穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

デカルトは躓きの石

2016-05-28 08:09:34 | ハイデッガー

 中山道の道端に道しるべが立っていると思ってください。左大阪、右江戸と書いてある。左右もとより逆でも可である。

デカルト村の境に立っている道標には、右フッサール、左ハイデガーと書いてある。

仏教における「南無阿弥陀仏」のように「コギト エルゴ スム」という呪文がある。ラテン語には詳しくないが(もっともこんな簡単なフレーズに文法もへったくれもないだろうが)、「我思う 故に 我あり」と普通訳される。語順も同じようである。

ハイデガーのように粘着性のしんねりむっつりスタイルで解釈する。「我思う」と「我あり」の間につなぎで「故に」が入っている。この「故に」をどう解釈するか。左の句が先行するととるか、左の句が前提となると取るか判然としない。がまあそれはこの際問題にしない。両方の意味があるとしよう。

フッサールは繰り返し「デカルトの明証性」を称揚するからこの点では完全なデカルト・ファンなのであろう。ハイデガーはチト違うようだ。ハイデガーはデカルトを論難する、彼は我思う(思惟、精神、主観)ばかり取り上げて、我あり(存在)を全くないがしろにしている。それに、「我ありのほうが(論理的に<適切の言葉ではないが他に適当な言葉を思いつかないので)先行している」というわけである。

 

フッサールとハイデガーの共通点は意識の明証性に至る道も、存在の意味を明らかにするのも、おなじ乗り物に乗って行くということである。「現象学」という馬車である。この馬車がおなじものかどうかはよく分からない。にたようなものには見えるが。もっともハイデガーは現存在という脇道を迂回するわけである。

この書評も段々「小説のようなもの」に見えて来たでしょうね。時々このような取り留めも無いことを書き記さないと読んでいたことを忘れてしまうのでメモを取るつもりで書いている。

 


第X(X)章 Who are you ?

2016-05-27 08:31:14 | 反復と忘却

 完成前のアトランタのホテルにチェックインした直後にその電話は鳴った。コンクリートは打ちっぱなしのままで本当ならちゃんとお化粧してから開業すべきなのだろうが、大きな全国的なコンベンションでも開かれていて何処のホテルも満杯だったためか、開業前のホテルも宿泊客を受け入れていたらしい。部屋に入ると間髪を容れずにベッドの横に置いてあった電話がけたたましくピョンピョン飛び跳ねだした。何の警戒もせずに反射的に受話器を取り上げた。

「Who are you」といきなり高圧的な男の声がドスの利いた低音で誰何した。何だって、フロントで部屋を間違えたのかな、と考えて応答しようとすると突然相手は電話を切ってしまった。あっけにとられて手の中の受話器を眺めていたが、気持ちの悪い声だった。日本語でいえばスジ者の声のようだった。当地ではマフィアというのかギャングというのか、そんななりわいを連想させる話し方であった。

開業前のホテルの部屋が麻薬の取引に使われていて、そのつもりで電話して来て、電話に出たのが聞き慣れない声だったので、警戒して誰何したのかもしれない。そう考えると怖くなった。しかし考えたってそれ以上の知恵も浮かばない。くそ暑くてものすごい湿気のせいで汗でべとべとになった身体をシャワーでまず洗うことにしたが、今の電話が気持ちが悪かった。ひょっとすると、電話の声の主が部屋まで確かめにくるかも知れない。

 

ドアのロックを確かめチェーンをかけた後で、部屋で一番重そうな椅子をドアの内側まで引っ張って来てバリケードの様に置いた。心配なので慌ただしくシャワーを浴びると急いで部屋に戻りシャツを着た。ドアの椅子は動いていないようだ。ひょっとすると「アレ」かもしれないな。彼は考えた。

鱒添はスーツケースからバーボンの小瓶を取り出すとグラスに注いだ。ひょっとすると俺にも、と回想した。彼の親戚で大学生の頃に田舎のあぜ道でいきなり背後から声をかけられたのがいた。振り向くと誰もいない。声はどうも後方の高い方からしたらしい。「お前はソクラテスや孔子のようになれ」と言われた。それが彼の乱調子になったきっかけらしい。とうとう脂ぎった叔母さん達を親衛隊とする新興宗教の教祖になってしまった。

「あの電話は」と彼は考えた。仮象だったのかも知れない。いよいよ俺も其の気が出て来たのやも知れぬ。それにしてもタイミングが良い。サラリーマン生活十五年、社内の内紛なんか関係のない新入社員ではなくて、否やも応もなく巻き込まれて当事者となってしまっていた。薄汚い世界の先も見えてしまった。その後気味悪い声は電話をかけてこなかった。

