2015-11-05 23:28:47 | 文学


 で諸君、諸君はこの川が貫いている“Esteros de Patino”すなわち『パチニョの荒湿地』なるおそろしい場所を知っているかね。いや、ブラジルには通り名がある。パチニョというよりも『蕨の切り株』――。俺はその名を知らんとはいわさんぞ」
 パチニョの荒湿地、一名「蕨の切り株」――それには、また人々の中がザッとざわめき立ったほどだ。読者諸君も、蕨の切り株とはなんて変な名だろうと、ここで大いに不審がるにちがいない。蕨といえば、太さ拇指ほどもあれば非常な大物である。それだのに、それが樹木化して切り株となる魔所といえば、それだけ聴いても、この「蕨の切り株」なる地がいかなるところか分るだろう。でまず、順序としてピルコマヨ川の、化物然たる不思議な性質から触れてゆこう。

――小栗虫太郎「人外魔境 水棲人」