映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「怖ろしい味」 勝見洋一

2007年12月22日 | 本(エッセイ)

「怖ろしい味」 勝見洋一 光文社文庫

エッセイ集ですが、この第一話、「桜鯛の花見」を読んで、私はしびれてしまいました。
冒頭は、春先なのに雪が降っている寒いロンドン。
ホテルから、東京の仕事場の留守電をチェック。
仕事の些細な連絡に混じって一つだけ、留守電にいかにも不慣れな方言たっぷりの中年男性の声。
著者はそこで、瀬戸内海で出会った一人の男性のことを思い出します。
シーンはそこから遠い日本の、瀬戸内の春の海へと移ります。
電話の主は、鯛釣り名人のNさん。
他の漁師が一匹も釣れないときでも、どんどん鯛を釣り上げるのだという。
Nさんは養殖の鯛と、天然の鯛を並べ、見た目、味わいを比べて見せてくれる。
比べてみれば一目瞭然の両者の違い。
その違いの描写がまた、すばらしい。
このような表現力にはただただ感服。
そうしてまた、ふとわれに返ればロンドンのホテル。

この、憂鬱に寒い灰色のロンドンと、
真っ青な海に満開の桜の花びらが降り落ちるイメージへの切り替え。
そしてまた、そこで育つ鯛の
”銀色の輝きのなかから鮮やかな桃色が浮かび上がった”
美しさ、鮮烈さ。
さらには、この海で一生を過ごしてきたNさんの一途で実直な生き方は、
一見地味だけれども、その桜鯛のように力強くしなやかでもある。
感動ものです。
7ページばかりの話ではありますが、文章のお手本にしたくなる見事なエッセイでした。
ほとんど芸術の域ではないかと・・・。


さて、これで気をよくして読み進むと・・・・、
あれれ、なんだか、だんだん気が重くなってきました。

この勝見氏は代々続く古美術商の長男。
文革下 の北京で美術品の鑑定に携わり、パリの大学で教鞭をとる。
パリではレストラン・ガイドブックの星印調査員(例の、最近話題のアレ!ですね。)のバイトの経験もある・・・と。
つまり、ものすごーく裕福で、文化人で、国際人で、グルメで・・・・、まったく庶民の私とは感覚が微妙どころでなく大きく違うのです。
このあとに続く話題は、万年筆、カメラ、オーディオ、執事(!)、ライター
・・・うわ、見事にまさしく男の世界。
もうこれだけで、女性はついていきがたいのですが、それらにかける費用が並大抵ではない。
いえ、もちろん値段のことなど書いてありませんが、いくら私でも、そういうものがものすごく高価であることくらいはわかります。
この本の巻末解説で、解説者は、「ものすごく贅沢なのだけれど、いやみがなくさらりと書いてある」といっています。
そう、著者にとっては、特別なことではなくて普通のことなのでしょう。
でも、残念ですが、私の庶民感覚とはまったく別物です。
つまり、私が手に取るべき本ではありませんでした。
男性なら、もう少し楽しめるのでしょうか・・・。

満足度 複雑な心境を織り交ぜて・・・ ★★★