映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「ハッピーエンドにさよならを」 歌野晶午

2010年11月11日 | 本(ミステリ)
だまされぬようご注意

ハッピーエンドにさよならを (角川文庫)
歌野 晶午
角川書店(角川グループパブリッシング)


             * * * * * * * *

この本は、歌野晶午氏の短編集ですが、
中にこのような表題の作品があるわけではありません。
あえて、ハッピーエンドではない作品を集めた短編集。
こういうのもユニークですね。
ハッピーエンドではない、となれば悲しいのか、というとそういうわけでもありません。
どちらかというとちょっと皮肉でブラックの味わい。
元々が本格ミステリの名手ですから、ラストであっと驚く展開があって、
しかもそれは作中の人物にとってだけでなく、
読み手の私たちにとっても落とし穴となっている。
こういうところがいいんですよね。


いくつかご紹介しましょう。

「おねえちゃん」
理奈はいつも自分にだけ母が辛くあたると感じていた。
姉には甘いのに、いつも自分だけがしかられる。
立ち居振る舞いのこと、勉強のこと・・・。
普通に見れば充分にできていることでさえ、怒鳴りつけられ、はたかれる。
父も、ほとんど見てみないふりだ・・・。
どうしてなのだろう。
積年の疑問の答えを彼女は見つける。
私は姉の病を治すために生まれたのではないか。
姉に脊髄移植の必要があって、やむなく予定外で作った子供。
その手術は成功し、もういらなくなった子供だから、私はのけ者にされるのだと・・・。
そう思った彼女はついにある行動に出るのですが・・・。
母親が彼女に厳しくあたる理由は、実はそうではなく・・・・。
"思い込み"はおそろしい・・・


「死面」
子供の頃、夏休みのたびに、母の実家がある田舎で過ごす私。
大勢の従兄弟たちと過ごした楽しい思い出がある。
そんな夏休み中のある日、
入ってはいけないと言われた部屋へ入り込み、奇妙なものを見つける。
不思議な因縁とでも申しましょうか、
意外なところで発覚してしまう犯罪。
ちょっとゾクゾクします。
夏の百物語のひとつに・・・。


「防疫」
娘のお受験に血眼になる母親のお話。
始めは幼稚園入園のために・・・。
それは失敗して、次には小学校入学のために。
早朝から夜まで、何から何まで受験のためのステップで、覚えが悪ければ折檻。
夫の世話などそっちのけ。
しかし、娘はけなげにもママの期待に応えようと必死。
ところが、ついにまた、小学校受験にも失敗してしまったとき・・・・!
このストーリー、結果の恐ろしさよりも、お受験ママの方がよほど怖かった。
皆様もご注意を・・・。


また、ここには以前読んだ「川に死体のある風景」にも入っていた
「玉川上死」が収められています。
この作品、好きです。

この本の帯のキャッチは「めくると、危険」。
お楽しみあれ。

満足度★★★★☆

サマーウォーズ

2010年11月10日 | 映画(さ行)
旧家と仮想空間、配置の妙



             * * * * * * * *

真田幸村の上田市つながりで見たこのアニメ作品。
いやあ、でも面白かったです。

数学が得意だけれど内気な高校生健二。
彼はあこがれの先輩夏希にたのまれ、長野県上田市、
彼女の曾祖母の家に行くことになります。
なんと、偽装のフィアンセとして。
ところがその陣内(じんのうち)家というのがタダモノじゃない。
並外れた旧家。
こんな感じ。

松代で見た、真田邸みたいです。
屋敷の広さが半端じゃない。
健二曰く、ムダに広い。

ここの家のご先祖は武田家に仕え、武田家が滅んだ後は真田家、ですね。
二度にわたる徳川の大軍との戦いを守りきった、というのがおじさまたちの自慢。
うん、うん、解ります。
その辺のところは、今の私にはとても良くわかりますよ~!
でも、旧家とはいっても以前は羽振りが良かったらしいのですが、
今はこの屋敷があるばかり。