あの電話は叔父の場合の様に空からかかってきたもかもしれない。サラリーマンとして日常的に非本来的生活をこのまま送るのか詰問する天の声だったのかも知れない。彼が会社を辞めたのはそれから間もなくでであった。

 


ハイデガーは刺身がいいか

2016-05-26 08:57:40 | ハイデッガー

 タイトルの「謂ひ」はハイデガーの著書は直接読むのがいいか、どうか、ということである。要するに加工調理せずに素材で味うのがいいのか、どうかという設問である。

哲学書の場合には特に留意すべき点である。ここでは「存在と時間」に限って述べる。彼38歳壮年期の処女作である。力が入っている。勿論哲学徒として論文は多く書いていただろうが、大著としては処女作であろう。

まず、結論からいうとハイデガーは色々な理由から生で食わない方が良い。煮るか焼くか二次加工したものを食う(読む)のがおすすめである。

哲学者によって生で十分賞味出来る人もいる。カントなどはその例だろう。カントの場合は自著解説などがあってこれもなかなか行き届いている。純粋理性批判に対する「プロレゴーメナ」がその例である。もっとも実践理性批判の解説書と言える「人倫の形而上学の基礎」はそうとも言えない。解説書から入るのがいいのはヘーゲルの精神現象学などである。ただ、こういう有名な書物には腐るほどの解説書があるからどれを選ぶかが大切である。解説書といっても90パーセント以上は読まない方がいいようなものであったりする。

さて「存在と時間」であるが、先にも触れた様に壮年期の大著、処女作であり肩に力が入っている。一種の狂躁状態で教祖の「お筆先」のように書かれている。木田元氏推奨の訳書(ちくま学芸文庫)でハイデガーに直接会って疑問をぶつけた訳者細谷貞雄氏の後書きがある。これは必読である。そこに

「私はこの本がさほど周到な彫琢を経たものではなく、かなり慌ただしく書き下ろされたものにちがいないという印象を持つ様になっていた」とあり、ハイデガーに面会してその印象を確認したと書いている。

ハイデガーは率直真摯に細谷氏の質問に答えたそうだが、自分でも昔の著書を読むと不安を感じる時がある、と述べたそうである。また、ハイデガー氏との逐行的な読み合わせで、印刷段階でかなりの誤植や、原稿に由来する誤記があった、と書いている。

この種の著作は第三者の解説者の手を経ることによって、素材の味は損なわれるが、著者の意図は整合性をもったかたちに整理されて伝えられる。これがハイデガーはまず煮るか焼くかして味うべきであると私が言う所以である。

勿論、ハイデガーになじんで来たら原著にあたって改めてその熱気にふれるのもまた楽しからずやである。

 なお、解説書であるが、まだ三分の一しか読んでいないが、ちくま学芸文庫のマイケル・ケルヴェン著「ハイデガー『存在と時間』注解」はいいと思う。

 


二種類の科学哲学

2016-05-22 20:26:18 | ハイデッガー

 二通りの科学哲学(ハイデガーの言葉でいえば個別科学の論理学)がある。

つまり、「遅ればせの」(後追いの)論理学と先導的な論理学である。つまりアポステリオリの科学哲学とアプリオリのそれである。

「存在と時間」は1927年に出版されたが、ちょうどいわゆる科学哲学が隆盛に向かうころだが、その後の科学哲学はすべて後追いの論理であるようである(科学哲学業界に詳しくない人間の印象である)。

科学研究を先導する方法論(哲学的)などないと思います。天才の超人的な頭脳スーパーコンピューターがぶん回って煙が出始めるころにぱっとひらめくのが通例ではないでしょうか。科学の最先端の開発のありようはそのようにクリエイティブなものだと思う。方法論やハウツウものを超越していると思う。むしろ方法論は創造性を委縮させるものだと思う。

 カントの場合、三批判書は本人によって予備学と位置付けられている。カントはさらに自然哲学(自然科学)をこの予備学の上に構想していたようだ。そちらのほうが本番であったらしい。

 カントにはその種のものが二つある。一つはまだ活発に研究していた1786年に出版された「自然科学の形而上学的原理」で、これは前の世代に確立されたニュートン力学の基礎をまとめたものらしい。つまり「後追いの、遅ればせの論理学」である。

 もう一つは遺稿の中に含まれているもので完成しなかった。「自然科学の形而上原理から物理学への移行」と題された大量のメモがあるらしい。これは「自然科学のための先導的な方法論」になる予定だったようである。

