久しぶりに漱石の猫を読んだ。面白くない。これには驚いた。初めて読んだのは中学の二年か三年だった。おそらくまともな(文学)小説を読んだはじめだろう。ずいぶん難しい漢語で溢れているが全然つっかえなかった。もっとも総ルビだったから音だけでフォローしたのだろう。冷静に考えれば意味は分からないところだらけだったのだろうが、何の抵抗もなかった。こんな面白い本はないと思ったし、場面場面は鮮明に記憶に残った。
今度読んで一番違うのはいちいち出典に当たらなければ(要するに末尾にある注を読む)、先に進む気がしなかったことである。漱石の博識なこと、特に漢文の能力が大変なものであることはいまさら言うまでもないが、明治以降の小説家で漢文との関係で特色のあるのは、森鴎外、夏目漱石と永井荷風であろう。
森鴎外は正統派であり、江戸時代の漢文の正当的伝統を完全に受け継いでいる。したがってやや生硬である。荷風の場合、知識において多少問題があるとの意見もあるようだ。特に煩瑣な規則の多い漢詩については一部でそういう意見があるようだ。しかし、荷風は漢詩は売らなかったからあまり我々の目に触れない。しかし、漢文の特徴を現代文と絶妙に融和させたということでは鴎外以上だろう。特に随筆、随筆的小説で顕著である。荷風は東京外国語大学の清語科(中退?)である。当時シナは満州族の清王朝に植民地支配されていて中国語は清語と言われていた。
新潮文庫末尾の伊藤整氏の解説によると、猫はスターンのトリストラム・シャンディとの関係が取り上げられているが、猫においては日本の漢文学の一つの伝統であった「狂詩文」との影響が深いように思う。例えば明治維新直後の花柳界を画いた成島柳北の柳橋新誌など。トリストラムとの関係は描写の流れの奔放なところが比較されたのだろう。
成島柳北はまた永井荷風の敬慕した先人であったが。