でも、その羽振りの良かった頃の名残で、
このおばあさまは日本の各界の実力者に知り合いが多いらしい・・・。
このおばあさまの誕生日ということで、一族皆この家に集まっています。
格式が高いかと思えばそこは皆普通の生活人。
ちょうどこのカットの後ろの皆さんが皆家族。

核家族で育った健二はあまりの人の多さにたじろぐ・・・。
私も子供の頃、お盆の頃、おばあちゃんの家に一族が集まってこんな風でしたね。
(しかし、こんなに多くはない)
何だか懐かしい。


さて、状況説明ばかり長々としてしまいました。
あまりにも魅力的風景なので。
物語の舞台はこのようにレトロ感さえある場所。
ところがストーリーの本筋は、ネット上の仮想空間OZ。

人々はそこに各自のアバターを送り込み、遊んだり買い物したりおしゃべりをしたり。
この仮想空間は全世界をカバーしていて、
今や世界中のインフラまでもがそのシステム上にのっかっている。
ところがそんなとき、このOZのシステムに侵入しテロを仕掛ける者が現れる。
ネット上の混乱は現実世界の交通や電気・水道・・・
あらゆるコンピュータ制御に関わる部分の混乱を招いていく・・・。
そしてついには最大の危機が・・・!
そこで健二とこの家族が、サイバーテロに立ち向かって行くのですが・・・。



最先端のデジタル世界と、この美しい土地の旧家の人々。
このミスマッチが何ともユニークです。
またこの一族、電器屋だったり、漁師だったり、
自衛隊員だったり、おまわりさんだったり・・・、
いろいろな人がいて、これまた何とも心強い。
人と人とのつながりっていいな・・・と思わせられます。
そして普通の作品なら、ネット上の人とのつながりなどむなしい・・・
という結論に行き着きそうなところですが、
この作品では、多くのネットユーザーたちの力が一つになる。
生身の人と人とのふれ合いには及ばないかも知れないけれど、
デジタルでつながったその先には、やっぱり生身の人間がいるんですね。
なかなかの感動作なんですよ・・・。
宮崎アニメばかりが日本のアニメではない。
ちょっと目から鱗が落ちた感じです。
上田高校が甲子園へ行けるかどうか!? 
それもお楽しみです。



サマーウォーズ スタンダード・エディション [Blu-ray]
神木隆之介,桜庭ななみ,谷村美月,富司純子
バップ


2009年/日本/114分
監督・原作:細田守
声:神木隆之介、桜庭ななみ、富司純子、谷村美月

マザーウォーター

2010年11月09日 | 映画(ま行)
水と命の輝き



            * * * * * * * *

「かもめ食堂」、「メガネ」、「プール」でお馴染みのプロジェクト、
人と場所の関係をゆったりと描いていく作品です。
(そういえば「プール」はまだみていない・・・!)


今回の舞台は、豊かに水の流れる京都。
ウィスキーしか置かないバーを営むセツコ(小林聡美)。
コーヒー店のタカコ(小泉今日子)。
お豆腐屋さんのハツミ(市川実日子)。
この京都に生きる3人の女性を中心に、日常の生活が描かれていきます。
舞台は京都ながら、観光名所やお寺などは一切出てきません。
まさに生活の場としての京都。
時は桜開く春。



この3人をつなぐ役目がマコト(もたいまさこ)さんですね。
例によって彼女は言葉少なにゆったり、まったりとマイペースで一日を過ごします。
お仕事は散歩(?)。
何も事件は起こりません。
赤ちゃんが行方不明になったり、誰かが病気になったりもしない。
淡々とした毎日と少々の会話。

