ここで山野井氏は不意打ちを食らわせた。
Y: 一説にはあなたと宇宙船団と関係があるという噂も聞きましたが。
T: ・・・・・
相手は息をのまれたように無言であった。息をのまれたなんて見たような実況放送をしているが、メールのやり取りでも相手の様子が肉眼で見るように感得できることがある。また、そのくらい感度がないとなかなか真相に迫るルポルタージュは書けないものだ、と山野井氏は得意げに書いている。
山野井氏は先日会った天文学者の金田一光太郎博士との会話からこのヒントを得たのである。この人物は有名な実績のある学者ではあるが、いわゆる「とんでも発言」でしばしばマスコミをにぎわすことで有名な人物である。三日後に関東大震災が起こる可能性が80パーセントあるとか、宇宙人はそこら中にうじゃうじゃいる。昔からしょっちゅう地球に来ているといった説をマスコミに発表している人物なのである。彼は言うのである。
「どう見たって今度の新薬は地球の研究者や科学者が出来ることではない。人類よりもはるかに高い文明をもった生物が作ったものだよ。最初から結論が分かっていたに違いない。いうなれば演繹だな。知っている高度の知識を応用したのだ。普通科学と言うのは帰納という方法でやっとこさと法則を発見する。今度の新薬と比較される二十世紀のペニシリンだって、演繹的に作られたものではない。メクラ滅法、行き当たりばったりにあれこれ試しているうちに、苔だかカビの中から見つけたものだろう。今度のは最初から分かっていたに違いない。ようするに一直線だな。地球の近辺で人間よりはるかに高度の文化、技術を持ったものと言えば宇宙船の住人しかいない。どういう理由で我々の上空に滞留しているのかよく分からないがね。たぶん人間が苦しんでいるのを見てかわいそうになったんじゃないかな」と金田一博士は言うのである。一理はあると思った山野井はこのあぶなっかしい隠し玉を徳川寅之助に浴びせたのである。
その日、メールは帰ってこなかった。翌日出先で取材をしていた山野井のスマホにパソコンが受信した徳川のメールが転送されてきた。
T: いや、お見事でしたな。さすがです。ところで書いておられる記事はいつ発表するのですか。
Y:さあ、来月の十日あたりでしょうか。どうしてですか。
T:その予定を先様にも伝えておかないとね。不意打ちはいけません。
Y: 念のために確認させていただきますが、あなたは、そうすると宇宙船に乗り組んでおられるおひとりですか」
T: うーん、何といいましょうか。地球における宇宙船団の総代理人事務所のものというところでしょうか。
Y:そうすると記事の取り扱いですが、発表までは極秘にしておきますが、来月雑誌発売後は日本政府もワクチンのアイデアはあなた方のものだと肯定する用意があるということですね。
T:そのはずです。
Y:どうも長い間ありがとうございました。
T: どういたしまして。今度ともよろしく。