マルクスは生前、政治的アジビラやジャーナリスティックな寄稿以外は資本論しか公刊していない。それも資本論の第一巻まで。第二巻、第三巻はエンゲルスが書いている。したがってヘーゲルとの関係についての考察は資本論第一巻に限定すべきである。そして、前述した国際ヘーゲル学会会長のアルント教授が言うように資本論第一巻はヘーゲルの論理学よりも、ヘーゲルの法哲学と比較検討すべきものである。
現在マルクス主義と言われているものの根拠はマルクスが生前に公刊したもののほかに次の二つのグループのドキュメント類がある。
1:マルクスの死後エンゲルスの現わした文献
2:20世紀になってロシア革命で成立したソ連邦において公刊されたマルクスの遺稿類
1:の問題点
マルクスがもっと生きていたらエンゲルスと同じ思想を持ったであろうか。断定はできない。
2:の問題
ソ連邦という独裁国家で公刊された文書の信憑性。内部の思想闘争が激しい体制で生き残ったグループが編集公刊した文書にどの程度の客観性があるのか、という問題
しかも現在マルクスの哲学的な思想を云々する論者は例外なく、これらの遺稿集、特に「ドイツ・イデオロギー」と「哲学・経済学草稿」に頼っている。これらの遺稿は比較的早い段階で書かれたものらしいが、公刊せず手元に置いていたのは、マルクスがまだ検討を加える必要を感じていたことに他ならないのではないか。
上述のアルント教授はマルクスのヘーゲルへの言及は示唆にすぎなくて、その内容ははっきりしない、としているが、ヘーゲルの論理学と資本論第一巻の間には直接的な影響はないというのはそういうことではないのか。
マルクスが長生きして自分の思想を完成していたら、いまのようなマルクス・レーニン主義のようなものになっていたかは分からない。