でも、ただ倦怠に沈んでいるわけではないのです。
変わりばえのない日常ながら、それぞれが前を向いて生活し、
ほんのちょっぴり変化しながら生きている。
瑞々しい春の風景。
川の流れ。
そして何よりもここに赤ん坊を配したのが効を奏しています。
この古都で、どれだけの人々の命が受け継がれてきたのでしょう。
そして今もまた、小さな命が芽生え、育ってゆく。
母なる水に包まれた命の萌芽。
赤ん坊の前で私たちがつい笑顔になってしまうのは、
その小さな命がまぶしいから。
こんなに全体にゆったりのんびりしながらも、
水と命の輝きに満ちて生命を感じさせる・・というのは
やはり京都という土地のなせる技か。
桜の舞い散る川縁でお昼寝・・・。
それもよし。
う~ん、癒されます。
(でも、これで彼女たちのお店はちゃんと成り立っているのだろうかと、
ちょっと心配になったりして・・・。)



ところでこの作品も、食べ物はフードスタイリスト飯島奈美さんが担当していまして、
どれもこれもおいしそうで、よだれが出てきます。
何しろただのお豆腐に醤油をかけたのが、特上のご馳走に見える。
やってみたいですねえ、お豆腐屋さんの店先に腰掛けて・・・。
あの大きな氷が一つだけのウィスキーの水割りというのも心惹かれます。
空豆のかき揚げや、卵サンド・・・。
この映画、空腹でみるとすごくつらいですよー。

2010年/日本
監督:松本佳奈
脚本:白木朋子、たかのいちこ
出演:小林聡美、小泉今日子、市川実日子、もたいまさこ、加瀬亮

「菱川さんと猫」 萩尾望都・田中アコ 

2010年11月07日 | コミックス
“ねこじゃらし”で化けの皮が・・・

萩尾望都・田中アコ短編集 ゲバラシリーズ 菱川さんと猫 (アフタヌーンKC)
田中 アコ
講談社


             * * * * * * * *

萩尾望都氏は本当に猫が好きなんですねえ。
少し前に「レオくん」という作品がありましたが、
今回は、田中アコさんという方の原作の漫画化です。
さて、この方、聞いたことのない方なのですが・・・
この作品、「ゆきのまち幻想文学賞」の佳作作品なのだそうですが、
この賞は萩尾氏が長年審査員を務めているそうです。
その関係で、この作品を気に入った萩尾氏が著者に直接オファーを取ったのだとか。
何ともラッキーな話しですが、
実際この作品、萩尾望都作品としても違和感なく、すばらしい仕上がりになっています。


元々、ストーリーは1話目「菱川さんと猫」だけだったわけですね。
ストーリーとしてはやはりこれがピカイチです。
雪深い街、穴森市。
白湯(さゆ)が会社に出てみると、菱川さんの机に座っていたのは猫だった・・・。
他の人にはちゃんと菱川さんに見えるらしいのですが、
何故か幼い頃から"化け"が見えてしまう体質の白湯には、
明らかにそれは菱川さんではなくて、猫。
会社の帰り、菱川さんに化けた猫の後をつけてみれば、
本当に菱川さんの家に入っていく。
問い詰めてみれば、この猫はゲバラという名で、
菱川さんにはお世話になっているので、
菱川さんが旅行に出ている間、替わりに仕事をすることにした・・・などという。
半信半疑ながら、白湯は様子を見ていたけれど、
いつまでたっても本物の菱川さんが戻ってこない。
さて・・・???

コミカルに描かれていますが、とても切ない物語です。
人の「死」とは何なのか。
心の奥にやんわりと語りかけます。
また、ゲバラは「化け猫」と呼ぶにはあまりにもキュート。
真剣だけれど、いい加減でもある、やっぱり基本的には猫だ。
なにしろ、白湯に「猫でしょ」といわれても、頑固に否定していたのに、
目の前でネコジャラシを振られるとついじゃれついてしまい、正体がばれてしまった・・・。
ちょっぴり出てくる津軽弁もまた、味があって、
この地方だからこんな猫もいるかな?とも思う。
元気で行動力抜群の白湯ちゃんもいいな。
他に、「ハルカと彼方」、「十日月の夜」
もちろんどちらもゲバラや白湯ちゃんが登場しますが、ステキな作品群です。

