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水曜日の午後である。今日も老人の姿があった。
万引き女の記事はまだ見つからない。老人はまっさらのノートをテーブルの上に広げた。
『そろそろ、纏めてもいいころだな』とつぶやくと万年筆を取り出してキャップを外した。
『彼女は子供のころから手癖が悪かったが、とうとう本性を現したのかも知れない』
彼はこの疫病神のような女の半生記録をまとめることにした。::ガキの頃から手癖が悪く::というのは歌舞伎のセリフだが、彼女は人のものと自分のものとの区別がつかなかった。だが盗む相手を選ぶ狡猾な知恵はもっていた。つまり強く苦情を言えない相手を選別して盗んだ。
彼女は小学生のころから背が高かった。父親は背の高い女に目がない。彼は三度妻を変えたが、兄のいうところによると皆背が高かったそうである。此の嗜好がどこから来るのかよく分からない。彼自身は身長150センチの小男であった。まさか優生学的見地でもなかろうが。いずれにせよ、彼女は父の寵愛を一身に受けていた。
「まだ見つかりませんか」といきなり声をかけられた。見上げると、『紛失した記事』について相談した相手である。彼は慌てて書きかけのノートを閉じると、「いやまだ分かりません」と答えた。
相手は彼を見ながら、「ちょっと気が付いたことがあってね。その女の夫が務めている会社の名前はわかりますか」と聞いてきた。
老人の怪訝な様子を見て慌てて補強した。「いや会社によっては社員の不祥事によって社名に傷つくのを恐れてもみ消し要員として警察、司法出身者を役員に入れていることがあるんですよ。大手商社なら多分もみ消し用の社外重役かなんかがいるんじゃないかと思ってね」
「ああ、なるほど、、、商社名は日外米州商事ですよ」
「それじゃ、早速調べてみましょう」というと大きなショルダーバッグから携帯用のパソコンを取り出した。そして会社案内のページを検索していたが、「これですよ」と画面を老人のほうに向けた。「ここですよ、警察庁からの社外重役がいます」
「ほんどだ」
幼いころから顕著だった盗癖を父に報告しても逆に怒鳴り返されて取り上げられない。それが彼女に分かっているから盗む相手を狡猾に選ぶわけである。