 これはカント全集に入っているのだろうか。どう問題を料理しようとしていたか興味はある。

 


ハイデガー哲学は科学に貢献できるか

2016-05-22 09:15:43 | ハイデッガー

この問いは「哲学は科学に貢献できるか」あるいは「科学哲学は科学の発展を先導できるか」と置き換えてもよい。

例によって(相も変わらず)ハイデガーの「存在と時間」を読んで改めて感じたことである。細谷貞雄訳ちくま学芸文庫

 序論第三節 存在問題の存在論的優位、より

ここで実証的実定的科学(自然科学、人文科学)における哲学(存在論)の優位が説明されている(ハイデガー立場から)。

 「基礎概念とは、それぞれの科学のあらゆる主題的対象の根底にある事象領域についての諸規定であって、この領域はこれらの諸規定においてあらかじめ理解され、そしてこの理解があらゆる実証的研究を先導することになる」 >> 同意 >> 正確に言えば、漠然と理解(了解)され、であろう。

 「かような研究は、実証的諸科学に先駆しなければならないし、」>> ??実態としては必ずしも先駆するとはかぎらない。

 「先駆することができる」 >>半分同意 ≪先駆することもある≫

 「この意味で行われる科学の基礎づけは、科学のその時々の現況を調べてその方法をつきとめるというような、遅ればせの論理学とは原理的に区別されるべき」 >> 同意 現代の科学哲学がこれに該当する。

 実証的研究の「本当の進歩は、そのようにして得られる実証的研究成果を蓄積して*事典*に収録することにあるよりも、むしろ事象についてこのように蓄積されていく知識の増加からたいてい反作用的に押し出されてくる、それぞれの領域の根本構成への問いのなかにある」>>ほぼ同意だが、物理学の場合などは*現在の理論に矛盾する観測データの出現が当該科学の根本的構成への問いを誘発しているといいたい。

 続く

 


N(2)章 I was fifteen

2016-05-15 10:23:58 | 反復と忘却

目が醒めたあとしばらく三四郎は蒲団のなかでFM放送を聞いていた。男性のボーカルがけだるそうな声でうたっている。

I was fifteen. It was a VERY good 

year.

『たしかに、去年の夏までは』と思った。身体の上になにか巨大な肉塊のような大女にのしかかられた様で起き上がれない。心配した母の声が下から呼びかけている。

そのとき以来、その夏の夜以来彼のたましいは夜の徘徊放浪に出かけたまま、主を見失った様に散歩から帰還していないのだ。なにか別のものが代わりに彼の身体に寄生し始めたような気がした。どうもしっくりと折り合いがつかない。

とにかく彼は自分から逃れたかった。消えてしまいたかった。満州にわたって匪賊の頭目になって暴れ回った孤児の冒険小説を読んだ。未成年の例にもれず彼はすっかり主人公のつもりになったのだが、なにしろ何十年も前の話だ。

そうかと思うと、フランスの外人部隊に憧れたりした。世間の子供はこう言う時に自殺願望を抱くものらしいが、三四郎はまったくそのことに思い及ばなかった。げんに中学の同級生の女の子が電車に飛び込んで自殺したときも驚きはしたが同情もできず理解も出来なかった。その線はまったく思いつかなかったのである。

第一死んでも魂は無傷で後にのこるという話を彼は信じていたのである。それなら前よりもっとひどくなるかも知れない、と彼は怖れたのであるた。

男性ボーカルは終わり一転して陽気で騒々しいメキシコのマリアッチの音楽が流れた。ディスクジョッキーの女性が曲名を紹介している。「アドンデ ヴァ」という曲らしい。彼女の解説によると「どこへいくの」という意味という。「まったく

俺にぴったりの曲だ」と三四郎は思った。

だるさが体の隅々に充満した身体を蒲団から引きちぎる様にして起き上がると彼は階下の食堂におりていった。

 


X(5)章 三人の母

2016-05-13 08:04:42 | 反復と忘却

長兄の名前は一郎という。次々と妻と死別して再婚を繰り返し沢山の子供を産むなんてことを予想していなかった父は最初の妻の最初の男の子には一郎と単純ですっきりした名前をつけたのであった。 

三四郎とはなにしろ20歳くらい年が違う。『20歳くらい』というわけだが、これだけ年が離れて家で一緒に生活することもほとんどなかった兄弟だと誕生した年のこと等分からない。勿論聞いたことはあるのだが、すぐに忘れてしまう。