是非続編が読みたいな。

満足度★★★★★

ピアノの森

2010年11月06日 | 映画(は行)
山猿みたいな少年の紡ぎ出す音



          * * * * * * * *

以前から見たかったアニメです。

ピアニストの父親を持つ雨宮修平が、祖母の暮らす街にやって来ました。
そこには大きな森があって、何故かグランドピアノが一台おいてある。
ふと鍵盤をたたいてみるけれど音が出ない。
ところが彼と同級生の一ノ瀬海が、いとも軽々と音を出し、美しいメロディを奏でる。
この海は、ピアノを誰に習ったわけでもない。
小さい頃からここへ来ては気ままに音を出して遊んでいた。

天賦の才、というのでしょうね。
神が与えたとしか思えないその才能。
粗野で山猿みたいなこの少年の紡ぎ出すピアノの音が、私たちの心の奥まで響き渡る。


一方雨宮君は、努力家です。
父をピアニストに持ってしまった宿命で、
幼い頃からイヤでもピアノに向かわねばならなかった。
楽しいというよりはイヤで逃げ出したかったことも多かったでしょう。
でも彼は自分の努力の結果を信じている。
その彼が、なんの苦もなく楽しげにピアノを弾く海と出会う。
でも、彼は大人ですよね。
海をすばらしいと思う反面、自分のなかにある何か暗く重い感情にも気がついている。
天衣無縫な少年も好きですが、こういうふうにきちんと自分を律する少年も好きです。

ところがこの野放図な海少年は、コンクールの課題曲に苦戦。
指導者であるもと天才ピアニストのピアノとそっくりな弾き方になってしまう。
自分のピアノを弾きなさい、と、先生は言うけれども・・・。
海の自分のピアノとは・・・?
あの森のピアノに違いないのです。
さあ本番。
海は森のピアノを奏でることができるのでしょうか。


同じコンクールで緊張しきっている少女のエピソードも秀逸。
彼女のおかげで海くん自身の心も解放されていきますね。
いい物語でした。

ピアノの森 [スタンダード・エディション] [DVD]
上戸 彩.神木隆之介.池脇千鶴.福田麻由子.宮迫博之
VAP,INC(VAP)(D)



2007年/日本
監督:小島正幸
原作:一色まこと
声:上戸彩、神木隆之介、池脇千鶴、福田麻由子

「真田太平記(六)家康東下」池波正太郎

2010年11月05日 | 真田太平記
雷鳴轟く運命の一夜

真田太平記(六)家康東下 (新潮文庫)
池波 正太郎
新潮社


          * * * * * * * *

何だかいよいよ緊迫してきましたねえ。
そうだねえ。今や伏見城で頂点に立ったようにみえる家康なんだけど、
目の上のコブなのが上杉景勝と石田三成。
それぞれに戦の準備にかかっているというような噂が聞こえてきて、
家康はたびたび真意をただそうとして書状を送ったり、上洛するように催促したりするのに、
双方無視。

ついに業を煮やした家康は、上杉を討つ決心をする。
全国の大名に自分に味方するように告げて、自らは伏見城を出て自国、江戸に向かいます。
一方石田三成は、これを機に兵を挙げる。

