映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「インシテミル」 米澤穂信

2010年08月26日 | 本(ミステリ)
歓迎されない名探偵

インシテミル (文春文庫)
米澤 穂信
文藝春秋


         * * * * * * * *

ひんやり硬質なムードの漂う米澤穂信作品が若干苦手といいながら、
懲りずにこの本を手に取ってしまったのは、
この物語の設定が、むちゃくちゃがちがちの本格ミステリ風だったからであります。
「ある人文科学的実験の被験者」ということで
破格の時給のバイトとして集まった12人の男女。
ある施設に監禁状態となった彼らのその実験の内容は、
参加者同士が殺し合い、その犯人を当てること・・・。

とんでもなくダークです。
まさに殺人のための殺人。
「告白」がどうも好きになれないと言って、
こういうのを読むのはどうなのか・・・と思わなくもありません。
しかし、このストーリーについては、始めからはっきり架空の謎解きゲーム。
そもそも生首が平気で転がっていたりする本格ミステリ好きの私なので、
今さら躊躇しても仕方ありません・・・。
この本については、著者はすごくフェアです。
冒頭にきちんと「警告」があります。

この先では、不穏当かつ非論理的な出来事が発生し得ます。
それでも良いという方のみ、この先にお進みください。


なーるほど。
では覚悟の上、読み進みますか。


参加する12人の中で、主に結城という学生の視点で物語は語られてゆきます。
彼はあえてあまり目立たないように行動しているようなのですが、
実はミステリサークルに所属しており、そういう推理は得意。
異様に死角の多い廊下、
鍵のかからない部屋、
窓もない地下の完全密室
・・・この殺人事件のために作られた舞台で起こってしまう事件を何とか解こうとします。

彼らの時給はなんと112,000円! 
どう見ても、情報誌の印刷ミス?
いえ、確かに112,000円なのです。
7日間の拘束時間すべてを計算に入れるということなので、
なんと総額1800万円にもなる。
彼らは現地に集合して初めてこの恐ろしい実験内容を聞くことになるのですが、
彼らは考えるのです。
何もしなくても7日間ここにいれば、とにかく1800万円手に入る。
わざわざリスクを冒して殺人を行う必要がどこにある。
そうだろう。
馬鹿なことは止めて、おとなしく7日間をすごそうぜ・・・と。
ところが、みなその意見に納得したはずなのに、何故か早速死人が出てしまう。
さあ、どうなる・・・!!


この物語は、本格ミステリでありながら
これまでの本格ミステリとは一線を画しています。
たとえば終盤、結城が論理を尽くしてある事実を指摘します。
しかし、それは生き残った皆の意に沿わない。
結城の指摘する事実よりも、
彼らの望むストーリーの方が安心できるからです。
名探偵が謎解きをしたのに歓迎されない。
そればかりか空気の読めないヤツということで疎外されてしまう。
・・・こんなことは今までではあり得ませんでした!!

それとヒロインとも言うべき須和名の性格・・・。
超お嬢様。
お高いというのではありませんが、恐るべき冷静さ。
このひんやり冷たい硬質さ、まさに米澤作品キャラ。
どうもそれが苦手だったはずなのですが、
何だか私、だんだん快感になってきました。
今さらですが本格ミステリのニューウェーブをおぼろげながら感じ、
これも悪くないような気がしてきました。
・・・恐るべき作品です。


さてところでこの作品の題名、「インシテミル」。
作品中どこかにこの言葉が出てくるのだろうと思っていたのですが、
とうとう最後まで出てきませんでした。
それで巻末の解説でようやく解ったのですが、
これは「淫してみる」なのだというのです。
淫する・・・すなわち度を過ごして熱中する。
しかもちょっぴり後ろめたく、
あまり大きな声で言えないようなことに対して、という意味合いですね。
これは作中の人物たちのことを指していながら
また著者自身の思いでもある訳なんですね。

伝統的な本格謎解きミステリの世界に淫してみる反面、
そうした振る舞いをする者たちを突き放しても見る、という・・・。

このどこか一歩、熱中の輪から離れて冷めている感覚。
それですね。
私が常にこの米澤作品に感じるものは。
まさに現代のミステリというべきなんでしょうねえ・・・。

そういえば、映画のコピーは「inシテミル?」になっていたような・・・。
なるほど。
そういうのも面白いですね。

満足度★★★★★

※著者の警告の通り、
無意味に死体が転がる話が好きでない方は、読まない方が無難です。