自然治癒力セラピー協会=Spontaneous Healing Therapy Japan

自然治癒力を発揮させるために、心と体の関係を考えます。

秀真伝えダイジェスト版(5綾)

2021年07月15日 | 超古代日本の精神(ホツマツタヱ)

和歌の持つ、精神的意味~黄泉平坂(よもつひらさか)の巻     2021/7/15

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俳句や短歌は、いまだに日本人に

愛されている、日本文化の一つだろう。

5・7調の限られた文字数の中の

行間に込められた、深い情感を

季節感とともに味わうその繊細で、

優雅な感覚は、日本精神の美学

に通じるものかもしれない。

 

では、和歌の魅力は、どこに、

端を発しているのだろうか?

今日、お伝えする、秀真伝え

5綾の中に、そのあたりが、

詳細に語られているので、ご紹介したい。

 

5綾(あや)で登場する人物は

大物主(奇杵命=くしきねのみこと)、

思兼命(おもいかねのみこと)、

花杵尊(はなきねのみこと)、

などである。

もっとも重要な役は、

イザナギ・イザナミの尊(みこと)

が演じられている。

 

さて、この5綾の秀真伝えの中での

タイトルは、”和歌の枕詞(まくらことば)

の綾”となっている。

どうして、枕詞が発生したか?という

疑問を、クシキネノ尊が、オモイカネ尊

に尋ねるシーンから始まる。

(まるで演劇を語るように述べているが、

どうぞ、皆様、想像なさりながら、

お読みください)

 

この謂れ(いわれ)は、その昔、

イザナギ・イザナミの尊の時代に遡る

(さかのぼる)と、オモイカネノ命は

話を始める:(以下そのお話し)

(傍線部分は、神のお名前)

 

”その昔、近江の国で、国造りを

始められた、イザナギ・イザナミ

の尊は、民の言葉を整えようと、

アワの歌48音を造られました。

 

上半分の24音を、イザナギ尊が、

下24音を、イザナミ尊が詠い連ねて、

民に押して、そのアワ歌の

言霊の力で、音声の路が開き、

民の言葉も正しく整うことが

できました。

 

それから、二神は、筑紫に行幸

されて、そこで常世の国の象徴で

ある、橘(たちばな)の木を

植樹され、そこで御子を産みました。

ツキヨミの尊です。

 

それから、熊野に行幸されて、

そこでも、橘の木を植樹され、

そこで皇子が生まれました。

花杵尊(はなきねのみこと=スサノオ)

と名付けられましたが、この皇子

の気性は荒々しく、成長するにつれ、

その悪戯も度を超えていき、

ついに、母君である、イザナミは、

自ら息子の汚れ(隈)を我が身に

受けようとして、隈の宮(くまのみや)

(現在の熊野神社)を御建てに

なられたほどでした。

 

しかし、母君の痛むお心を傍らに、

花杵尊(はなきねのみこと)は、

その周辺の民の大切な生活の

よりどころであった、御山木

(みやまぎ)まで、焼いて

しまわれたのです。

その時、母君(イザナミ)は、

その山火事になりそうな、発火を

抑えるため、火の神である、

カグツチの神を召喚しましたが、

その火の神の勢いは余りある

ものがあり、母君の御身が

焼かれてしまい、瀕死のお体に

なりました。

 

その時に、イザナミ尊は、最後

の力を振り絞って、召喚された

神々がいました。

土の神である、ハニヤスメの神

水の神である、ミズハメの神でした。

 

さらに、この時、ハニヤスメの

は、ワカムスビの神を呼ばれ

ました。

こうして、これらの神々は、

うけの御霊と呼ばれる、神々となり、

ワカムスビの神は養蚕、農耕を

司る神として、世の人達に、

それらの技術をお広めになり

ました。

そして、イザナミ尊は命が絶えました。

(須田注;うけの御霊は、

現在の稲荷神社に

祀られている神でもあります。

ほかに、荷田麿命、保食神も、

祀られて 三神を荷田神と呼び

稲荷神社の、稲荷の由来と

なりました。)

 

さて、妻の死の知らせを受け取った、

夫君のイザナギ尊は、イザナミ尊

の亡きがらに、一目、浴さんと、

遺体の置かれた山の洞に、

向かったのです。

”姉上様の遺体は、決して、

ご覧になってはいけません”

と、妹のココリ姫箴言されても、

それに耳を貸しませんでした。

 

妻の亡きがらが安置されて

いるところに、到着しました。

遺体をご覧になると、そのお体

には、蛆がたかり、腐敗が

始まってました。

悲嘆にくれて、御帰りになった

ものの、まだ、未練が残り、

その夜再び、遺体が安置されている

洞窟に行かれたイザナギ尊でした。

ところが、亡くなったはずの

イザナミ尊が、面前に顕れて、

夫のイザナギ尊に言いました。

 

あなた様は、わたしの醜い姿

をご覧になった上に、また

いらして、私に恥をかかせ、

恨みます’

と、えらくお怒りになり、

醜女(しこめ)8人に、

イザナギ尊の後を追わせて、

その場から追い払おうと

なさりました。

[スダ注:このあたりが、黄泉平坂

(よもつひらさか)の下りとして、

古事記でも有名はお話しに

なっています]。

 

イザナギ尊は、這う這う(ほうほう)

の体で、ご自身の宮に戻られると、

その穢れをとるために、

熊野宮の傍を流れる、音無川で

禊(みそぎ)をされました。

そして、自ら、ヤソマカツヒの神

カンナオヒの神オオナホヒの神

を召喚なさり、これからの加護を

お祈りされました。

 