諸国の大名は困惑・・・。東の徳川家康か、西の石田三成か・・・。
どちらも秀吉の遺児、秀頼を守ると言っている・・・。
どっちが正しいか、というよりも、どっちに味方すると有利か・・・ということだよね。
そりゃもう、自分の命だけでなく一族の命運にも関わってくるのだから慎重にならざるを得ない。
実にいろいろな武将がいて、それぞれが元の主従関係とか婚姻関係とか、
いろいろなしがらみでぐちゃぐちゃになって、それぞれ必死、
という状況が書かれていて興味が尽きないね。
そしてそれは真田家でもおなじなんですよ。
始め、信幸はもちろんなんだけれど、昌幸、幸村も家康の要請に応えて出陣するんだ。
けれども、この二人が頼りにしている幸村の岳父である大谷吉嗣が
石田三成側についたと聞いて、いよいよ決断をする。
会津出陣の途上、折しも雷鳴の轟く運命の一夜。
幸昌、信幸、幸村の三人の会議がもたれる。
ここですよね、一般には「真田の家を絶やさないように」あえて道を分けた・・・という風に言われていますが、
この本のこのシーンではそういう会話は出てこないんだね。
うん。そもそもここまで読んでいればどちらにつくかはわかりきっているもんね。
まあ、実際に、そういう心積もりもあったかも知れないけれど、
池波氏の解釈は、それぞれの意志をお互いに尊重したのだ、という風だね。
うん。あれこれ計算してというのではなくて、多くは語らず、それぞれの意志を確認した・・・と。
それで、昌幸と幸村は西側に、信幸は東側につき、明日からは敵同士・・・ということになってしまったんだ。
池波氏の解釈では西につきたいというのは昌幸の意志であって、
幸村は実はどっちでも良かったなんて書いてあるね。
うん、幸村はイデオロギーがどうこうというよりは、
何かの目的のためにまっしぐら、そういうことが好きなだけだって・・・。
まあ、だからこそ何だか爽やかな感じがするんだな。
それで、昌幸、幸村は徳川軍を離れて、上田に戻るんだね。
そう、それで今度は二度目の上田合戦へ・・・ということになっていくわけだ。


そんなわけで、いよいよ家康と石田三成の天下分け目の戦いへと入っていくんだけれど・・・、
まあ、言わずともこの結果だけは誰でも知っている。
著者は石田三成についてこんな風に言っているよ。
三成は知能はすぐれていたけれども人の心が読めなかった。
三成は優れた政治家であったとしても、すぐれた武将ではなかった。
うーん、厳しいけれど、だからこその結果なんだろうなあ。
その辺は、次巻でまた・・・。


小さな村の小さなダンサー

2010年11月04日 | 映画(た行)
政治に翻弄されつつも自分の道を行く



            * * * * * * * *

中国出身の名バレエダンサー、リー・ツンシンの半生を描いた作品です。
1961年、中国山東省の貧しい村に生まれ育ったリー。
ある日、学校に役人がやってきて適正試験を受けるようにと、リーを指名。
毛沢東の文化政策によって、才能がありそうな子が国中からかき集められた。
これはたぶんバレエだけのことではありませんよね。
とにかく11歳のリーは、何のための適正試験なのかも解らずに試験を受け、
パスをして、北京の舞踏学校に入ります。
まだ幼さの残る年頃、いきなり家族から遠く離され、愛国心をあおる厳しい訓練。

リーはそんな学校が嫌で、ちょっぴり落ちこぼれてもいたのですが・・・。
でも、そこにはいい師もいたのですね。
真に芸術性を目指そうとするチェン先生。
しかし、先生は反革命分子とされて学校を追われてしまいます。
学校での演目は革命賛美のプロパガンダ作品・・・。

幼い頃から徹底的にバレエをたたき込まれた彼らは、
確かにすばらしい技術を持っているけれども、そこには感情の発露がない、
とはチェン先生の言葉。



とにかくも、その学校で青年となったリーは、大きなチャンスに巡り会います。
アメリカのバレエ団の研修生となって留学。
中国で生まれ育ったリーにとっては、アメリカでの生活は大きなカルチャーショック。
この自由の国で、リーは才能を開花させていくのです。
アメリカの文化に触れ、また恋人も出来たリーは帰国するのが嫌になっていく。
でも、この国に残る方法は亡命しかない。
一時はほとんど拉致のような状態で、国に連れ戻されかけるのですが、
バレエ団の人々や弁護士の必死の努力によって、残ることが出来ました。

そのときの中国大使館職員の言葉。
「おまえはもう二度と国に帰ることが出来ない。
帰るところはないし、家族も同胞ももう一人もいないのだ。」

厳しい現実です。
そう言われると急に不安になりますね。
また、自分の我が儘で、故郷の家族はひどい目に遭っているのではないか・・・
と、罪の意識にも囚われる。
亡命というのはこういうことなのですね。
でも、すでにアメリカも彼の第2の故郷なのです。
決して独りぼっちではないし、彼を支えてくれる人も多くいる。
そして何よりも彼は彼のやりたいバレエをすることが出来る。

