上の段から大通寺が見える。
到着。この鐘楼門は町内では一番古い建物らしい。三井親和が書いた額あり。
左手には真理姫の供養塔。天文24年、武田信玄が木曽に攻めてきた。領主の木曽義康は人質交換での和睦を画策したが、いつもの「強い奴は発狂する」の法則通り、信玄は義康の子ども(義昌)と自分の娘の真理ちゃん(注意:6歳)を結婚させますと通告。真理ちゃんの運命やいかに。案の定、夫はのちに武田を裏切り織田にくっつく。木曽から武田に行ってた人質たちは即座に処刑、夫は真理ちゃんを離縁して木曽山中に隠す。しかし裏切り者は結局なんとやらで義昌は網戸に追放、そのままお家断絶というかんじで、言うまでもなく真理ちゃんの人生は木曽氏の運命以前にめちゃくちゃであった。しかしバカ親父の山梨にかえるのもあれだし、結局、木曽で98歳で死んだそうである。そりゃそうである。物心ついた時には木曽に嫁に来ていたのだから。三岳村に匿われていたというからさぞ寒かったであろう。そういえば信玄も西上作戦のあと山梨には帰れずに下伊那辺りで死にくさったらしい。親子ともども長野で成仏。
突然モダンな長寿地蔵。後ろの門と250年ぐらいの開きあり。ぴんぴんころり地蔵というのは長くいきたいのか素早く死にたいのかどっちなのだ、というか……地蔵が可愛い
子安地蔵が冬空に屹立でござる
ありました。ほぼ境内に大通稲荷神社です。
追記)全国の木曽町福島出身のみなさん、福島会館がついに壊されてますよ…盛者必衰の理ですね…