次に、筑紫のあわきに行かれて、

中川で禊されると、ソコツツヲの命

ナカツツヲの命ウハツツヲの命

を招き、この三神は、カナサキの

命に祀らせることにして、自らは、

アツ川に向かわれました。

そこで禊をしたのちに、召喚した、

ソコ、ナカ、ウハの海神(わたつみ)

命は、宗像命(むなかたのみこと

に祀らせました。

 

これらの神々の招来で、国(やまと)

は栄え、葦原(あしはら)に生えて

いた葦(あし)を引き抜いて、

1500の田んぼも増やし、秋になれば、

稲が生育して穂が成り下がり、

明るい国造りを為し得たのでした。”

 

と、オモイカネの尊は語ると、

さらに話を、本題である枕詞の

意義に続けました。

 

”さて、枕詞(まくらことば)の

最初の質問に戻ると、こうした

背景の理解のもとに、お答えで

きます。

足引きの’という枕詞は、’山’

にかかります。

それは、イザナギ尊が、黄泉平坂

の山から、醜女(しこめ)達

に後を追いかけられ、一目散で

逃げて、足を引き引き帰った

ことに由来します。

 

そして、もう一つの ’あしびき’ 

つまり、’葦引き’ は、’やまと’ 

にかかります。

これは、葦を引き引き、沼地を

開墾して田んぼをつくり、

大和の国をつくったからです。”

 

とオモイカネが”足引きの”の

枕詞について語ったあと、

次の枕詞の話に、進みます。

 

”’仄々(ほのぼの)’は、’明け’に

かかり、’鳥羽玉(ぬばたま)’は、

’夜’にかかります。

これは、ワカ姫が、きしいの国で、

オシ草を振って、害虫を掃った

話から来ています。

 

仄々(ほのぼの)とは、オシ草

の黄色の花を意味します。

漆黒(しっこく)の、鳥羽玉

(ぬばたま)の花は、赤い斑点

をもつことから、害虫被害で、

闇夜と化した、きしいの国に、

再び、稲をよみがえらせたという、

ワカ姫の功績をも、象徴しています。

(詳細は、秀真伝え1-10に出ている)

 

’島つ鳥’は、’鵜(う)’にかかります、

これは、川の流れの中、朽木

(くちき)に止まる鵜を見て、

筏(いかだ)を発明した、シマズヒコ

の命の’鳥’を意味しているのです。

(詳細は、秀真伝え27綾-12に出ている)

 

又、’沖つ鳥’は、’鴨’と'舟’にかかります。

これも、シマズヒコの命の子、

キツヒコの命が、鴨の泳ぐ風情

をみて、櫓(ろ)の舟を考案した

事績からきているのです。

(詳細は、秀真伝え27綾-12に出ている)

 

このようにしてみると、この綾に

書かれている神の歌

[スダ注:5・7調で、秀真伝え原文は、

歌形式として書かれているので、

このような表現をする]

の背景にある教えを、真摯に学べば、

鳥羽玉(ぬばたま)のような

夜のように暗い心でも、悟りに

目覚めて、心が明るくなることが

わかります。

 

心を清めるためには、歌に

したがって浄め、身を清める

ためには、禊(みそぎ)を行って、

清めるのです。

これが、’やまとの道’といわれる、

’歌の道’でもあるのです。”

(以上オモイカネの言葉)

 

黄泉平坂(よもつひらさか)は、

生と死を隔てる幽界の境界線でも

ある。

死が忌むものという発想は、

遺体に蛆がたかり腐敗している、

イザナミ尊の姿をここで登場させる

ことで古代から存在していたのだろう。

そこで、その境界線から、這う這う

の体(ほうほうのてい)で生還した

イザナギ尊は、禊(みそぎ)を三度、

毎回、異なる川で行い、天から守護

の神々を呼び、身を清め、やまとの

国を、もっと、栄えさせたことが

わかる。

 

歌の道の中で、こうした、超古代

に残されている神の話に因み、

”枕詞”が生まれたことも、興味深い。

 

 

 

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秀真伝えダイジェスト版(3綾)

2021年06月14日 | 超古代日本の精神(ホツマツタヱ)

宇宙創成のお話・・・  

2021年6月14日

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⑥秀真伝第三紋に進みましょう。


ここでは、イザナギ・イザナミの二神の間には、一人の姫君と、

三人の皇太子が生まれたのですが、産屋は五つ、ありました。 


”それは何故か?”という、質問を、ツワモノヌシ尊が、

カナサキ命に問います。

 

その理由は、一人の御子を、イザナミは流産された

からでした。

何故、流れてしまったのか・・・


それがこの紋の、大切なポイントになっています。

次のように、本文には秀真文字で次のように、書かれて

います。

 

”あうときに、めは、あなにえや 

えおとこと、おは、わなうれし 

えおとめとうたいはらめど 

つきみてず えなやぶれうむ 

ひよるこの あわとながるる”

 

これを現代的に書き下すと、

"逢う時に、女神(イザナミ)は、

’あなにえや 良い男’と声を先にかけて、

男神(イザナギ)は、

それに応えて’嬉し 良い乙女よ’

と 詠い、結ばれて、妊(はら)めど、

月満てず、胞衣(えな)破れ、生まれた

のは ひよる子(流産した赤子)の 泡と流るる”

 

つまり、女性神、イザナミが最初に、イザナギの尊に

声をかけました。

”ああ、良い男神だこと!”と。

それが、流産した原因の一つだというのです。 

 

