新潮文庫 昭和三十四年
未だ戦後といっていいような頃、ジャングル・ジム
だけ新しく、虚しく、高崎歩兵連隊初年兵の頃の軍曹
の掛け声を思い出させる。
へいっち、にっ、と云う拍子に合わせて、思わず、歩く
自分とは裏腹に街の喧騒はなんだか、実体なく、リアリ
ティーを感じられないのだろう。そして、「ウナドン」を
頼んでしまう。うなぎは嫌いなのに、なんでそう叫んだ
のか。無理やりに口に押し込み食べたものの、「三百円
頂きます」と非情な請求。悦子に会うために満員電車に
乗るも、「車内の空気にたまらなくなって」しまう。
電車は止まってしまい、「クタクタに疲れていた」僕は
悦子との待ち合わせ時間には間に合わない。渋谷に着いて
「クリスマスの夜、日本橋通りにはひと気が」なく、蜜柑を
三百円分買うも、それは大量で、いらないです、とも言えず、
彼女に電話すると、駅で会った見知らぬ男とダンスホール
など引き回され、多量に酒など飲まされたという。
電話を切ったあとになって、「僕」は女の裏切りに気づき、
燃え立つ怒りの中で、親父の就職運動で立ち回るのがバカバカ
しくなってきた。と云うような、大体に於いて、こういう
話しだ。奇妙な感じも漂いつつ、リアリティーもある、と云う
ものだった。
(読了日 2024年12・1(日)21:55)
(鶴岡 卓哉)