第九がスタッグカフェ「ダウンタウン」の前に行くと店の周りには囲いの板が張り巡らせあった。
『当店は11月23日をもって閉店いたしました。長年のご愛顧を感謝します。店主』
と貼り紙がしてある。そうか、コロナで客がほとんど来なくなっていたからな、とうとう持ちこたえられなくなったのか、と第九は思った。最近は客と言っても我々アウトサイダー的なはぐれものしか見かけなかったものな、無理もないと言える。かといって女店主が店の方針を変えてテイクアウトの弁当屋に変身することは考えられない。オーナーは逆にいい潮時と思ったのかもしれないな。彼女は前から辞めたいと言っていたが、従業員のことを考えると踏んぎれないと言っていた。コロナ騒ぎで客が全然来なくなれば、みんな納得するだろう。
ここを市中徘徊の途中停泊地としていた第九は、ほかの連中はどうしたのだろうと、ほとんど連日この店にたむろしていた、およそ令和の御代から浮き上がっていた連中のことを考えた。下駄顔、エッグヘッド、クルーケースの男、パチプロの立花とは此処の店で会うだけで、別に連絡先の交換をしたわけではない。
実は第九には今日はすこし魂胆があったのであるが、あてが外れてしまった。立花が来ていればパチプロに弟子入りしようかと思っていたのである。洋美との主夫雇用契約の破棄通告を受けていたのである。来年一月十五日に契約更改日なのだが、二か月前通告の規定に基づき洋美から契約を更新しないことを言い渡されていたのである。これもコロナの波及効果なのだが、彼女の仕事がほとんどテレワークになってしまい、四六時中マンションで仕事をするようになって、第九の存在がうっとおしくなったらしいのだ。
それで別に生計の道を探さなければならなくなった。競馬を始めようかと思ったが、いろいろ調べて人に聞いてみると競馬はうまい連中でも好調不調の波が激しいらしい。とても安定的な収入は得られそうもない。それに投入する資金もかなり必要らしい。趣味としてやるなら問題ないが、それで生活しようとするなら相当な資金が必要なようだ。とてもお呼びではない。
それに比べればパチンコは毎回の資金がさしていらないらしい。パチプロと言う人種がいること、それに立花の話を聞くとかなり安定的なリターンがあるらしい。それで彼の意見を聞くつもりでいたのである。しょうがない、と彼はエスカレーターで一階に降りると外に出た。乾いた銀杏の落ち葉が急に吹き出した風に動かされて、妙に人を脅かすような音を立ててコンクリートの路面を擦りながら走る。秋風も身に染みるようになった。路上を歩きながら背広の前をかき合わせた。ポケットのなかで今日立花に見せようと持ってきた納戸でまとめた「ハイデガー・メモ」がさついた。
「破片」1ー155完