どういうことか、もう少し詳しく見てみましょう。

秀真文字(ほつまもじ=おしで)では、陽を表す

天(あま)の”あ”は、左回りの図形です。


一方、陰を表す地の”わ”は右回りの字です。

以下をご覧ください。

 

この、くるくる回っている、秀真文字の”あ”音は、

左周り(上の字)が、陽(よう)で、右回り(下の字)

の”わ”音で陰性を表します。


これは、天地創造の際、まず、”陽の気”が上にあがり、

”天”ができ、それから、重い”陰の気”は下に下って、

”地”となったと ほつま伝えには、書かれています


言い換えれば、陽の象徴である、男性神から、陰の

象徴である女性神に対して、声をかけることが、本来の

宇宙創造の理に適っている、ということだったのです。

 

ところがそれを知らずして、、

イザナミ(女性神)は、時計回り、つまり、右回りに、

太い柱をまわり、自分から先に、イザナギ(男性神)

声をかけたことから、結ばれても、”事を得ず”、つまり、

子供を得られなかった・・という結果でした。


話は脱線しますが、こうして、”右左”の意義や意味を

考えてみると、日本古来の伝統服、着物は、右前で、

左側の衿が、右の衿に被さります。


これは、上[天)に左側の衿が来ていると言うことで、

陰陽の理にかなっているわけです。


わたし達の祖先は、この天地創造の左と右の意味を、

先天的に知覚していたということなのでしょうか・・・


また、昔の日本では、文字は、左から右に書かれて

いましたから、現在のように、向かって左から右

(つまり、右から左)に書かれる

ようになったのは、西洋文化の影響でしょう。


例ですが、下の古い新聞の記事の見出しは、向かって

右から左(つまり、左から右)に書かれています。


これは、本来、日本語は、縦書きで、向かって、右から

(つまり、字を主体にすると、左から右)に書かれて

いたからです。


外国語の辞書などを編集するようになった江戸時代から

明治にかけて、日本語は、向かって左から右に書かれる

ようになったとされます。

 

 

話を元に戻しますと、その天地創造の際の、アとワの、

陽と陰の法則を、省みた二神は、次に、男性神イザナギ

左回りで、声掛けも、男性神のイザナギからしたところ、

それを受けた女性神イザナミは、無事に妊娠・出産

できたのでした。

 

さらに、もう一つ、見逃せない点があります。 

このとき、イザナギが詠った歌、イザナミが詠った歌を、

”天のアワ歌”と呼びます。


この歌の特徴は、声掛けして、文字数が、子供が

できなかったときの歌の音数と、異なっていることと、

出だしの音(おん)が、先ほど、述べた、陽の天を

示す、”あ”から、男性神がうたい、それに応えて、

女性神は、地、つまり、陰を表す”わ”の音から

詠いだしているのが特徴です。


以下をご覧ください。

なにえや、うましおとめに あひぬとき”

~男性神 イザナギの歌

なにやし、うましおとこに あいきとぞ”

~女性神 イザナミの歌

 

さて、こうして、最初の質問の、産屋が”5つ”あると

いう質問は、解決つきました。


ちなみに、整理しますと、天の原見山[富士山)の産屋

では、

天照大神(あまてらすおおかみ)、

つくば山では昼子姫(和歌姫)、

淡路州では、流産したひよる子、

九州の月隅では、月読尊(ツキヨミ)、

そして、熊野では、スサノオ尊


お生まれになっています。

秀真伝によれば、この二神は、近江の地に、宮殿を

建てて、御柱を、宇宙創造の時の天の御柱(みはしら)

見立てて、そこに置いてから、今まで お話しした

ような方法で、その柱をまわり、

御子を御つくりになりました。


ところが、最初は流産した御子、(秀真伝えでは、

ひよる子と呼ぶ)、でしたので、日高見(ひだかみ)

トヨウケ神のお知恵をお借りして、過ちを正して、

先に述べたような、宇宙の理にかなった、御柱巡りの

伸事を行うことができ、無事に出産できたのでした。

 

さて、いかがでしたか?

”宇宙創成のお話し”も、ダイジェスト版に載せました。


もう一度、まとめておきましょう。

秀真伝を理解するためには、この箇所はとても意味が深い、

重要なポイントだからです。


~宇宙創成の順序~

①アメミヲヤノ神が、最初の一息(初の一息)を入れる

②その息は、東へ上り、西に下る

③上りながら回転していくので、ちょうど竜巻のように、エネルギー

を持った空態"天の御柱”が出現する

④そこから陰と陽が、生まれる

⑤陽の気は、空に上がり、天となり、陰の気は、地に巡り、陸となった

⑥5元素が、その気のエネルギーから生まれる。 つまり、空、風、火、

が陽の気から、水と埴(はに)が陰の気から生じた。

⑦アメノミナカヌシが、初めて 5元素が和合した中から生まれる

 

そして、クニトコタチの神や、8神が、地球に出現され、ここに、

日本という国も出現することになりました。

 

次回に続きます・・・

 

 

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秀真伝え(ほつまつたえ)ダイジェスト編(初綾・2綾)

2021年06月09日 | 超古代日本の精神(ホツマツタヱ)

天照大神は男性神・天地創造と5元素・お酒の由来・・の明記 

2021/6/9

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”ヨガのイロハ”というタイトルで、インド哲学の

ヴェーダ論をご紹介している途中ですが、

少し気分転換を兼ねて、紀元前5千年前の

ヴェーダ哲学から、紀元前数万年前の、

日本の超古代史の、秀真伝えに、

ジャンプさせていただきます。

 

私自身が注目している、ヴェーダ哲学と、日本人の

精神遺産の共通性は、以下です:


