「サービスというのはチームワークだね」と高梁は感じのいいウェイトレスの後姿を見ながら話した。そろそろ席の空いてきた駅ビルの定食屋で久しぶりに平島に会った彼は話した。「レストランでもウェイトレスが感じがいい店は全員が感じがいいだろう」と高梁は続けた。
「そんなものかな」とあまりそんなことに気が付かない平島は答えた。
「裏方の料理人、食器洗いの担当、会計、ウェイトレス、ウェイターがチームとしてまとまらない店はどことなく違和感がある。従業員の表情にとげがある。俺なんか店に入ってしばらくすると感じるね」
「なかなか敏感なセンスを持っているな」
「いや、そうでもないんだ。会社にいたころね、組合がいくつもあって、同じ職場で対立する組合員が混在している状態でね」
「君のいた会社のことかい」
「そうだ、それで外部のコンサルタントに頼んだことがある」
「へえ、そんなこともコンサルタントはするのかい」
「問題が会社の存立にかかわるようになってきたからね。べらぼうに高いコンサルト料を払って頼んだのさ。おれがその時にコンサルタントとの折衝をしたんだが、彼らの理論というのが意表をついていたんだな」というと彼は鶏のから揚げをつついた。
「彼らの職業上の秘密の一端に触れたことがある。分かってみると他愛のないものなんだ。彼らと一緒に作業したから分かったのだが、彼らは一つの先行する研究によるモデルがあってね。なんだと思う」
「さあ、見当もつかない」
「第二次大戦中の爆撃機の搭乗員の研究なんだ。同じようなミッションに携わっていても出撃から生還できるものと撃墜されて生還できない機がある。あるいは途中で不時着する。その違いが偶然だろうか、というわけだ」
「そのコンサルタントというのは日本の会社なのか」
「いやアメリカだ。それで研究したのだが、撃墜される機体と生還できる機体には搭乗員のチームワークに違いがあるという結論なんだな」
「チームワークというのは相性ということか」
「それもあるし、リーダーの資質ということもあるらしい。それでね、爆撃機の搭乗員の研究が普通の会社に適用できるのかと疑念を抱いて、おれも聞いた見たんだよ。そうしたら工場なんかの組織では十分適用できると自信満々に言われて驚いた。実際第二次大戦中の爆撃機内の搭乗員の間のチームワークの研究から導き出した規則を民間会社に適用して成功してきたというんだな」
「マックなんかもそのコンサルタントに頼んでいたのかな。なるほどね、レストランなんていわば密室で相互に密接に関連した流れ作業の仕事で全体が構成されているわけだから、なんとなく分かるね。それでこの店はどうだ」
「まあまあだな」
食事が終わりウェイトレスが汚れた食器を片付けると彼らはコーヒーを注文した。平島はわきの椅子の上に置いたショルダーバッグから紙包みをとりだすと「これなんだけどね、例の話したやつは」と言いながらA4用紙にプリントアウトされたものを取り出して高梁の前のテーブルの上に置いた。差出人不明の人物から編集部経由で送られてきたそうだ。平島の近著「動機無き殺人に対する一考察」への感想が記されているという。