イギリスのオッサンたちの本だ。それもベビーブーマーの労働者階級。日本じゃまるっきりイメージできない括りだよな。サッチャーの緊縮強行と激しく戦い撃破され、今もなお、その怨念を心に秘めて、EU離脱派の中心になった?オッサン、いやジジイたちを、反緊縮をアナーキーに主張するブレイディみかこが愛しく切なくコミカルに描き出す。
感想としちゃ、オッサンたちに託して語られるイギリス庶民の暮らしぶりや、その巧みな語り口の大絶賛から始めにゃダメだろうな。と、思いつつ、音楽の話しだ。
映画でも演劇でも、バックに流れる音楽てのは必須アイテムだよな。シーンのイメージや登場人物の思いを情感的にサポートしてくれる。テーマ音楽がその作品と絡み合って、もうその曲なしに語れない、なんて名作も数多い。ほら、思い出すだろ、あのメロディ!「太陽がいっぱい」のニーノ・ロータとか、「荒野の用心棒」のジュリア―ノ・ジェンマって、古い!今だって、アニメにゃ魅力的な主題歌が欠かせない、はずだろ、知らないけど。
演劇となると、ミュージカルなんかの音楽ものを除けば、映画ほどの親和性はないようだが、効果的にBGM使う舞台は少なくないし、場面転換とかシーンの切り替えの時なんかは絶対欠かせない。
でも、本!となると、これは相性悪いなぁ。ページ開いても、文字を追っても、音楽が流れ出しゃしないもの。村上春樹みたいにしょっちゅう曲目に言及してくる作品もないわけじゃない。でも、彼の高尚な趣味のクラシックやジャズとなると、よしっ聴きながら読むか、とは行きにくいもんだ。あるいは、曲名聞いただけで、その音楽が流れる人なら別だろうけど。
で、『ワイルドサイドをほっつき歩け』なんだが、前書きが「ぼくらはみんな生きている」の替え歌から始まるんだ。「おっさんだって生きている、生きているから歌うんだ。おっさんだって生きている、生きているからかなしいんだ。手のひらを太陽に透かして見れば、彼らの血潮だって(増えた脂肪で濁ってるやつもいるが)真赤に流れてる。」こりゃ嬉しくなるぜ。
で、最初の注意書き、エッセイに織り込まれた曲を聴き、歌詞を調べて読めば楽しさ倍増!とある。
なるほど!この手があったか。たしかに、音楽がとても上手にはめ込まれてるんだ。さすが、パンクロッカーくずれ?でも、どうやって聴くのさ?って、PCあるじゃないの、目の前に。スリープ状態にしておいて、その個所に来たら、曲名を検索してYouTubeとかSpotifyで聴く。ほう、これは新しい読書経験だぜ。
例えばこんな感じだ。ぶよぶよと醜く太った(なんて身も蓋もない書き方はしていない)車椅子生活の連れ合いを、心底愛おしむ美人妻。周囲が訝るこのアンバランスな二人に、映画『グラントリノ』の名曲がかぶさる。「あなたの世界は あなたが残してきた すべての小さなものたちに過ぎない」しんみりとピアノの弾き語りが人生の機微を映し出す。さっそく、PCを開き、グラントリノを検索。おお、たしかにこんな曲が流れていたぜ。いい映画だった。いい音楽だ。
かと思えば、兄の一周忌、イギリスではアニバーサリーと呼んで賑やかに故人へ思いをはせるそうなんだが、なんと仲間のオッサン、おばさんたちを集めたのはサッカーユーロ、イングランド戦の当日。サッカー大ファンだった兄を偲びつつ、中継を見ながら盛り上がろうぜ、って意図だ。ビール片手に応援に熱が入るが、試合はイングランドの敗退!打ちひしがれる男たちの罵りが歌へと代って行く。パイントグラスを高く掲げ、左右に体を揺らしながら。「いつも人生のブライト・サイドを見よう」。これはYouTubeで見た。な、なんた?こりゃ、十字架に磔になった男が歌ってる!かなりのインパクト、かなりのいたずら!初めて聞く曲だったが、亡きサッカー野郎を偲び、彼の人生の小さな輝きを懐かしむのに相応しい曲だった。
さらに、息子たちが一人立ちして、家に閉じこもった母親を、ウツの心配から久しぶりに訪ねてみると、落ち込むどころか、激しい創作意欲に駆られて巨大な壁画を仕上げていた。その逞しい姿に思い浮かべる曲は、ケイティ・ペリーの『Roar』。うん?どんな曲だ?
「アタシは虎の瞳、闘士の瞳で、炎の中を舞う アタシは王者、この雄叫びを聴きなさい 獅子よりもけたたましい、けたたましい声 アタシは王者、この雄叫びを聞きなさい」これ、聞いたことあるゾ!そうか、ZUMBAだ!ZUMBAで踊ってた曲だ。こんな使い方があったんだ。そう、元気でるよな、この曲なら。伝わる、伝わる、母親の生命力の迸りが。
そして、オッサンたちに捧げるラストソングは『Praise You』。
「長 い長い道をともに歩んできた 苦しいときも、いいときも、あなたを祝福しなくちゃ ベイビー あなたを褒め称えなくちゃ 私はそうすべきだから」
そう、長い人生、いろいろあったけど、それぞれ大切に生きて来たよね、あんたたち。しんみりといい終わり方だぜ。ありがとう、ブレイディみかこ!