”中心帰一(空への回帰)”、

”和の精神”、

”赦すこと”、

”人の本質が神なり”


超古代に編纂されたといわれる、

”秀真伝(ほつまつたえ)”の、内容からも

これらを読み解くことができます。


今日は、秀真伝えの序章というべき

①”秀真伝を述ぶ”というタイトルの、前書き

部分から、 ②”東西の名と穂虫去る綾

(きつのなと、ほむしさるあや)”の第一紋

③”天神七代床酒の紋(あめななよ とこみきのあや)

と称する第二紋、

そして、次回には、④”一姫三男生む殿の紋

(いちひめ、みおうむ、とののあや)”の第三紋

抜粋をお送りしたいと思います。

 

① 序章には、この秀真伝の40綾を 

”おおたたねこ(大直根子)”

なる人物が、234歳の時に、編纂して

まとめたということが

書かれています。


そのことは、秀真文字を現代的に書き下ろすと、

次のように明らかにされています。

 

”磯の輪の 真砂(まさご)は、よみて 尽くるとも

ほつまの道は 幾世、尽きせじ”

(三輪の臣(みわのとみ) おおたたねこが捧げんと 

ふもみそよし(二百三十四歳)謹みて(つつしみて) 

押す)”

 

②さて、そのほかに、この序章には、天照大神

(男性神)が、安国宮(やすくにのみや)

称する、富士山の麓の宮殿で、素晴らしい行政

をされたこと、その次の代には、ご長男で

ある、皇太子”をしほのみみ”が東北の多賀

あたりにあった宮殿で 国を押さめられたこと


そして次には ”ほのあかり”の皇孫が、香具山

(かぐやま)の飛鳥の宮で、そして、弟君の

”ににぎね”が、新治(にはり)の宮で、新田を

開拓して国を豊かにしたことなどが、俯瞰的

(ふかんてき)に、さくっと簡単に綴られています。


この序章だけに書かれている大切な点は、”秀真伝”が

ほかの、文献と異なり、その信憑性の高さについて、

次のように述べられていることです。


”そのふみは、 ほつまつたえに 勝るなし  

今、世に残る家々の ふみもそれぞれ 変わりある 

たれを真(まこと)と 為し難し" 

 

と 五七調で、語られている箇所です。


ここで、”ふみ”とは文献をさし、意味としては、

”今、世の中に残っている、それぞれの家に

伝えられている文献は、すこしずつ、時代と

ともに変化してきているので、どれが本当の

ものかは、判断がつきかねないようになっている。”

ということです。

 

そして、ここでは、秀真伝がほかの文献と異なる、

その具体的箇所を指示しています。


初紋(第一章)は、”和歌姫”(わかひめ)の

お話しです。


この姫は、イザナギ・イザナミの両二神の御子です。

厄年(やくどし)という親神の年回りに生まれた姫

は、まだ、乳飲み子にもかかわらず、厄よけのため

当時のしきたりで川に流されるました。


そのとき、カナサキ(金折命)が川から”姫”を抱き

上げ、拾い、自宅で、養育をするのです。

その場所が、現在の兵庫県・西宮の廣田(ひろた)

神社といわれています。


ひろた神社の、”廣田”は、”拾った”、という言葉

から来ているのです。

さて、この紋で、大切なことは、カナサキは、

和歌姫に、”アワ歌”教えたという話です。


アワ歌とは、

”あかはなま いきひにみうく ふぬむえけ 

へねめおこほの もとろそよ をてれせえつる 

すゆんちり しいたらさやわ”

の48文字からなる、5・7調の歌です。


この歌を、常に歌っていた姫は、気の路である、

24経が通い、順気がまわるために健やかに、

育ったと記されてます

 

和歌姫は、’ワカヒメ’に漢字をあてはめたもの

ですが、この和歌の字が、現在の和歌山県の

由来になっていることが、この紋に

出ています。


それは、当時、和歌山は、”きしいの国”と

呼ばれてましたが、害虫(イナゴの類)

大量発生しました。


天照大神の御妃の、ムカツ姫とともに、その

害虫を掃うために共に、現地に赴いたワカ姫は、

次の歌を詠んで虫を追い払いました。

 

”たねはたね うむすぎわかめ 

まめすめらの ぞろはも はめそ 

むしも みなしむ”

 

これを、360回、唄ったところ、虫は飛び去り、

田んぼの稲は、又再び、緑に蘇ったと、書かれて

います。


言霊(ことだま)の威力が、ここに書かれていて、

日本に伝わるお祓いの言葉も、こうした、古代から

の”言霊”の威力を伝承し、発揮したものと

考えられます。


この場所を、ワカ姫の業績をたたえて、和歌の国、

つまり、現在の和歌山県と、呼ぶようになった

のです。

 

⑤次の 第二紋は、皇太子オシヒト(忍仁尊)

結婚前に、タカギ(高木命)がお酒の由来について

聞く場面から始まります。

 

それには、天地創造の歴史から、お酒と呼ばれる

飲み物が出てくる背景として、天照大神は、お話しされます。

天照大神の語ったお言葉を、簡単に要約すれば、

こうなります。

 

まず、天地創造以前の宇宙は、混沌としていて、

まだ、天地にわけられていなかったが、’天の御柱’と

いわれるエネルギー態の宇宙を貫くような柱に、

あめのみおや神(宇宙創造神)が、息をふきかけました。”

 

”陽の気”は軽く、上に登り天を創ったといいます。 

そして、日の輪(太陽)が、天のエネルギーの

集結でできました。

 

