前置き:ブスとは漢字で書くと醜婦あるいは悪女と書く。醜婦はシコメとも読む。悪女は顔の不味い(マズイ、悪い)女ということである。現代の若者が悪女と言っているのは正調日本語では毒婦という。
124:外出中にマスクが使えなくなったら
第九はスタッグカフェ「ダウンタウン」に入ると、レジにいた長南さんに「このビルでマスクを売っているところがありますか」と聞いた。彼はマスクをしていない。ワイシャツの胸ポケットからマスクの上半身が飛び出している。彼女が怪訝な顔をすると彼は胸ポケットからマスクを取り出して彼女に示した。「紐が切れちゃってねぇ」と言った。「このビルには診療所があるから薬局もあるんじゃないかな」というと彼女はほかの同輩に確認した。
「さあ、どうかしら。はっきりとわからないな。薬局には入ったことがないから。マスクはコンビニで売ってるわね」
「このビルの中にはコンビニのお店はあるかな」と彼は聞いた。病院と連携している薬局では、コロナ患者がいるかもしれないと思い彼は敬遠した。
「さあ」と彼女たちは顔を見合わせていたが「無いと思うわ」と結論した。「コンビニならビルを出て道路を渡って左へ行くとあるわね」と教えてくれた。
「そうか、どうもありがとう。面倒くさいな、帰りにでも行ってみるか」と第九は言うと、いつもの常連がたむろしている席へ向かった。もう飲み物を始末した彼らは皆マスクをしてしゃべっている。
第九は席に落ち着くと、「別に公徳心があるわけじゃないが習慣になっちゃっててマスクをしないとなんだかスースーして落ち着きませんね。マスクの紐が切れちゃってね。来る途中で買おうと思ったんだが売っているところが見つからなかった」
卵頭老人が言った。「不思議なものでね。最近ではすっかりと慣れちゃってマスクをしていないとなにか忘れ物をしたような気分ですね」と下駄顔老人のほうを見た。
「そうだねぇ、抜刀令が出た後で侍が腰が決まらなくて落ち着かなかったというようなものだな」この老人のいうことはいつでも一世紀以上前の感覚である。
「抜刀令って?」
「いや、言い間違えた。脱刀令だ」
「どうしてマスクをしないんですか」とやはり胸ポケットから飛び出しているマスクの上半身を見ながら皆が聞いた。
「紐が切れちゃってね」と彼は示した。「時々水を飲むでしょう、マスクをしていては飲めないからマスクを外したときにちょっと引っ張ったら切れてしまいましてね」とその個所をみんなに示した。途中で切れたのではなくて紐をマスクに止めている根元が外れている。切れたというよりか接着剤が剥がれたらしい。
「それでね」と第九は続けた。「この穴に外れた紐を通して結んでみたんですよ。それで使ってみると今度は反対側の根元が剥がれてしまった。お話になりませんよ」
「どこ製ですか」
「中国製ですよ」
「やはりね」
「今は結構出回ってきたけど、一時売り切れていた時期があったでしょう。そのころに小さな不動産屋の前に屋台を置いて売っていた50個入りの箱を馬鹿高い値段で買ったんですよ。まだ大分残っているが、もう使えませんね」
「私もそのころに買ったのが余っていてね、外出中に切れたことがある。そんなことが続けてあったので、いつも予備のマスクを持ち歩いているんですよ」とCCが報告した。
「それも変な話だな」