まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

的前審判

2018-10-03 | 弓道

県内の試合で、何回か的前審判をしたが、やはり国体での審判は緊張する。ただ○×を出せば良いのであるが、時折、判断がつきにくい矢がある。的の一番外側がなぜ黒いのだろうと思ってしまう。あづちと的の外黒が分かりにくいのである。だから霞的というのだそうだ。目がかすむということ?

それより何より、応援の声の凄さだ。前射場は観覧席を背にして座るので、応援の声というより、叫びをまともに耳の所で受けとめる。矢が飛んでくると、目と耳で中りを判断するので、応援の声が叫びになって、その後おまけ付きの拍手があると、はらはらする。そして、この応援の声を強い気持ちで受けとめなくては引きずられそうになる。しかし、そこは観覧席の人も弓道人である。次の射手が会に入りそうになると、水を打ったように静かになる。

近的の審判以上に、遠的の審判の方がもっと大変だと思う。

モニターもあるにはあるが、瞬時に点数を言わなくてはならない。太陽がガンガン照ると、今度は矢の影が映って、またまた見にくいのだそうだ。矢がたくさん刺さってくると、どれがどれだか・・。おまけに、今回は一日で決着をつけるために、日が暮れかかる頃まで見なくてはならない。青と黒が見にくくなる。

表彰が行われる時に遠的射場へ行ったら、薄暗くなっていて、青も黒も黒く見えた。

きわどい中りは必ずある。選手も、審判も緊張する。とにもかくにも、無事に終わったことが何よりである。おまけに、自分の県の選手が入賞する場に居合わせたことが嬉しかった。

 

 

 

 

 

 


入賞!!

2018-10-03 | 弓道

わたしたちは、空いた時間に気比神社へ行き、石川県の成年女子の必勝を祈願した。

神頼みではなく選手の力で、遠的一位。近的も5位に入賞した。どちらも入賞するという事は並大抵のことではない。チームの力だ。わたしたちは、祈るしかないのである。

「あと1本」と言って、必ず後で、優勝とか、勝ち上がりの時の足りなかった本数を数えるが、それはない。今、到達した所をまず喜び、次のステップにする。悪かったことを反省し、積み上げると悪くなりそうな気がする。良かったイメージを積み上げると、次に行ける気がする。

どの選手も、発揮できた時がある。その力を合わせて勝ち取った入賞だと思う。選手たちには、とにかく「おめでとう!!!」。