一方、”陰の気”は重く、下に下にと降り、ついに、

地を造り、その時に陰の象徴でもある、月が

できました。


そうこうして、”5元素”といわれる、物質的な

元素が生まれ、その5元素が集まり、人の姿

として、アメノミナカヌシの神が

出現します。


次に、クニトコタチ(国常立尊)といわれる

神様が出現します。

この神から、さらに8体

(ト・ホ・カ・ミ・エ・ヒ・タ・メ)の 

御子が出現して、地球上の津々浦々の土地に、

降り立って、そこを開拓し、独自の古代文明

造りながら、それらの地域を治めたのでした。”

 

それらの8体の神々が治めた場所とは、古代文明の

発祥地ともいわれます。


たとえば、黄河流域や、チグリス川や、ガンジス川、

ナイル川などの豊かな土壌に造られた、中国や

インド、エジプトなどの文明の発祥地形成に関係が

あるのではないでしょうか?

 

実際に、”カ”と呼ばれる神は、古代中国におり

たったようです。 

それで、今でも、中国を"中華(か)”と呼びます。


日本は、ト と エと呼ばれる2神が、日本

文化文明の土台を手掛けています。(これは

秀真伝に書いてあります)


古代日本は、大和と呼ばれていましたが、ヤマト

のトは、この"ト”の神が造られたため、

されています。

 

さて、元々の主題は、”お酒の由来”でした。 

話を戻しましょう。


天照大神は、こうして、宇宙が創造され、ついに、

人間の形をした神々が生まれとところまでお話しに

なりました。

 

いよいよ、そこから、お酒が出現するのです。

天照大神は言葉を続けます。

”今、お話しした、クニトコタチの子孫が、

ウビチニ、スビチニという、二神です。


前者は男性神、後者は女性神で、秀真伝えの

中で、最初に出てくる最初の、陰陽の性質

を持った、神々です。


この両神様に対して、3月3日の(今の

ひな祭りの由来)桃の花が満開の夜に 

お酒なるものが献上されたのです。


まず、女神からその酒を口にして、次に

男神がその酒を飲んで、二人は、その後

結ばれました。”

 

ちなみに秀真伝では、その、酒の入った容器

には、月が’さかさまに映り込んでいた’と書かれ、

それをもって、その容器を”逆さ月”、それ

なまって、”さかずき”と呼ばれたと

書かれています。


こうしてニ神が共に酒を交わして、床についたと

いうのが、現在に続く、婚礼式の、”三々九度”の、

始まりです。


この紋には、ウビチニ・スビチニの二神のあとに、

カップルとなった、神々のお名前が、登場して

ますが、省略します。

 

この紋で明記していることは、初めて、男女神

が神々の歴史の中で登場し、それが、ウビチニ、

スビチニ というカップルだったということです


イザナギとイザナミの両神は、それから時を経て

登場します。

この二神は、天照大神の御両親となる、重要な

二神(ふたがみ)です。

 

そして、この二神の時代に、超古代の日本に、

食生活、養蚕の技術、など人民の生活基盤が

造られ、国は、安定したと、秀真伝えにあります。


そして、この二神が結婚するときも、床酒

(とこみき)と称して、お酒を三々九度のように、

女神から召し上がり、イザナギが次に、

飲んだことが記されてます

 

ちなみに、酒の由来ですが、これは、

スクナミ神が創ったものです。


その由来は、

”たけかぶに すずめが もみを いるをみて 

みきつくりそめ すすめけり” と書かれている

ように

”竹株に居た雀が、その竹株に籾(もみ)を入れて、

自然に発酵したのを知り、酒造りを進めた”

とあります。

 

何故、”さけ”と呼ぶかというと、先ほどの、

初めの男性女性神に、それを献上したときに、

”ささみず”と、その酒の名前をいただき、

それが短くなり、”ささけ”になり、

さらに、現代の発音どおり、”さけ”、つまり

”酒”になったと、秀真伝第二綾紋に、書かれて

います。

 

さて、次回は、秀真伝 ダイジェスト版(下)で、

イザナギ・イザナミの二神と、日本の文化の原点

ともいえる、男女の根本的な立場の違い

どちらが優劣ではなくて)と、

文化のルーツについて、第三紋から見てみましょう。

 

 

 

 

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令和時代の幕開けに;天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)

2019年05月01日 | 超古代日本の精神(ホツマツタヱ)

 

色即是空の形象と高天原の形象の一致 2019・5月1日

***********************************************

特別篇) 今日は先回の続き“臨死体験”の

心理学から見た解釈を投稿する予定でしたが、

令和になった一回目の記事なので特別篇を

お送りしたいと思います。 


本日から、平成が改元されて令和時代となり、

新しい元号のきっかけになった、万葉集の解読書

が人気を博している昨今、もう一度、日本の

精神的遺産である”日本人の精神的ルーツ”

を古事記などを、紐解いて考えるのも意義が

あると思います。


(ただし、私が研究している、ホツマツタヱと
古事記は、内容が’雲泥の差’を観るところが多々あり、
矛盾点はご了承ください。

同時に、追記を、同日のブログとして、発表して
いるので、合わせて、どうぞご覧ください。)

*********

①  適格な宇宙創造の神のとらえ方~唯一絶対本源の神

 平成から令和に元号が変わった。


この元号が変わるにあたり、平成天皇は皇室に伝わる

儀式に従い、伊勢神宮に参拝された。


伊勢神宮に鎮座しているアマテラス大神が、

皇室の祖先といわれているからであり、

ホツマツタヱ、もしくは古事記を吟味して

みると アマテラス大神に関連する事柄に、

日本人独特のメンタリティーの根源がそこに

流れていることに気づかされる。

 

