◯畑と雑草
この地に引っ越してきてすでに40年の歳月が流れ、環境もすっかり変わってしまった。引っ越してきた当初は、一面畑地で、家の北側には、わずかだったが、水田も有り、夏にはホタルがチラホラ飛んできたり、カエルの大合唱が聞かれた程だったが、現在は、びっちり住宅が立ち並び、我が家もその一画にのみ込まれている。住み始めてまもなくの頃、元々の地元の農家で大地主だったFさんと懇意になり、ご好意で空いていた畑地を広く借りることが出来、野良仕事等無縁だった妻が、無農薬、新鮮野菜に拘り、見様見真似の「野菜作り」を始めたものだったが、それが延々、未だに続いていると言う具合だ。当時は、自営業の傍ら、妻の「野菜作り」の手伝いをする助手、アシスタントに徹していたものだが、完全に仕事をやめてからは、「野菜作り」は、二人の趣味にもなっている。収穫の喜びも有り、傍目には、楽しげに見える「野菜作り」だが、無農薬に拘る限り、毎年、毎年、雑草との戦い、これが大変。年がら年中、草取りの繰り返しとなる。「雑草のごとくたくましく」という言葉があるが、雑草には、踏まれても、刈られても、抜かれても、どんな環境でも生きる力が有る。特に春先、冬の寒さが緩むと一斉に畑地を覆い尽くす、ホトケノザ、ヒメオドリコソウ、オオイヌノフグリ等(勝手に、畑地の「雑草御三家」と呼んでいるが)には、「ワッ!、凄い!」、感動?するしか無い。
近づいて良く見れば、それぞれ可愛らしい花を咲かせる雑草達、抜いて抜いて抜きまくりながらも、ついコンデジで、カシャ、カシャ撮っており、そんな写真を引っ張りだしてみた。
「雑草」という言葉を口にする都度、いつも脳裏を過る言葉が有る。長年、昭和天皇の侍従長だった入江相政氏が、著書「宮中侍従物語」の中で、戦後まもないある夏の日、御座所の庭の草刈りに際して、昭和天皇が、「雑草という草はないんですよ。どの草にも名前が有って、それぞれ自分の好きな場所を選んで生を営んでいるんです・・・・」と述べられた言葉が印象強く残り、そのエピソードを書き留めておられるそうだ。それは単なる雑草のことでは無く、「人間夫々が持つ個性や生命も大切にされるべき・・」という深い意味が込められた言葉なのかも知れないと思ったものだった。
そんな雑草のひとつに、「ヒメオドリコソウ」が有る。
畑だけでなく、庭先でも、道路端でも、空き地でも、どこでも蔓延っているが、実際、「ヒメオドリコソウ」という花名を知り、同定出来るようになったのも、つい最近のこと、花名だけ聞けば なんとも優雅な花が思い浮かぶが、畑地では、邪魔者?、抜いても抜いても、蔓延り力が凄まじい。
2016年4月16日に、畑地で撮っていた「ヒメオドリコソウ」
2017年3月に、畑地で蔓延っていた「ヒメオドリコソウ」
2020年3月に、畑地で蔓延っていた「ヒメオドリコソウ」
2021年3月に、畑地で撮っていた「ヒメオドリコソウ」
2022年3月2日に、畑地で撮っていた「ヒメオドリコソウ」
ヒメオドリコソウ(姫踊り子草)
シソ科、オドリコソウ属、越年草、
和名「姫踊り子草」は、日本、中国、朝鮮半島等に分布している
「踊り子草」と比べて、背丈や花の大きさが半分以下で小さいことから、
「姫」を冠して付けられた花名。
原産地 ヨーロッパ、北アフリカ、西アジア
日本には、明治時代中期に渡来し帰化した植物、
主に本州の草地、道端、畑地等に自生している、
草丈 10Cm~25Cm
花色 赤紫色
開花時期 3月頃~5月頃
温暖に地域では、年間を通じて開花する、
花言葉は 「快活」「陽気」「愛嬌」「春の幸せ」、