年齢の近いきょうだいだと今度は逆に忘れようとしても忘れられない訳である。彼が大学生の頃に三番目の母である三四郎の母と父は結婚した。それから彼はぐれだして、落第を繰り返した。そのころに彼は「三人の母」という小説めいたものを書いた。一郎の下の兄、かれもまだ次郎というすっきりとした名前だったが、次郎が三四郎に話した。その原稿を次兄が持っていて三四郎は読んだことがある。

一郎は父に激しい敵意をいだいていたが、独裁的で抑圧的な父に向ってはその怒りを発散することが出来ず、新しい母に敵意を抱いていた。そしてその最初の男の子である三四郎に対しても同様であった。三四郎は自分の幼時の記憶はないのだが、彼が母親の胎内にいた時や幼時の時の様子はどうだったか知りたいと折りにつけて考えた。

なにしろ二まわりも年が違うから警戒する必要もない。三四郎に嫌悪感を隠さずあからさまに示した。だから比較的分かりやすい兄ではあったわけである。肚の中ではどう思っているだろうか、と心配や不安を抱かなくても済む。表面だけ見ていれば彼のそのときの気持ちは間違いなく伝わってきた。

父は一切昔のことを話さなかった。また聞くことを許すような雰囲気はなかった。三四郎の母親も彼に父の前妻のことを尋ねられると身体を震わしていやがるので彼には聞けなかった。しかし兄達という「前妻の証拠」があるわけで隠すこと等できないのだが。中学生にもなればいやでも興味を抱かざるを得ない。

そこで唯一の情報源が「小説・三人の母」であった。

 


X(4)章

2016-05-11 07:26:16 | 反復と忘却

墓の前でわかい坊主が経を読んだ。時々手に持ったお経に眼を落としている。若い僧侶で学生アルバイトなのかもしれない。兄貴がお布施をけちったのだろう。墓地付きの寺から派遣された僧である。読経はすぐに終わってしまった。皆様ご焼香をと、促されて長兄夫婦から焼香を始めた。

鱒添が墓前に進んで焼香をした時に急に風が吹き下ろして来た。二、三区画先の墓のそばにある高い梢に、はげ頭にわずかに残った毛のような葉がしがみついている赤松がある。その幹が強風にしなった。間を置かずにごく近くで雷鳴が天空を疾駆するように轟き去った。彼が墓前から下がるとカンカン照りの空は真っ暗になり篠突くような雨が激しく振り出した。彼はすがさず傘を差したが、他の連中はだれも傘を持っていない。慌てふためいて右往左往しはじめた。うろたえる若い僧侶を抱える様にして長兄が寺まで送り返した。めいめいはそれぞれの車に駆け込み近くのホテルに向った。

直会はホテルの中華料理店で行われた。なにしろ兄弟が多いから円卓がふたつ用意してあった。定年が近い兄達は子供まで連れて来ていた。種馬の様に精力絶倫だった父親は三人の妻を乗り殺したのである。生んだ子供、生き残った子供が何人いるか自分でも分からなくなることがあったらしい。それで「科学者」であった父親は元素番号を振る様に子供達に名前をつけた。三四郎は三番目の妻が生んだ四番目の息子ということがすぐに分かる様になっている。このシステマチックで科学的な方法で息子達に名前を付けて行った。

娘達には十二支にちなんで生年のエトを名前につけた。なんでも「科学者」であった父は娘達を24歳になるまでに全部嫁に出すつもりで忘れない様に生年の干支を振っていったのであった。一番下の娘はへび年だから巳江と名前を付けた。本人はいやがって書類に自分の名前を書く時にはミエとキラキラネーム風に記入していた。

父親は娘は全員24歳までに片付けてしまうつもりであったが、24歳までに結婚した娘はひとりもいなかった。此れだけは「科学者」の父にも意の様にならなかったらしい。

一番上の兄は来年が定年である。子会社の役員に出向することになっている。

「お前は用意がよかったな。傘を持ってくるなんて、この天気だってのに」と三四郎にテーブルの向うからいつもの馬鹿にしたような、非難するような口調で話しかけた。

「ああ、天気予報が信用出来なかったんでね。前にも同じようなことがあったよ」

「ふーん、何時だい」

「兄さんの弁護士と会う日だったな」

父親が死んだ後の処理ですべてを惣領ぶって自分の思い通りにしようとした兄と意見が違ったことがあった。兄はいきなり弁護士を差し向けて来たことがあった。

「その日もね」と三四郎は思い出す様にゆっくりとっしゃべった。「午前中は今日みたいに晴天だった。それがホテルまで行く途中でいきなり土砂降りさ。天気予報では雨なんか降る筈がなかったんだが、なんとなくカンが働いたんだね、その日も傘を持って行った」