外国に、15年以上生活していた私には、

日本人独特のメンタリティーというのは

明らかに、他国の国民性と異なる部分として、

海を越えて他文化圏から見た時、よく見えた。


外国でよく聞く、日本人の評判、”勤勉さ” 

“人の良さ”、“素直さ”、“和を重んじる”

“組織を大切にする”、“個性を出さない”、

“おとなしくつつましやかなふるまい”などは、

美点であると同時に、時には、理解しにくい、

あるいは 寡黙な人が醸し出す、神秘性として、

外国人には映ることがある

が、古(いにしえ)からの文書を読むと、それは、
日本人の精神的遺産の一つだと、思える。

 

この度の改元にあたり、宮中に古くから伝わる

様々な儀式が執り行われ、皇室の祖先といわれる

アマテラス大神、また、神々へのご報告の儀

があった。


アマテラス大神が、皇室の御先祖であることは

聞かされるが、では、アマテラス大神のご先祖

はどこから続いているのか?


古事記やホツマツタヱでは、宇宙の創造神が

本源である~とされている。

 

戦後は、GHQの政策ではすべての義務教育の

教科書から、古事記に記載されている内容は

省かれて、戦後の教育を受けた人たちは

古事記の内容の断片ですら、教えられたことは

ないといっても過言ではない。


一方、戦前の日本人たちは、古事記に書かれた

お話などをわかりやすく、教科書を通じて,

小学生時代から日本文化の学習として、習って

いたから、知らず知らずのうちに、日本人特有

精神性を学べていたのだろう。

 

学んでいくうちに、無意識にせよ、日本人として

自覚が芽生えたり、日本人にとっての良識の行動

理解したり、日本人である誇りも共に形成されて

きたに違いない。


その国の神話、超古代史といわれるものは、

その国民にとって、尊い精神遺産といえるだろう。


それに関しては、世界的に著名な歴史学者

トゥインビーはこの点を強調し、

自国の神話を大切にしない国民は歴史上、

必ず滅亡してきたと、警告した。

 

これまで、日本超古代史といわれている

ホツマツタヱをこのブログで取り上げてきて

いるが、共通項である内容を踏まえた

古事記を、今日は取り上げてみたい。

 

戦前の日本人の教科書には古事記が載せられていた。

ホツマツタヱも古事記も共通部分は多くある。

宇宙創造時代の、神代の時代よりさらにはるか昔

の話が、次のように書かれている:

 

“天地(あめつち)のはじめのとき、高天原

になりませる神の名は天之御中主神

(あめのみなかぬしのかみ)、

次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)

次に神産巣日神(かみむすびのかみ)、

この三柱の神はみな独り神になり座して、

身を隠したまひき。”


三柱(みはしら)の神という発想は興味深い。

'三'という数字は万国共通で何かを生み出され、

落ち着いた安定感のある維持を望むときに

現れてくる。

 

皆様ご存知のインドの宇宙創造の三神は、

“シヴァ神”“ヴィシュヌ神”、“ブラハム神”。

キリスト教では“神”“イエスキリスト“”聖霊“

の三体。


宗教のみならず、’道’の世界でも、三という数字

は尊重されている。

たとえば、日本の華道では、花を生けた時の

バランスが、二等辺三角形の形であるという

ことが、基本形の一つとなっている。

 

世界最古の一元論哲学書の、ヴェーダでは、

ラジャス、タマス、サットヴァと呼ばれる、

三つに資質(グナ)を自然界の中に見出し、

人間の性格形成のバランスもそれらを調和

させることが大切という。

 

自然界では、その種の継続は、陽と陰が結合

して次世代を担う新しい生命が誕生するという

三段階で図られている。


三という数字は、このように見ると創造と結び

ついているのがわかる。

 

さて、古事記の上の文章に話を戻すと、

この中で大切なことが、”独り神なり座して“である。


独り神とは?

仏様が”唯我独尊"と言われた。


その言葉の独と同じく、それのみが存在して

いるの意味となり、独り神とは、唯一無二の神

をさす

注(*1)(次のページに追記付記)

 

唯一の神だから、絶対神だ。


キリスト教でいうエホバの神、イスラム教の

アッラー、と同じ絶対神である。


というと、矛盾を感じるようだが、そこに、

日本人の大きな寛容性、受容力が見える。

つまり、そのように、古事記の中で、絶対神

を宇宙創成の神と定義しながらも、キリスト教

やイスラム教のように、神道の絶対神が、

最も由緒正しい神であり、異教の神は

正しくない~とは日本人は主張しない。

 

むしろ、絶対神は独立した神なのだから、

キリスト教が広まった地域では

エホバの神と呼ばれ、イスラム教徒にとっては

アッラーの神というように、絶対神は姿を

変容していると考えるほうが、道理にあう。


日本にそれらの宗教が紹介されても、

この寛容な精神土壌の中で、むしろ、

育成され、日本の文化と軋轢を生むこと

なく溶け込んでいるのが、特徴だ。

 

皆様、ここで考えていただきたい。

絶対神の定義について......