また、時代は進んで、中国のガチガチの体制が緩和されていきますね。
ラストは涙・涙・・・のシーンが待っています。
ほんと、泣かされてしまいました。
政治は人の運命を翻弄します。
だからこそのドラマなんですねえ・・・。


さて、この作品の主役、演技も出来てバレエも相当出来なければつとまらない。
私は始めご本人かと思ったのですが、
ご本人はもう50近いですよね・・・。
そのご本人はオーストラリア在住とのこと。
つまりオーストラリアで自らの半生を綴る手記がベストセラーとなり、
そのため映画化されたわけです。
だからオーストラリア作品。
なるほど・・・納得。

さてそれで映画化に当たり、主役を探すのが大変だったらしいのですが、
イギリスのバーミンガム・ロイヤル・バレエのプリンシパル、ツァオ・チーが抜擢されました。
この方、カッコいいです。
バレエのシーンがこれまたすばらしい。
彼の舞台シーンが見られるというのも何ともお得な作品なのです。

しかし、ラストは思い切り米中友好!!のCMみたいになっているのが
ちょっと引っかかりました。
でも、先ほども書いたとおり、これはアメリカ作品ではなくてオーストラリア作品。
だからそれは私の思い過ごしか・・・。
そんな引っかかりを抱えながら映画館を出てみれば、
昨今なにやら険悪な日中関係が思い出され、
しかしまた、狸小路のシアターキノ付近は、
いつものごとく観光に来た中国人が大勢いらっしゃる・・・。
日中関係、とにかく混沌としております。
中国の政治は、まだまだ油断ならない・・・。
思い切り感動した後でなにやら複雑な思いもかみしめてしまった、この一作。

2009年/オーストラリア/117分
監督:ブルース・ベレスフォード
出演:ツァオ・チー、ブルース・グリーンウッド、アマンダ・シュル、カイル・マクラクラン、ジュアン・チェン

「ホテルジューシー」 坂木司

2010年11月02日 | 本(ミステリ)
お仕事シリーズ、ホテル編

ホテルジューシー (角川文庫)
坂木 司
角川書店(角川グループパブリッシング)


          * * * * * * * *

この「ホテルジューシー」は、以前に読んだ「シンデレラ・ティース」と姉妹編でした。
大学生の浩美が、沖縄のホテルでバイトをすることになるのですが、
この浩美の親友がシンデレラ・ティースの主人公となった咲子。
二人は同じ夏をそれぞれの場所でバイトに励むわけですが、
双方のストーリーが一冊ずつ。
なかなか凝った趣向です。
坂木司氏の「お仕事」シリーズとでもいいますか、
いろいろな職業に就く主人公の奮闘がたのしくて、つい手に取ってしまいます。
「シンデレラ・ティース」では歯医者さんの受付。
「切れない糸」ではクリーニング屋さん。
「ワーキング・ホリデイ」では宅配屋さん。
それぞれ、初めてその仕事に就く主人公が、
いろいろな人たちとのふれ合いを通して成長していく物語です。
しかも、もともと著者はミステリ分野の方ですから、
「日常の謎」があり、それを解く楽しみもある。
まことにおいしい作品群です。


さてこの作品、浩美さんは、大家族の長女なので、とにかく働き者でしっかりしている。
きちんとしていること、正しいこと、まずはそれが大事。
この彼女が訪れたバイト先のホテルジューシー。
那覇のにぎやかな国際通りからほんの少し裏道に入ったところにありまして、
そうなると、もうウソのように人通りも少なく、目立たない。
格安の長期滞在型のホテルなのですが・・・。
変な安っぽいアロハを着てぼーっとしていいかげんなオーナー代理。
何につけアバウトな清掃担当の双子のおばあちゃんたち。
どうも彼女には勝手が違って調子が狂う。
なにやら訳ありなお客さんたちにも翻弄されて・・・。