兄は分厚い縁なし眼鏡の奥から何時ものように眼をショボショボさせながら無言で三四郎を観察するように眺めた。この兄は疑い深くて父親の葬式の前後にも、女性関係では盛んだった父親の隠し子が何処からか現れるのではないかと三四郎達にくどくどと注意していたことがある。

 


X(3)章 小指は覚えていた

2016-05-09 07:57:05 | 反復と忘却

 どうやってネクタイを結んでいたかイメージがちっともわかない。ところが良くした物でネクタイを首に回すと手が覚えていた。小指が女を覚えていたと「日本文学史上最大の叙情作家」と太鼓持ち文芸評論家が持ち上げる人物の小説にある。どうして人差し指ではないのかと彼は文学青年の頃に首をひねったものである。いまだにこの疑問は解消していない。まあ、いい。ここはそんなことを書くところではない。

いろいろ流儀があるのであろう。俺のは極真一刀流だからな、と鱒添は呟いたのである。

 

ネクタイを左から首に回すか、右から回すのか自信がなかったがなんとか結べた。左右なんて関係がないのかも知れない。左右対称だからな、と彼は心の中でつぶやいた。

エレベーターで一階におりると手にスーパーの大きな買い物袋を下げた丸顔の女が入り口から入って来た。ぎょっとしたような顔で彼を見る。背広を着用することも稀でネクタイ等したことがない職業不詳の胡散臭い男が黒い背広で現れたので驚いたのかも知れない。想像力の乏しい女だと彼は心の中で舌打ちをした。おまけに黒いネクタイまでしめている。一瞬中年のタヌキ顔の女の意識は惑乱したのかもしれない。

そとはかんかん照りになっていた。天気予報でも雨は降らないと言っていたが、彼は起き抜けの観天望気で雨気を感じたので傘を持って出た。コンビニが500円で売っているビニールの傘で拍子をとるように気障に振り回しながら狭い歩道に所狭しと置いてある荷台や子供を乗せるかごのついて自転車をよけながらあるいた。

もっとも、おれが黒い服を着たらヤクザと間違えられるかもな、と彼は独り言ちた。じっさいヤクザ抗争が激しかった頃彼はヒットマンと間違えられたことがあるので。といって彼がそう受け取ったというだけなのだが。

繁華街の外れにある特殊飲食店が建ち並ぶ狭い道を歩いていた時である。しょぼくれた不動産屋の前をとおりすぎたとき、血相を変えた男が二人外に飛び出して来た。歩道には人通りが無かったので彼を見て飛び出して来たのに相違ない。大きなショルダーバッグを肩にかけていたが、そういうスタイルのヒットマンがいたとかいう週刊誌の記事があった。ショルダーバッグの中からやおらサブマシンガンを取り出してヤクザの事務所に向って乱射するとか記事には書いてあった。男達は挑発するような目付きで彼にまとわりつく様に観察していたが、どうやら人違いと納得したらしく店に引っ込んだ。

かれは得意の現象学的還元で「どうも俺の人相風体は反社会的らしい。抗争相手のヒットマンと勘違いしたらしい」と結論づけたわけである。

 


ハイデガーも言葉遊びがすぎる

2016-05-08 08:05:42 | ハイデッガー

 

ハイデガーの「現象学の根本問題」作品社の「序論」と最後の「テンポラリテートと、存在というアプリオリ。存在論の現象学的方法」を読んだ印象である。

要するに現象学というのは「哲学」のことなんだね。もっと彼の意に即して言えば「本当の来るべき哲学」なんだ。ではなぜ現象学なんて言う必要があるのだろうか。H氏お得意の語源遊びがあるかと思って読んだが何の説明もない。 

「これぞまさに現象学などというものはありませんし、、」

「対象に近づけさせてくれるそのときには、、当の方法を必ず滅びさせてしまいます」とうまく逃げている。520頁

そうかと思うと、現象学には三つの方法(分野?)があるという。現象学的還元(内容不明、説明なし)、現象学的構成(内容不明、説明不明)と既存の哲学の解体(これは意味はわかる)があるという。44、45、46頁

お得意の語源遊びはアプリオリについての講釈ではじまる。これはギリシャ語ではなくラテン語である。この辺も胡散臭い。アリストテレスもプラトンも同じことをいっているというなら、なぜハイデガーが博識を誇るギリシャ語遊びをしないのか。

