レジで新しい客を出迎えるざわめきが起こった。立花が入ってきた。
「今日は休業日ですか」とエッグヘッドが尋ねた。まだ三時である。パチプロならまだ働いている頃である。
「いや、店を追い出されたんですよ」というと出されたおしぼりが破れるほどの勢いで汗だらけの顔を拭いた。
「どうしてですか、東京都の衛生局の査察でもあったんですか」
「いや、そうじゃなくてね。店員にいきなり台に鍵をかけられたんですよ」
「そりゃひどいな。どうしてですか」とCCがびっくりして聞いた。
立花はコップのお冷を一気に呷ると大声を出してコップを高々と上げてお代わりを要求した。「いや、午前中は一進一退でしてね。それが昼過ぎから馬鹿当たりの連続ですよ。ピーピーと囀りだしたんですわ、台が。そうしたら店員が飛んできて何も言わずに鍵穴に鍵を突っ込んで回して台を止めてしまった。そしてもう終わりだ、と言うんですな」
「無茶苦茶だな」
「ことわりもなく、説明もなしにですからね。わたしも反射的に立ち上がって店員をにらみつけましたよ。背は高いが馬鹿に痩せたひょろひょろした若い男でね」というと運ばれてきた二杯目のお冷を一口で飲んでホーッとため息をついた。「細い吊り上がった目をしたヤツでね、子供みたいに髭のない男でしたね。しかし、考えましたね。こういう奴はいきなりポケットからナイフなんかを出すことがある。そうしたらその男は逃げるように行ってしまった」
「いったいどういうことなんだ」と下駄顔が糺した。
「いや、分かりません。まあ、こんな店でけんかをして大立ち回りをしてもばかばかしいとそれまでに出た玉の入ったかごを持ってカウンターに交換に行きましたよ」
「何箱ぐらいあったんですか」と誰かが下種な根性で聞いた。
「五箱ありましたね」
「それはすげえや」
「それでそれをカウンタの上に放り投げるように置いたんですよ。さっきのいきさつから交換を拒否するかと思いましたがね」
「さっきの店員がそこにいたんですか」
「いや別の店員でした。交換はいつも通りでしたがね」
「一体どういうことなんでしょうね」と第九は首をひねった。
「後で考えるとね」と立花は続けた。「おそらく店長に指示されてその台は釘を閉めておけと言われたんじゃないか。それで出ないように調整したつもりがバカバカで出だした。これじゃ店長にどやされると思って慌てて止めに来たんじゃないですかね」
「しかし、そんなしくじりなんてあるんですか」
「釘師というプロがいてね、そういう連中なら間違えないんだろうが、店員は技術が未熟だったんでしょうね」というと今度は尻ポケットからテッシューを出して顔を拭きだした。
そこへ、立花がいるのを見つけて憂い顔の美女がやってきた。「あれ読んだ。どういうことなのよ」
「ああ、ざっと眺めたがね」と言いながら立花はショルダーバックから二冊の単行本を出してテーブルの上において長南のほうへ押しやった。表紙には「思弁的実在論入門」とあり、もう一冊には「有限性の後で」とあった。