沖縄特有の食べ物や風土、そういった雰囲気もたっぷりで、楽しめます。
ここでも、日常の謎がいくつか発生するのですが、
それを解くのはなんとあのぼーっとしたオーナー代理。
彼は昼間はそんな風なのですが、夜になると別人のような冴えを見せる。
彼は典型的な夜型人間で、従って昼間はダメなんですね・・・。
しかし、このヒトは本当に大人でカッコイイ(夜は・・・)。
「正しいこと」を貫こうとするあまりに、
行き詰まりうまくいかなくなってしまう浩美に、
オーナー代理は言います。

「正しくないから助けてあげる。
何とかしてあげる。
あたしがいなくちゃあの人たち、どうしようもないんだから。
そういうのって、片目をつぶることの出来ない子供の理論だね。
正しさは尺度にならないって、もう十分にわかったはずだよ。」


う~ん、そうですね。
それぞれのヒトがそれぞれの「尺度」を持っていて、
それをお互いに認め合うのが大人の付き合いというもの・・・。
しかし私などいい年して、実際はそういうことがなかなかできないのだなあ・・・。
イヤ、いい話でした。
それで、とうとう最後まで浩美さんの「ドキドキ」は、
進展も何もなかったのですが、
その余韻が逆に何とも爽やか。

著者の次なる「お仕事」が楽しみです。

満足度★★★★☆

セラフィーヌの庭

2010年11月01日 | 映画(さ行)
絵を描くことの至福を得た代償



            * * * * * * * *

生命力をたぎらせて美しく咲き乱れる花、花、花・・・。
まずはこのような絵に心奪われます。
フランスに実在した女性画家セラフィーヌ・ルイの伝記的ストーリーです。

1912年、パリ郊外のサンリス。
セラフィーヌは、家政婦をしながら貧しく孤独に暮らしていました。
唯一の心のよりどころは草や木と対話し、そしてまたひたすら絵を描くこと。
誰かに習ったわけでもないし、また、誰に見せようというのでもない。
守護天使の啓示のままに筆を、指をすべらせていく。
そんなとき、ドイツ人の画商ヴィルヘルム・ウーデが彼女の絵に目をとめます。
その無垢で激しい絵に魅せられた彼は、
セラフィーヌにもっと絵を描くように勧めるのですが、
1914年、第一次世界大戦が勃発。
ウーデは敵国人ということになってしまったので、帰国してしまいます。

それからまた時が巡り、1927年。
ウーデが再び来仏。
その間もセラフィーヌはひたすら絵を描き続け、技術も上達しています。
そこで、個展を開く話も出るのですが、これがまた時が悪い。
1929年、世界恐慌。
不況のあおりをまともに受け、個展も開けなくなってしまった。
その頃から次第に、セラフィーヌは
現実と絵と守護天使の境界があやふやになってきて・・・


彼女は絵を売りたかったわけではない。
ただ、人々の賞賛がまぶしく、うれしかったのだろうと思うのです。
というのは、彼女は常に貧しく、ほとんど人から褒められるようなことも、
目を浴びるようなこともなかったのだろうと思えるから・・・。
その絵は彼女にとっては生きるすべて。
生を否定されては、もう死んだも同然・・・。

彼女の守護天使は、彼女に絵の才能と描くことの至福を与えた代わりに、
人として生きるほんのささやかな幸福は奪ってしまったかのようです。
いや、その無垢さのあまり、
現実に対応出来なくなってしまったというべきなのか。
改めて見ればまた、切ないほどにじんわりと胸を打つ、花・花・花・・・。


映画のオフィシャルサイトで、彼女の実際の絵をみることができます。
→セラフィーヌの庭

2008年/フランス・ベルギー・ドイツ/126分
監督:マルタン・プロボスト
出演:ヨランド・モロー、ウルリッヒ・トゥクール、アンヌ・ベネント、フランソワーズ・ルブラン