実際、絶対の神がいるのなら、自分たち

信じている(教団の)神こそが

絶対である~と主張すればするほど、

パラドックスが生じるのではないかと

いうことを。

 

それを例えれば、地球の海はどこから

どこを指すのか?という質問に、 

’日本海の海が本物だ’とか、

’太平洋の海が本当の海だ’ と言っているのと同じ

で、名前はいろいろあっても、海の資質は同じで、

地球を離れて宇宙船から、それを見れば 海に

境界線はなく、すべて、”地球の海”としか形容

しようがないのと同じである。

 

”地球の海”というように、”宇宙創造の唯一

の無限エネルギー” といえば,

それしか言いようがないのであって、

これが絶対だとか,あれが絶対だとか

言っている限り,’絶対でありえない’

ことを証明しているようなものだ。

 

その絶対な神を古事記では、天之御中主神

あめのみなかぬしのかみと明記された。

 

② 絶対神は次元を超越しており、生まれたり、

死んだり、始めがあり終わりがあるような存在

ではない。

次のキーワードは ‘身を隠したまいき’ という表現だ。 


どういうことかといえば、身を隠していて現象的

に見ることはできない、

あるいは、認識することはできない、

つまり、絶対神であると同時に、姿かたちが

ない神、という意味だ。

 

神道は、多神教だと一般的には、定義されがち

であるが、このラインを読むと、宇宙創造で

現れた神は‘絶対神“で’姿のない、現象次元を

超えてとらえることができない神”であると

定義している以上、多神教と一概には

言えないように思う。

 注(*2)(次のページに追記付記)

 

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ

(古事記の中の上にかかげたパラグラフから)

は、次元を超越しているのみではなく、

’はじめと終わり’があるような存在でない

ということは、至上の存在であるという

ことだ。


それはこの古事記のラインに書かれている、

高天原(たかあまはら)の言霊的解釈から

理解される。

 

③ タカアマハラ(高天原)の言霊的解釈

タはタタという言葉で表されるように

”陽の気”を意味する。


”タタ”とは‘父親’の昔ながらの呼び方だ。

関西ではまだ母親を´カカ′と呼ぶところがある。

カ音は母親を意味するように陰の気だ。


タカアマ原のア音は明るいのア、つまり‘明るい

中、姿が見えるようになる’、そして‘現れる’

というように、表現されたものをさす言霊だ。

 

マ音は‘まるい’のマ、円満(えんまん)のマ

であり、円形で満たされた資質をさす。


最後の原は、ハラであり、原っぱのように

広々とした広がる空間を意味している。


タ・カ・ア・マ・ハ・ラ=それらの言霊を

つなげてみると、“陰と陽によって

表現された”完全な円空”という意味になる。

 

その中心に座している神(無相)こそ、

天之御中主神(あめのみなかぬしの

かみ)と呼ばれているのだろう。


さて、宇宙が創造され、人類が生まれ、この

絶対神の栄光を、そのまま引き継いだ御子が

望まれる代を迎えた時、宇宙創造神を先祖と

して、誕生されたのが、アマテラス大神と

いうことになる。

 

さらに、アマテラス大神は名実ともに、

スメラ尊(天皇)として世を納めら

れ、現在の日本の歴史の教科書に初めて

記載される’神武天皇’の先祖に

あたり、皇室の系図が古事記、

ホツマツタヱで明らかにされているのである。

*********

追記)

本日のタイトルのお話は、古事記を

中心にお話させていただきました。

高天原、天の御中主神の定義は、

実は、ホツマツタヱの中では、またほかの

解釈ができます。


したがって、この二つの、秀真伝えの中に

おける概念に関しては、また、時を改めて、

お話させていただきます。
 

 

 

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世界遺産:沖の島と八岐大蛇(やまたのおろち)

2017年07月25日 | 超古代日本の精神(ホツマツタヱ)

 

ご祭神の宗像三女神 (むなかたさんにょしん)が弁天様に・・・undefined

*****************               2017.7.25

2017年7月、九州の宗像・沖ノ島が世界遺産として認められ

ニュースになった。


神宿る島 といわれ、いまだに女人禁制の島だ。

昭和39年神社本庁調査部の発行した、“神社名鑑”によると、

沖ノ島に祀られている神様は‘たごり姫’という女神である。

 

が、ホツマツタエ研究家である、姑(はは)、須田真紗子

によると、たごり姫は ’たけこ姫’ がなまって後世、そう

呼ばれるようになったのだろうということだ。

 

たけこ姫とはどなたか?

 

滋賀県 琵琶湖の中にある 竹生島(ちくぶじま)に祀られ、

現代の日本’ 3大弁財天’のおひとり、 たけこ姫のことである。

ほかの弁財天(注1)の、お二人は?といえば、*神奈川県

藤沢市の江の島神社に祀られている、弁財天と

*広島県宮島町の厳島神社におられる弁財天である。

 

ホツマツタエを紐解くと、この弁天様たちは 姉妹である。

以前ホツマツタエの項で、このお話を書いたが、この三人の

姫君たちは”宗像三女神(むなかたさんにょしん)”と呼ばれる。


父上は天照大神、母上は 天照大神の妃の一人、早子姫である。 

 

なぜ、宗像沖ノ島に縁ができたのか-というと、その背景に

不倫劇があった。


このドロドロ事件ドラマの ヒーローが、素戔嗚尊

(すさのおのみこと)

ヒロインは、三女神母上、早子姫である。

 

素戔嗚尊(すさのおのみこと)といえば、天照大神の

弟君で、気性甚だしく荒れ、短気で狼藉者、天照大神の

正室の妹君が、スサノオの暴挙に驚き、躓き転び、自ら

命を落とすほどであった。


さすが、寛大で温和な兄君、天照大神でも、弟の、傍若無人

の振舞いに、素戔嗚尊から身を退けるために、天の岩戸に

お隠れになったほどであった。

 

