富士川は入口の鍵を開けると中に入った。西向きに大きなガラス窓がある部屋は暖房が必要ないくらい温まっていた。北風が吹き荒れる外から自室に入った彼はほっと一息ついた。暖房は要らないくらい部屋は温まっていたが一応彼は居間の暖房をつけて温度目盛りを少し下げた。
長年西日をまともに受けてガラス窓の枠は変形していて開閉が手間取る。彼は力を入れて窓を二十センチほど換気のために開けると、出かけるときの散らかしたままの部屋の中を見回した。二、三日たまった新聞を椅子の周りから脚ではねのけると空いたスペースに椅子を移動させた。
「さてと」と彼はうんざりした様子で開いたままの白紙のページのノートブックをパソコンのわきに作ったスペースに広げた。思い付きで記憶をまとめようとしたが、もう一月ほどもほったらかしにしてある。体も発作からどうやらもとに戻ったし、再び再開しようと万年筆を握った。
大体が彼の家族は大人数である。それに父は何度も結婚してそれぞれ子供がいる。一度その関係を整理しなければいけないと彼は思い立った。父の一番目の妻は田舎の両親が斡旋した平凡な田舎娘であり、兄二人の母親である。この母は子供が幼いうちに亡くなっている。
二番目は父が東京に出てきてから結婚した下町の商人の娘であるかから、小遣いを投げ与えて兄たちを手なずけたようである。
三番目の妻は彼の母でもあるが、田舎の名家で武士の流れを汲む家の娘であった。子供の教育は武士の家の伝統で厳しかった。この母は上の息子たちとうまくいかなかった。二番目の妻は子供を産まなかったが、その姉妹はどういう目的があったのか、二番目の妻の死後も父の家に出入りして兄たちにお小遣いを与えて手なずけた。そしてこどもたちを手なずけて新しい母に反抗させた。新しい母への反抗は父への反抗でもあった。どうして当家に嫁いだ妻が死んだ後も家に出入りして血のつながらない兄たちに小遣いなどを与えたのか異様であった。したがって、兄たちには母というのは、子をなさないで病没した二番目の妻、下町の商家の娘のことであった。
最初の本当の母親のことは兄たちから一度も聞いたことがない。