後年左衛門は人にいったそうです。――
「そうだよ、お蘭という娘の顔には、死相が現れていたのだよ。これはいけないと思ったのでだんだん話しをして行くうちに、いろいろの古歌を知っていて、性質がひどく憧憬的だ。二人の男に恋されている。場所はといえば八橋といって、真間の継橋とよく似ている。ははあそれでは手児奈を気取って、二人の男へ義理を立てて、自分は美しく入水して死のう――恋を恋する気持といおうか、伝説を真似る心持といおうか……そういう心持でいるらしい。――と、こんなように思ったので、ああいう手段を教えてやったんだね。……お蘭という娘は実行したそうだよ。と、どうだろう源次郎という男も、喜之介という男も私の予想どおり、川を泳いでは行かなかったそうだ。その結果お蘭という娘は、柔弱の男に愛相をつかし、真面目な田園の逞しい男と、結婚したということだよ」
――国枝史郎「真間の手古奈」