一方、素戔嗚尊は 兄君の天照大神の側室、早子姫と密会

して、不倫の関係になる。


それを知った、天照大神の正室、せおりつ姫は 早子姫と

その妹の持子(もちこ)姫(この密会の手引きをした)、

そして三人の幼い、ハヤ子姫の姫君たち、いわゆる、

宗像三女神を、宮中からはるか遠い、九州の沖ノ島の近隣の

一画へ、流した。  

 

流された、早子姫達は、これまでの宮中生活から一転、

あまりの格差のある待遇に、不満を募らせ、怒りに狂った。


早子姫は、ついに、その怨念恨みが極限に達すると、大蛇

に変身して、出雲の国へと泳いで、拠点を移す。

その大蛇の姿こそ、八岐大蛇(やまたのおろち)であった。


一方、狼藉者のそしりを受け、宮中を追われ、菅笠(すげがさ)

で顔を隠し、出雲にたどり着いた、かつての恋人、素戔嗚尊は、

稲田姫を妻にめとる。 

稲田姫の老いた両親が泣いて語るのには、この地にいる、
八岐大蛇という大蛇が、人身御供を求めて、若い姫君を1人
又、ひとりと、食い続けているが、次はいよいよ自分の娘の
番になると嘆いた。

稲田姫を大蛇から、守って欲しいと、素戔嗚尊に助けを乞う
ので 助けた暁には、自分の妻にするという条件で承諾した
といういきさつがあった。


稲田姫に姿を変化させ、女装したスサノオ尊は、八岐大蛇

といよいよ対峙した。


大蛇に、酒を飲ませ、酔いつぶれたところを 草薙剣で打ち、

晴れて、稲田姫と結ばれた~が、この大蛇こそ、かつての恋人

の早子姫だったとは、なんと、皮肉なことだろう。

 

一方、早子姫の妹の持子姫は 同じく大蛇である九頭竜

(くずりゅう)に姿を変える。


九頭竜は、持子姫の魂を宿す大蛇であるが、現在は、

箱根神社や、長野の戸隠神社に祀られている。

 

 戸隠山に手力雄命(たじからおのみこと)

が 祀られているが、あまりに猛々しい九頭竜を 戸隠の

洞窟に閉じ込めた折り、手力雄命 自ら、九頭竜と化した

持子姫に、食(えさ)を与えながら面倒をみたとされる

話も残っている。

 

手力雄命(たじからおのみこと)は巨漢で力持ちであった

ため、常人では手におえないほど、パワーの強い、九頭竜を 

戸隠の岩戸の中に閉じ込めておけたのであろう。

 

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さて、母親の真の姿を知った、三人の姫君たちはそれぞれ、

母親が大蛇であることを恥じつつも、大蛇の娘たちとして、

海を渡る術を知って、それぞれ、琵琶湖、厳島、江の島へと

り着いた。


そこで暮らし、天照大神の姫君として、まっとうな行いが

認められ、ゆえにそれぞれの神社に祀られたということで

ある。

 

因みに、三女神のお名前は、たけこ姫、たきこ姫、たなこ姫だ。


たけこ姫は琵琶湖に、

たきこ姫は江の島に、

たなこ姫は厳島に それぞれ祀られている。


宗像・沖ノ島では、沖ノ島にたけこ姫、大島に、たきこ姫、

田島にたなこ姫が祀られている。

 

この話をホツマツタエで読みながら、人間は爬虫類から

発展したとかいわれる巷の説当たらずとも遠からず

と思ったものだ。

 

レプリアン(レプティリアン)~爬虫類族または、

トカゲ族という言葉を知っている読者もおられるだろう。


BBCキャスターで、ジャーナリストだった

デヴィッドアイクが、数億年前に、地球人間は宇宙から

来たレプリアンによって、遺伝操作で創作された-

という人類創造論を発表した。

 

つまり、古代人にとっての各地で、神としてあがめられた

存在こそレプリアンだったという

 

その影響か、その言葉が世界的に広まると同時に、

恐竜映画(ジェラシック・パーク-Jurassic Park )

大ヒットし、ペットショップでは、トカゲやカメレオン

などの爬虫類が人気となった。


ホツマツタエの中では、こうした、宗像三女神の存在、

そして、姫たちは、天皇ゆかりの血筋であり、スサノオ

が築いた出雲の国の繁栄を支える、子孫の妻ともなっている

わけだから、顰蹙(ひんしゅく)を買うのを恐れずに

申し上げれば、レプリアン(爬虫類を先祖に持つ人間)

という考え方は、奇想天外でもないのかもしれない。

 

少なくとも、こうしたおどろおどろしい、蛇のような情念と

愛憎の感情は、ヒトは遺伝子の中に多かれ少なかれ持って

いるのかもしれない。

 

”人は神なり。神は人なり。”~という言葉は、ホツマツタエ

の中の一行である。


一方、私たちの心にすく、こうしたおどろおどろしい要素の

種は撒かれ、それを制してこそ、神としての本質が光ると

いうことかもしれない。

 

負の遺伝子に対する警鐘とも受け止められる 神代の時代

の一コマである。


***********

 注1) 弁財天というのは本来インドから伝わった神様である。

ラクシミ女神とサラスワティ女神の両女神の長所をとって、

日本で弁財天という形で祀られたのだろう。

ラクシミ女神は富の女神、サラスワティ女神は音曲、芸術、の女神だ。


弁財天をみると、琵琶(びわ)という楽器を持っている。 

琵琶(びわ)はインドの古典楽器、ビーナで、これが日本に来て

ビワになったという。 

サラスワティ女神は、やはり、常に、このビーナ楽器を携えている

ところから、弁財天は、ラクシミ女神とサラスワティ女神の

合体といえそうだ。

 

 

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