麒麟琳記〜敏腕Pの日々のつぶやき改題

還暦手前の身の回りのこまごま。
スポーツや映画演劇など。

8.9に向けて・・・(前編)

2007年07月26日 | 東演
 予告通り、川崎での交流会の話。
 
 先週土曜の町田に続いての『月光の夏』に関連する集いであったわけですが、若干性格が異なるので少し触れると。。。

 町田は、会員制の「町田演劇鑑賞会」の年6回の例会作品のひとつとして『月光』を9/6に上演し、それに向けての会合のゲストでした。
 で川崎も、やはり会員制の「川崎市民劇場」の面々ではありましたが、年6回の例会とは別に、有志を募って実行委員会を作り、8/9の本番に向けて取り組むというもの。

 まあ『月光』を上演することにかわりはないのですが…。
 前者は、当然「会員のみ」が観劇するのに対して、後者は「誰でも」観られるというのが大きな違いと言えるでしょう。
 ちょうど今頃、長野から移動して、所沢で仕込み中の『月光』巡演は、まさに前者。

 川崎は3年前にも同様のアプローチで『月光』を迎えてくれている。
 多摩川に沿って細長い我が故郷。130万の人口を抱える政令指定都市で七つの区を持つ川崎の、前回は市の北部に位置する高津区の、駅で言えば南武線と田園都市線が交差する「溝の口」駅前にあるホールでの2ステージでした。今回は、海に近い南部の、市の中心でもある「川崎駅」と直結した新名所「ラゾーナ川崎」の中にある会場での2ステージ!

 その巨大商業施設「ラゾーナ川崎」の脇を抜けて少し行った商店街にある中華料理店「西海亭」に、七時を目指して集合したのは総勢30人弱。
川崎市民劇場会員でかつ「ぱら~たの会」(東演の公式FC)会員でもある金子氏の馴染みの店は、貸し切り状態となった。
『長江~乗合い船』が縁で、中国ツアーを50人規模の大旅団で挑んだ「川崎」のパワーは相変わらずすごい!

 特に『月光』となると、前回に続いて実行委員長を務めていただく斉藤氏を抜きには語れない。

 『月光の夏』の端緒となる鳥栖小学校(当時は鳥栖国民学校)出身で、昨夜も挨拶で「長崎本線と鹿児島本線の線路に挟まれた場所にある我が母校の敷地には、川まで流れていて、そこには渡り廊下が・・・」と語り出す彼は、さらに“月光のピアノ”の秘話の実在の中心人物・上野先生にも習ったことのある、本作とは深い深い縁のある人物なのだ。

 他にも、あわや満州で残留孤児になりかけた方、東京の下町で空襲を見舞われた方、等々それぞれの戦争体験から「繰り返すまじ」という強い思いが『月光の夏』を見る会への賛同につながっている。。。

 その実行委員会(正式名称を「川崎市民劇場『月光の夏』を見る会」という)。「今日までは準備会で、今日が正式な発足式でもある」と嘘か真か解らない話をしたのは、前川崎市民劇場事務局長で、現在は会場となる「プラザソル」にも深く関わっている関氏。
 
 だってばさ。昼の回のチケットは、あと十数枚しか残ってないというじゃありませんか…。夜だって、あと70枚程度だと。
 むしろ東演&根岸弥生の創造側がネジ巻かなきゃ!だよ

(後編に続く)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする