ドストエフスキーはディケンズに影響を受けたか。前から気になっていたが両者の関係に言及した研究があるのかどうか。
二人は同世代人であるといってよい。ディケンズがわずか9歳年上だ。前にドストの虐げられた人びとの書評を本欄でしたが、最近読んだエドガー・アラン・ポーの書評を読んで、この本はディケンズの骨董屋に影響、あるいは触発された作品であるとしてよかろうと思う。
同時代人とはいえ、ディケンズの骨董屋は1841年、虐げられた人びとは1961年の作品。ドストエフスキーが英語が読めたかどうかは知らないが、フランス語は翻訳をしたものがあるくらいだから不自由しなかっただろう。
ドイツ語もかなりできたらしい。ディケンズは人気作家だから発表差が20年ならフランス語かドイツ語に翻訳されてドストが読んでいた可能性はある。
ドストの虐げられた人びとを読んだときに登場人物の名前がスミス老人とか少女ネリーとかおよそロシア的でないのにまず気になった。ロシアに帰化したイギリス人かなと思って読んでいたが。
骨董屋の少女はネルという。ドストは本歌取りを公言して名前も変えなかったのではないか。
布石は違う。虐げられた人びとでは老人が先に死ぬ。ネリーは老人に逆らった結婚をして家を出奔した娘の子供である。
骨董屋では老人と孫娘ネルは困窮の中に一緒に住む。そして借金で家を追われて孫娘に手を引かれて田舎をさまよう。孫の両親は死んでいてみなしごである。
共通しているのはポーの言葉でいえば二作品の哀切きわまる「トーン」である。ドストはディケンズの「トーン」を取り入れ、布石については正反対にする(老人と孫娘の関係を)ことによってやはり参考にしている。
以上骨董屋を読まない考察である。ちくま文庫にあるようだが、いま出庫が途絶えている時期らしい。原文はペンギンであるが、これが活字が超微細。最近は細かい活字は読まないことにしているので、ポーの書評のみから判断した。まず間違っていまい。