映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「秋の花火」 篠田節子

2007年12月27日 | 本(その他)

「秋の花火」 篠田節子 文春文庫

短編集です。気に入った2作をご紹介しましょう。


「ソリスト」

ピアニストであるロシア人のアンナ・チェキーニナ。
彼女は天才的ピアニストだけれども、その気難しさでも有名。
コンサートは遅刻、すっぽかしはよくあること。
会場に現れたとしても、直前で気が変わって帰ってしまったりもする。
彼女とは旧知の仲の修子は、日本での彼女のコンサートに一役買うのだけれど、
一向に会場に現れないアンナのために神経をすり減らされる。
それでも遅刻してようやく現れたアンナは、やはりすばらしい演奏をする。
最近アンナはソロでは弾かず、いつもヴァイオリンやチェロ、フルートなどとのデュオ、ピアノトリオ、クインテッドなど、室内楽が中心となっていた。
アンコールに沸く会場で、修子はアンナにソロを要求。
ソロ演奏を決めたアンナは、なぜか修子にピアノのそばについて譜めくりをするよう要求。
ショパンの14番、ホ短調のワルツ。
2分数十秒の曲で、暗譜していないわけがないのだが・・・。
演奏が始まると、修子はそこで恐ろしいものを見ることになる。
深い井戸の底から呼びかけて来るような声と共に、客席からいくつもの影が立ち上がる。
両手を背後に回され縛られた男が芋虫のように這ってくる。
片目と耳から血を噴出させた男がステージに上ってくる。
・・・恐怖に駆られながらもこれは幻覚だと自分に言い聞かせ、必死に耐える修子。
アンナは、一心不乱にピアノに向かっている・・・。

ホラーもお得意の篠田節子ならではの一作ですね。
この現象は、アンナの隠された過去とつながるものなのです。
バルト3国の歴史の暗部にかかわるもの。
その運命を自ら背負って立つアンナにあらためて驚かされる。
実に壮絶なストーリー。
これは、ぜひ山岸涼子にコミック化してほしいと思ってしまいました。


「秋の花火」

表題作ですね。
これも音楽関係なんですが、語り手は中年女性のセカンドバイオリニスト。
高名な老指揮者、清水について語っていきます。
彼は指揮者としては実に才能あふれ、音楽関係者の尊敬を集めているのですが、
個人としては、どうにもならない人物で、とにかく女癖が悪い。
老齢の上、脳梗塞で倒れ、歩くのもやっとという有様。
しかし、彼の性への執着は消えない。
家族にはまったくそっぽを向かれ、惨めな生活を送りながらもなお残る男の性・・・。
醜悪で、あきれつつも、なんだか物悲しい。
ここでは、チェリスト井筒へのひそかな思いも重ねて語られていくのですが、
二人の思いは重なりながらも、行き着くところまでは行かずに終わります。
それは、あまりにもあからさまな性の、悲しい正体を見てしまったから・・・。
なかなか、余韻の深いストーリー。

この中で、井筒のチェロの音を描写した部分は、こうです。
「独特の哀しみを帯びた、叙情的なフレージング。
声にならぬ肉声。
何か直接心に訴えかけ、語りかけてくる。」
実際の彼は、とにかく無愛想。
どこからどう見てもただの無難な男。
その彼が作り出す、切なく訴えかけるメロディー。
そういうものに、引かれる気持ち、なんだかわかる気がします。
何かそのように内に秘めたものを覗いてみたくなるのかも知れません。
・・・多分、これは篠田節子氏のタイプなのじゃないかな???

満足度 ★★★★