最大の問題は「アプリオリは時間的に先立って」という意味であると断定する。言葉という物は多義的な意味を持つ。時間的に先立ってという意味にも使う。しかし優先的にという意味もある。このラテン語から出て来たと思われる(というのは念のために英語の語源辞典を参照したが、ラテン語の語源は触れていなかった)priorityということばは優先的にという意味で使われる。

また、その他に演繹的に、とか推定とかいう意味もある。これらはいずれも時間とは関係がない。また、カントがアプリオリという言葉を中心概念として使った訳だが、カントの場合は時間的に先行しているというふうには受け取れない。ハイデガーは非常に強引という印象を受ける。

しかも、この時間制が彼の哲学、人間と存在の関係や存在論のキモとなっていることを顧慮すると、軽々に見過ごせる問題ではなかろう。彼の主著は「存在と時間」だし、彼の哲学のいわばキーワードでもあるわけだから。

語源遊びで哲学をするな、ということである。以上が昨日哲学を学び始めた当ブログの意見であります。

なお、凝り性のわたくしはラテン語の辞書も調べました(図書館で)。物好きですね。それによるとpriorとは、よりすぐれた、大切な、根本的な、という意味です。aは冠飾詞というか言葉の前につけて、離れた、と言う意味だそうです。超越的に通じますね。はなれて根本的な(大切な、よりすぐれた)というなら私達がカント等の用例から受け取る印象に近い。

 

 


X(2)章

2016-05-07 10:04:55 | 反復と忘却

 床に散らかった昨日の新聞をとりあげた。彼は新聞を購読していない。引っ越しの時に得体の知れない新聞販売店の勧誘員に押し込み強盗の様にねばられるのを避けて彼らがチャイムを鳴らしても応答しなかったら腹いせにドアに落書きをされた。

新聞は気が付いた時に駅のキオスクで買う。興味を引くような記事等滅多にないから見出しだけ眺めて帰宅後床の上に放り投げておくのである。そんな新聞を半端に出来た翌朝の隙間の時間に手に取る。朝はまだ疲れていないし濃いコーヒーがきき出したので、比較的注意力を持って記事を読むことが出来る。窓側の照明だけ消してカーテンを引く。外が薄暗いうちにカーテンを開けると室内が丸見えになるので外が十分に明るくなってから開けるのである。

どんよりとした朝の空の下、ちまちましたマンションや町工場が通りの向こう側に並んでいる場末の裏通りである。雨が降るかも知れない。鱒添は鉛色の陰鬱な空を見上げた。彼は洗面所に行くと安全剃刀で髭を剃りだした。二、三日前から電気剃刀の外刃の端がささくれ立って来て痛くて髭が当たれなくなった。毎日かえりに替え刃を買おうと思いながら忘れてしまう。だから三日の髭というわけである。結構な髭面になっている。彼は結構髭が濃い。法事に行くとなるとやはり髭は剃らざるを得まいと思ったが昨日も替え刃を買うのを忘れてしまった。

引き出しの奥を引っ掻き回して、以前旅行の時に持ち帰ったホテルに備え付けてあったちゃちな安全剃刀を探し出して来た。錆びてはいないようだ。安全剃刀なんて使うのは何年ぶりだろう。彼はもう中学生の頃には髭を剃っていた。安全剃刀を使っていたのだが肌の弱い彼は唇の周りが荒れた。朝食の時にそれに眼を留めた父が電気剃刀を使うと良いと言ったのである。思い返してみると父が彼のためにアドバイスしたのはこの時だけだった。自由放任というか無関心というか。そうかと思うと時ならぬ時に理由も分からず怒りだすことがあった。ひりひりする顔をタオルで拭くと彼は着替えにかかった。喪服にカビが生えていないかなと心配しながらクローゼットの端から引っ張りだして点検する。よれよれになってはいるがどうやらブラシをかければ着られそうだ。ズボンの折り目は消えていた。本来ならアイロンをあてるべきなのだろうが、そんなものはない。そのまま着ていくことにした。

ひところ葬式が続いたことがあった。そう言う時機があるものである。ここ何年はそう言うことも無く喪服にもご縁がなかった。白いワイシャツを着ると黒いネクタイを取り出した。ネクタイの結び方を忘れているかも知れないと急に不安になった。

 


