映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

キャタピラー

2010年08月24日 | 映画(か行)
戦争という名の狂気に駆られて・・・


             * * * * * * * *

この作品はものすごく強烈で、
見た直後は、しばらく言葉が出ないという感じです。

CATERPILLAR とは芋虫とか毛虫の意味ですね。
中国戦線から戻ってきた夫、久蔵は、
顔は焼けただれてケロイド、そして四肢を失っていた。
つまりその姿をキャタピラーと称しているわけです。
それを見た妻シゲ子はショックのあまり家を飛び出してしまう。
「あんなのは久蔵さんじゃない!」

久蔵は、「生ける軍神」として勲章を受け、村の人々からは崇められることになる。
しかし、実態は自分では身動きもママならず、
異様に食欲と性欲ばかりに絡め取られた肉の塊と化してしまっている。
そんな夫を嫌悪しながらも、
軍神の貞淑な妻という立場に自らの存在意義を感じ始めるシゲ子。



久蔵もシゲ子も変わり果てた姿を、勲章を受けたことで納得しようとするのですが、
次第にむなしさを感じ始めます。
こんなものをもらうために、手足を投げ出したのか・・・。
シゲ子は若い健康な青年たちを見かけたときに、そんな思いが爆発してしまう。


初めのうちは、奉仕させるものと、奉仕するものという関係であったのが
次第にその位置が反転していき、シゲ子が優位に立っていくわけです。
そんな中で、ついに終戦。
負けた戦争で、軍神はもう軍神でいることはできません。


きわめて特異な題材をとりあげつつ、
戦時中の日本のグロテスクな滑稽さをえぐり出していると思います。
また、エンドロールの歌は、
原爆で亡くなった少女の語りとなっていまして、
これがまた何とも強烈で、気持ちをずっしり重くさせます。
覚悟して見たつもりですが、やはり重く圧倒されてしまう作品でした。



第60回ベルリン国際映画際で最優秀女優賞を受賞した寺島しのぶ。
それには全く納得です。
体当たりの演技とはこういうことを言うのだなあ・・・。

作品中、知的障害らしき男性がさまざまな場面で登場します。
彼はそれ故に兵役にも就かず、
いつも村人が集会や防火訓練などするのをのんびり眺めている。
彼は唯一この狂気の日本社会から自由なのです。
正常であるが故に狂気の渦に巻き込まれ、
異分子であるが故にそれからは免れている、
というこの大いなる皮肉もなかなか効いていましたね。


2010年/日本/84分
監督:若松孝二
出演:寺島しのぶ、大西信満、吉澤健、粕谷佳五