X章 法事の朝

2016-05-06 10:48:18 | 反復と忘却

左側の窓が明るくなった。天気が良ければゴールデンウィーク頃には5時前に明るくなる。まだ少し早いと鱒添は考えた。しかし尿意はすでに起床を促している。彼は部屋の中が明るくなると必ず眼が覚める。これは時差のあるアメリカやヨーロッパにいっても同じである。しかしホテルによっては分厚い荘重な感じのする古めかしい緞帳のようなカーテンの部屋がある。遮光性が高くていつ夜があけたのか彼には分からなくて寝過ごしてしまう。 

彼は出張で外国に行くと寝る前にカーテンを調べて遮光性が高そうだと思うと少し隙間を空けておくのである。同時に窓の外の様子をうかがう。安ホテルですぐ前に高いビルがあったり、西向きだったりするとそれだけではなくてモーニングコールも頼んでから寝る。

彼の朝は三点セットで始まる。部屋が薄明るくなる。眼が覚める。膀胱が排出を促すまでに活動を開始している。だから二度寝をしたいと思っても一度膀胱をからにするために床を出る必要がある。枕元の時計を見ると4時45分である。トイレから戻ると再び床に入った。目覚ましを6時半にセットする。二度寝をすると外が明るくなっていても思わず7時過ぎまで寝過ごすことがあるのだ。

二度ほどアラームが鳴ると手を伸ばして時計のセットを解除した。横になったまましばらく天井を眺めていた。出来合いのマンションの芸のない、無愛想な白いだけの天井である。いつもは天井に視線を止めることはない。今日は父親の13回忌に行かなくてはならない。

彼が育った家は日本家屋で天井も出来合いのマンションよりは高くて装飾的だった。老人のための部屋として父が祖母のために作った部屋であとに彼の部屋になった。天井には網代格子で、当時彼は東側の窓から差し込む朝日の中でだんだんとはっきりしてくる天井をぼんやりと半時間ほども毎朝眺めていたものである。

起き上がると喉が痛い。亡宗の女流詩人李清照の「たちまち暖かくまた寒き時候 もっとも将息に難し」と嘆く様に気温の変化の激しいこの時機は体調を崩しやすい。風邪を引いたかどうかは半日ほどしないと判然としない。

コーヒーをいれる。勿論インスタントコーヒーである。大きなマグカップにスプーン山盛り三杯、砂糖10グラムを加えて熱湯をそそぐ。ひところに比べると随分コーヒーを飲まなくなった。大体朝の一杯だけである。高校の頃はいつも頭がぼんやりしていて、朝昼晩の食後にコーヒー山盛り五杯入れていた。その他に10時の間食の時と午後2、3回は飲む。夜も寝るまでに何回か飲んでいた。

コーヒーが減った理由は体力の衰えがあるのだろう。それほど身体が要求しなくなった。高校の頃に比べると多少は頭がはっきりして来たのかも知れない。よく分からない。それに、外でうまいコーヒーや濃いコーヒーが飲める機会が皆無になったことが大きい。このごろではどんぶりの様に大きいマグカップ一杯のコーヒーを2、30分かけて飲む。そのころに漸くエンジンが温まりだす。

 

 

 


ポール・リクールについて

2016-05-05 08:37:33 | 哲学書評

白水社の文庫クセジュ「ポール・リクール」ジャン・グロンダン著杉村靖彦訳を読んだ。良書である。

 文庫クセジュというのは日本で言えば新書なんだが、この新書というジャンルはページ数が制限されているためか、良い物がすくない。日本の新書と同様クセジュでも読後「なにこれ」と狐につままれたようなものが多いが、この本は要領がいい。

限られた紙数でまとめるというのは高い知的能力を必要とするものだ。訳者も書いているが紙数の関係で前半期の著作を集中して紹介している。

そこでご本尊の本を読んでみようかなという気になったが、何しろリクールは著作活動の期間が長く、著作の数が多い。どれが代表作ということもないらしい。つまり皆代表作。それで見当をつけるために、新曜社「テクスト世界の解釈学」久米博著を読み始めた。

これはクセジュより詳しいが、分かりにくいところがある(PR100頁)。専門家向けなのかな。前記の本では引用箇所と作者の地の文が渾然一体をなしていた。つまり地の文が引用文の解説として適切であった。あるいは解説文に適切な箇所の原著者からの引用があった。

それでまた、本屋に行った。今度は目次や索引それに解説から興味を持てそうな著作を探そうとしたのである。

リクールは現象学的解釈学者らしい。それにフランスの反省哲学のながれを汲む。反省哲学というのは初めて聞いたが、ドイツ観念論の延長線上にあるフランスの19−20世紀の潮流らしい。

前にも書いたが、解釈学というのに興味を持ったので、目次でその関連をあたったが、ないね。ないというのは理論的な説明がないというのではない、テクスト解釈というのは応用実例がなければほとんど意味がない。ところがそれと思われる箇所がない。

先ほどの久米氏の著書にはかろうじて20頁弱で「ダロウェイ婦人」、「魔の山」、「失われた時を求めて」という小見出しがある。まだ読んでいないがピックアップされた作品は極めて特殊である。あまり参考にはなりそうもない。

ただ、一つだけ私の従来からの解釈にちかい例があった。精神分析を論じたところで、エディプス・コンプレックスはフロイトのいうように幼時性欲から説明すべきではないという所ぐらいかな。

あと、解釈学の適用範囲だが、本来的な定義からいって、哲学、小説、詩、聖典などすべてにわたるはずだが、それらの解釈例が全くどこのもないのは理解出来ない。聖書のアダム神話にちょこっと散見したが。

まだ、解釈学界の百家争鳴状態に慣熟していないが、解釈単位として語ではなく文章をあげているのは常識的な正論だろう。こんなことは最初から専門家の間で共通認識があると思っていたが、リクールまでは語(パロール、ラングとも)単位の分析だったというも驚きだった。

 


小説のようなもの、題未定第N章

2016-05-03 17:32:10 | 反復と忘却

久しぶりに「小説のようなもの」をアップします。連載になります。

第n章 小肉片

 三四郎は登校の途中で池に降りて行った。周囲を傾斜の緩やかな斜面で囲まれた底には暗緑色の水を湛えた池がある。旧大名の屋敷にあったものがそのまま大学の構内に保存されている。日本庭園であるから岸辺は不規則な線をした岸で囲まれている。真ん中には、といっても勿論幾何学的な中心ではないが、小さな島まである。池の大きさは四角形にならすとサッカー場ぐらいはある。

池の周りには土の上に石畳を埋めて補強した散策路がめぐらせてある。彼が池を一周するあいだ誰にも会わなかった。椎の木陰にある四角に切り出した大きな石の上に腰をおろして池を眺めた。どうしても高校に行くのが嫌になると彼はここでぼんやりと午前中を過ごすのである。

後ろの方から話し声が近づいてきた。見ると手に帚を持った職人である。大学の小使いなのだろう。三四郎の近くで立ち止まると椎の幹を見上げていたが、「まだあったな」と一人が言って仲間に指し示した。その方を三四郎も見るとピンク色のみみずのような粒が幹にへばりついている。

「大分注意して片付けたんだが、まだ見落としがある」と言いながらその大学の用務員は帚で幹からピンク色の小粒を払い落とした。

もう一人の仲間はそれを見ながら大分大きな音がしたって、と訊いている。

「ああ、すごい爆発音がしたよ、守衛室まで響き渡ったからな。朝の四時頃だったな。雷で落ちたのかと思ったが、懐中電灯をつけて駆けつけて池に降りて行こうとすると、手前にある道路に首が落ちていたんだ。驚いたのなんのって」

「すざましい威力だな。ダイナマイトかな」

「なんだか知らないけどよほど強力な爆薬だったらしい。そいつを自分の腹に巻いて自爆したんだろう」

「戦争中に使った肉弾戦車攻撃用の爆薬かな」

「なんだかしらないけど、首だけ千切れて上の道路まで吹っ飛んだ」

「何メートルぐらいあるかな、そこまでは」

「さあな、数十メートルはあるだろうな」

「あとの身体はどうなった」

「粉々になってそこら中の木に飛び散っていた。まるでハンバーガーの細切れ肉を大量に木の枝に叩き付けたみたいな状態だったんだ」

聞いていた三四郎は驚いて座っていた岩から立ち上がると二、三メートル離れた。

説明していた方の用務員は三四郎が座っていた岩を指差しながら「この上でやったんだ」といった。

それにしては血のあとはないな、と相手がいうと奇麗にそうじしたからね、ほら岩にヒビが入っているだろう」と岩の上を示した。ちょうど三四郎が腰を卸していた当たりで岩が幅4、5ミリに割れて裂け目が1メート以上続いていた。

職員たちは来た道を上って引き返して行った。「自殺か」

「そうだろうな、警察が調べるだろ」

「検死は簡単だな。すぐそこに法医学の解剖室があるからな」

というと二人の笑い声が三四郎の後ろから聞こえて来た。

「夕刊には出るだろうか」

「まあな」

二人は坂を上りきり道路に出たのか会話は聞こえなくなった。